激戦
《槍弾幕》。その意味は《心力》の流れを阻害し、蝕む――猛毒!!
「っぁあああああ!? いっ……てぇーぞ、糞がぁー!!」
紫蜂の直撃を受けた漆治はガクンと膝を折り、怒り狂ったように叫び声を上げた。
見れば、被弾した少年の身体のあちこちが目に見えてぶくぶくと膨れ上がっている。それだけではない。盾として構えたバスターソードも、身体を守る黒鎧も、ドロドロと溶け出して原形を失っている。
一方、剛羽たちはと言うと――全員が無傷で切り抜けていた。
漆治、誠人、玲が硬直している中、剛羽だけは動くことができたからだ。勇美の個心技を何度も観たことが――向けられたことがあったおかげだろう。
しかし、安堵できたのはほんの一瞬。
両脇に誠人と玲を抱えていた剛羽は、一目散に逃げ出す。
理由は上空。それは本来、空に浮かんでいるはずのないもの。
瞬間、まるで隕石のように、剛羽たちのもとに何軒もの民家が降り注いできた……!?
時間は少し遡り、後半開始直後。フィールド北東、市街地にて。
少し離れたところで山伏たちと戦っている巨人を横目に見ながら、屋島は前を走る優那に緑鳥の大群を放つ。
後半開始間もなく、屋島はハダカ状態の優那を攻め落とそうと、果敢に、執拗に追い掛けていた。
本来それは球砕手の役割だが、九十九と同様に彼女もまた、現代砕球のトレンドになっている「単騎で戦える球操手」だ。
優那も途轍もない攻撃力を秘めているが、如何せん小回りの利くタイプではない。高火力だが一発一発に隙がある固定砲台だ。
そんなことは百も承知なのか、優那は普段使っている大砲のようなサイズの長銃ではなく、拳銃を使って追い縋る屋島に対応している。迎撃または牽制以外で、無駄撃ちはしない。遮蔽物に身を隠しながら、堅実に立ち回る。
しかし、屋島の球のコントロールの腕前はプロ顔負けだ。迷路のように入り組んだ民家を駆ける優那に、五〇個近くに分割された小鳥を模した球を正確に殺到させる。そうしてプレッシャーを掛け続けていると、遂にチーム上妃の球を愛鳥たちが食い散らした!!
――チーム風紀、2得点(内訳:相手球撃破=2点×1)計3点
『屋島選手、逃げる上妃選手を遂に捉えた!! 後半最初の得点はチーム風紀!! これでチーム九十九を抜いて首位に躍り出たぞ!!』
『ヤクシー、足速いね~。ユナナが振り切れないわけだ』
『五月に行われた全国基礎体力テストでは、屋島選手は本校全体で女子二位ですからね』
『すごい!! 運動もできるし、あんな数のボールをちゃんとコントロールできるなんてすごいよね』
『はい、球操手でも一〇個以上の操作は至難と言われている中で、五〇個近く操作していますからね。単騎の戦闘能力を見ても、並みの球砕手では屋島選手に軽く捻られてしまうでしょう!!』
解説陣からベタ褒めされていた屋島は、チーム上妃の主将は随分走り込んできたのだろうと推察した。上妃・ヴィクトウォーカー・優那――選手としての彼女に対する屋島の印象は「高火力だが走れない球操手」だったからだ。
ここ最近のデータは少ないが、今までの彼女の走行距離は各試合五キロにも満たなかった。一試合平均二〇キロは走る動手と比べるのはナンセンスだが、球操手というポジションを考慮しても走らなさ過ぎる。勿論、たくさん走ればいいという単純な話ではないが。
予想外な走力をみせる優那から得点を奪うことは簡単ではないが、動手に合流される前にもう一個ばかし球を破壊しておきたい。
とそこで、お誂え向きに前を走る優那が大通りに差し掛かった。周囲に待ち伏せている選手はいない。であれば、優那が大通りを渡り切る前にまた球を破壊できるはずだ。
ぐんと突然加速した優那を、逃がすものかと屋島は追――
「――ッ!?」
瞬間、大通りに飛び出した屋島は、自分が陰に覆われたことを自覚した。フィールドの天気が変更されたのかと思ったが、そうだとしたら周りが明る過ぎる。影で覆われているのは、精々自分の周囲数メートルくらいまでなのだから。
つまり、この影の正体は……巨人の手――ではない!! 家屋だ……!? 巨人がまるで雑草か何かのように建物を引っこ抜いてぶん投げてきたのだ!!
すっかり優那に気を取られていた屋島だったが、走行中の勢いを殺さずに――寧ろ一気にギアを上げて地面を蹴り――身体を投げ出した。
間もなく、大気を巻き込みながら回転する建物が自分のすぐ後ろを通過し、着弾した箇所の石畳が剥げ上がって地面が露出する。咄嗟の回避行動で操作が多少おろそかになった緑鳥が家屋にごっそり持っていかれ、瞬く間に地面の染みとなる……!!
――チーム壇ノ浦、4得点(内訳:相手球撃破=2点×2)合計4点
『チーム壇ノ浦、喉から手が出るほど欲しかった点を、遂にもぎ取ったぁ!! チーム風紀を抜いて首位奪取!!』
『グッドグッド、派手でグッドだよ!!』
「あれくらいやってもらわないとつくった甲斐がないっす」と、選手控室兼オペレーター室で腕を組んでいた麟が鼻を鳴らした。
一方、やられたと、屋島は悔しそうに顔を顰めて息を吐く。目の前のチャンスに目が眩み、優那の罠にまんまと引っ掛かってしまった。
前半だけで一ノ谷と鞍馬が戦死したことで自分の中に焦りがあったのだろうと、そこを優那に突かれたのだろうと、屋島は冷静に振り返る。
一度立ち止まった屋島は、自分を落ち着かせるように大きく深呼吸し、少し遠ざかった優那の背中を追い掛け始めた。
「潰れろ!!」
「お断りします!!」
そのまた一方で、動手である玲もしくは誠人が優那と合流するまで護衛を務めるはずだった耀は、猪勢の対処に追われていた。リーゼントの少年だけなら振り切ることは難しくないのだが、
「「ッ!?」」
少年少女二人をまとめて潰そうと建物を吹っ飛ばしてくる巨人に、足止めを食らってしまう。耀たちが引き気味に戦っていると見るや、攻撃方法を変更してきたようだ。
どうにかできないのかと、耀は巨人に攻撃を繰り返している山伏と木礎を見やるが、あまり期待できそうにない。
「こうなったら、自分でやるしかないわね」耀は巨人に向かって走り出す「ごきげんよう!!」
「なっ、待てこらぁ!!」
そして耀たちにとって駆逐対象である三〇メートル強の巨人は豪快に、しかし冷静に戦っていた。
チーム壇ノ浦の選手四人は、耀や山伏たちが中々踏み込んでこないと判断するや否や、早々に攻撃パターンを変更したのだ。
即ち、足元に広がる民家を使った砲撃のような投擲、蹴擲!!
民家を引っこ抜いたり、蹴っ飛ばしたりしながら周囲の選手たちを押し潰さんと攻撃する。まるでボールか何かでも投げるかのように!!
弧の軌道を描いた数多の家屋がけたたましい音を上げながら立て続けに着弾し、フィールド各所からもうもうと土煙が上がる。
圧倒的な、一方的な破壊。そんなものを食らったら文字通りぺちゃんこだ。
しかし、狙われているのは耀たちだけではない。寧ろ、投擲の本命となる的は、遠くで戦っている選手たちだ……!!
それはまさしく全範囲攻撃に等しい。
モノを投げる、蹴るといっても、巨人がやる以上はスケールが違うのだ。射程が違うのだ。フィールド南西で戦っている剛羽たちにも、十分有効な打撃を与えられる。
よって、耀、山伏、木礎、猪勢の四人は、一方的に巨人から砲撃されるがままの遠距離の味方を守るために、前掛かりにならざるを得ない――それがチーム壇ノ浦の狙いであると分かっていても。
山伏、木礎の高校三年生コンビは巨人から視界を奪おうと、前半のように巨人の大きな眼球を壊しにいく。が、そう何度も破壊させてはもらえない。
しかしそれでも、弱点という弱点が見当たらない限り、眼球を攻撃するしかないのだ。
休憩時間を経てある程度回復した戦用復体に再び幾筋も亀裂を刻みながら、山伏と木礎は巨人に食らい付く。例え相手に隙がなくても、どれだけ強かろうとも、
「「狙った獲物は――」」
「――逃がさん!!」「――逃がさねえッ!!」
それは勇気か蛮勇か、四人の選手が巨人駆逐に乗り出した。




