切り札
後半2分経過、各チーム獲得点数。
1位チーム壇ノ浦4点(内訳:相手球2個撃破=2点×2)
2位チーム風紀3点(内訳:相手選手1人撃破+相手球1個撃破=1点×1+2点×1)
3位チーム九十九2点(内訳:相手選手2人撃破=1点×2)
4位チーム上妃1点(内訳:相手選手1人撃破=1点×1)
フィールド南西、修道院エリア。
四方を石壁に囲まれたこの場所に民家が落下してくるのと、剛羽たちが離脱するのはほぼ同時だった。
続々と降り注いでくる石の塊は、小規模だが瀟洒な建物を押し潰す。どすんという音を立てながら芝生を捲れ上げ、土塊があちこちで跳ね上がる。空中で分解した思われる煉瓦も洒落にならない威力で着弾した。まさに死の雨だ。
そんな中、勇美の攻撃を受けて膝を付いていた漆治が最初に取った行動は逃走でもなく、回避でもなく――切除、だった。
影でナイフを錬成し、漆治はそれを片腕や太腿に突き立て思い切りかっさばいた。ぐっと堪える様に力一杯歯を食いしばるが、歯の間から呻き声が漏れ出す。顔が苦痛に歪む。
しかし、その手を止めることはない。
《槍弾幕》によってばら撒かれた紫蜂が漆治の体内でしこりとなり、《心力》の流れが著しく阻害されてしまっているからだ。
いくら影を《心力》に変換できても、相手から《心力》を奪えても、それを必要な箇所に瞬時に送れなければ意味がない。早く外に出さなければ。
加えて、体内に侵入してきた紫蜂は漆治の《心力》を吸い上げ、まるで蛭のようにぶくぶくと膨れている。益々躊躇などしていられない。
戦死しても完全回復して復活できれば焦ることはないだろうが、生憎、そんな便利な個心技は持ち合わせていないのだ。
「まったく……大した奴だよ、お前は」
誠人と玲を脇に抱えながら走っていた剛羽は、背後で被弾箇所付近を中心に抉り取っている元チームメイトに感心した。
しかし、
【お兄ちゃん、来るよ!!】
そんな暇はないぞと言わんばかりに、追走してきた勇美が目で追うことすら困難な速度で槍を数度突き出してくる。
それを加速して間一髪でかわした剛羽は、邪魔だと言わんばかりの乱雑さで誠人と玲を放り捨てた。
【達花、守矢!! 優那先輩の援護に行け!!】
続けて、ずざーとかべちゃっとか、そういう効果音を立てた誠人と玲に通信機越しに強い口調で指示を出す。
【っ~……ひ、一人で大丈夫なのか?】
【ああ、ここで抑える。勇美を優那先輩のところまで連れてくわけにはいかないだろ】
球操手が戦死し、自軍の球が無防備に晒されるのが一番まずい。三人で固まって逃げながら勇美を優那のところまで引き込んで総攻撃で刈り取る、というのはリスクが大き過ぎるのだ。そもそも今の勇美相手に固まるのは、どうぞ撃ってくださいと言っているようなものだ。
その辺りの事情を察したのか、
【任せたぜ、こうは。ほら行くぜ、まこと!! ちゃんと付いてこいよ!!】
【ふ、キミこそ、僕のペースに置いていかれるなよ】
【へへ、上等!!】
玲は誠人を引き連れ、家屋が降り注ぐ中戦線を離脱した。
間もなく開幕するのは、個と個のぶつかり合い。
剛羽は勇美の槍突きを小刀で弾く、弾く、弾く。
振るわれた得物の軌道を宙に描くように、白と紫の残像が現れては消えていく。小刀と槍がぶつかる度に、白紫色の粒子が火花のように弾ける。
瞬転する攻防。拮抗した戦い。
まずチャンスをつくったのは勇美だ。
突き出した槍が剛羽に強く払われるや否や、払われた勢いを利用して身体ごと槍を回し、石突きで攻撃する。その速度もさることながら、同じような攻防が続いた流れの中で意表を突くことに成功した。しかも、剛羽の《速度合成》がちょうど11回目のタイミングで!!
しかし、
「ッ!!」「ッ!?」
胴を狙った石突きは剛羽の肘と膝にがっしりと挟み込まれ、勢いを殺された。籠手と膝当てのせいでダメージもほとんどないだろう。
勇美は思う。間違いなく、剛羽の戦闘能力が上がっていると。
それもそのはず、剛羽は強豪校同士の練習会に頻繁に参加し、圧倒的な身体能力をもつ転身系の権威――荒晚付属の選手たちと何度も戦ってきたのだ。以前よりも《速度合成》に頼らずに済んでいる。
この分なら一人でも押し切れると、剛羽が斬り返そうとしたところで、
「槍女ぁあああああ!!」
身体のメンテナンスを終えた漆治が乱入してきた。バスターソード二本をそれぞれ剛羽と勇美に叩き付ける。剛羽と勇美の足元が石畳を砕きながら陥没する。
「……おい、女。壊されんならどこがいー? 選ばしてやるよ」
「そんな余裕が貴様にあるの、かッ!!」
「俺のことも忘れんな、よッ!!」
剛羽、勇美、漆治は互いに牽制し合いながら城壁の傍で刃を交える。
そんな中、相手二人を優那たちから遠ざけるように立ち回っていた剛羽は、今か今かとその好機を待っていた。フィールドほぼ中央に屹立した、巨人を打倒するチャンスを……!!
フィールド北東。
『ああっと!? チーム九十九、木礎選手が巨人に噛み付かれたぁ!! そのまま腹から真っ二つに――』
『――ナイスレスキュー、ヤマちゃん!!』
山伏が戦馬ごと巨人の頬に体当たりし、眼球を破壊しようと近付いたところで巨人に噛み付かれた木礎を救出する。
「無事か、木礎!?」山伏は後ろに乗せた木礎に声を掛けるが、
「ちくしょッ……やべえな、こりゃッ」
返ってきたのは、そんな弱々しいものだった。いつもの気性の荒さが嘘のようだ。
木礎は黄色の粒子が漏れ出す腹を抑えながら呻く。
甘噛み程度とはいえ、巨人の甘噛みだ。当然、相当なダメージである。
「……弁慶、俺を捨てろッ。お前まで潰されちまう」
「…………」
「神動と猪勢と、お前の分身使えばまだなんとかなんだろ……ま、つっても、俺もただじゃ死なねえぜッ――来たみたいだぜ、切り札」
それは一瞬のことだった。その瞬間のことは正確には覚えてない。何しろものすごい衝撃だったから。
巨人に勝てるとすれば――少なくとも巨人を倒す足掛かりになるのは――「アレ」しかないと、剛羽は思っていた。
そして後半開始三分、願いが叶ったのかそれは意外と早くやってきた――ただし、剛羽たちのすぐ傍にあった城壁を破壊して!!
果たして、数十メートルはある堅牢な城壁をぶち抜いてフィールドにやってきたのは、
『《神の悪戯》(フィールドボス)、レヴィアタン襲来ぃいいいいい!!』
悪魔を利用して巨人を倒そうとした剛羽は、しかし真っ先にその巨大生物に襲われ、意識を失った。




