ここからもう一度
代表決定戦の前半は、選手たちがフィールド各所にランダムに転送されてスタートした。
そして後半、砕球のルールに則り、選手たちは前半が終わったときにいたポイントに転送される。
つまり、フィールド城壁都市の南西部にある修道院エリアには、チーム上妃の選手が三人固まった状態で開戦した。
「一気に畳むぞ!!」
「当然だ!!」「守矢、了解!!」
剛羽の檄に、マオとアズキに代わって再出場した誠人と玲が力強く答える。
砕球では交代して一度ベンチに下がった選手も、再度出場することができるのだ。
本来選手交代が認められるのは審判に交代申請をしてから一分後からだが、後半開始のタイミングなどではすぐに交代出場できるのである。
「っ、雑魚二匹と一緒に戦えばオレに勝てるとか思ってんじゃねーだろーな、蓮ぉ!?」
と、舌打ちした漆治に、剛羽、誠人、玲が三方向から襲い掛かろうとした――が、
「「「「ッ!?」」」」
瞬間、剛羽たちは全身で感じ取った、自分たちに向けられた突き刺すような《心力》の波動を!!
「――受け取れ、剛羽!!」
見れば、勇美の手にした白色の槍に、赤線が蔓が絡み付いたように浮き上がっており、ドクン、ドクンと脈動している。それは深夜の河川敷で勇美が決闘相手の耀に見せたものと酷似していた。
無視などできない圧倒的な存在感。
槍を構えた少女の体内の《心力》が刹那の間に高まっていくのを、そしてその奔流が槍の先端――逆三角の対称刃に集まっているのを、誠人ははっきりと感じた。
後半開始早々の大技。想定はしていたが、予想はしていなかった。
前半精彩を欠いていた勇美よりも漆治に先制攻撃を浴びせて主導権を握る――そういうプランだったのだ。
勿論、勇美が本来の調子を取り戻す可能性も考慮していたが、もう遅い。
攻撃しようとした剛羽、誠人、玲も、迎撃しようとした漆治も槍使いの少女に視線を向けた。一瞬だけ、しかし戦場では命取りになる硬直をしてしまった。
そして視線を一身に集めた勇美は身体を斜めに構え、矛先を寝かせた槍を脇に抱えるように持ったまま、ぐるんとその場で回転する。手に纏わりつく紫色の《心力》。その陽炎は尾を引いて、とぐろを巻くように彼女を包む。
瞬間、少女を取り囲んでいた煙が膨張したかと思いきや霧散し、
「《槍弾幕》!!」
そして、一回転した勢いを余さず乗せて突き出された矛先から、紫蜂の大群が獲物を呑みこむ大波となった発射された!!
時間は少し遡って、前半終了後の休憩時間。
チーム風紀控室にはどこか重苦しい雰囲気に包まれていた。前半終了時点で、首位チーム九十九と一点差の二位に付けたものの、二人の選手が戦死してしまったためだ。
球操手をできる鞍馬が落ちてしまったため、屋島が一気に敗色濃厚となる。後半は相当厳しい戦いを強いられるだろう。
「おい、竜胆……やる気ねえなら、ベンチで寝てろよ」
そんな沈んだ空気の中、前半一〇分間完全に消えていた――活躍していなかった――勇美に、猪勢は殺すような剣幕で詰め寄った。
一触即発の雰囲気に、ベンチ入りしていた他の選手たちが、リーゼント頭の少年をすぐさま羽交い絞めにする。
「放せよ、こらぁ!! この腑抜けを一発ぶん殴ってやらねえと気が収まらねえんだよ!!」
「猪勢くん、落ち着いてください」そう宥めた屋島は次いで先程から下を向いたままの鞍馬に小さく笑って声を掛ける。「与一さんも気に病むことはないですよ」
「すいません……わたし、前半で落ちてしまって」
「与一さんにそれを言われてしまったら、主将の立つ瀬がありません」
「屋島君、私は君のような後輩を持てて……持ててぇ」
屋島の視線を感じた一ノ谷は、面目ないと項垂れた。
チームの主将である自分が真っ先に戦死したとあっては、返す言葉もない。
「責めてるわけではありませんよ、主将」
と、フォローしてから、ゲームキャプテンである屋島は落ち着いた声音で続ける。
「後半についてですが……まずメンバーを変更するつもりはありません」
「はぁ!?」勢いよく立ち上がった猪勢は、屋島に抗議する。「そりゃあないでしょ、屋島先輩」
「猪勢くん、それは勇美さんを交代させろ、という意味ですか?」
「そうですよ!! こんなヘボ動手、いないほうがマシですって!!」
「ですが……後半、勇美さんの転送位置は蓮くんたちと目と鼻の先です。勇美さん以外では荷が重いかと」
屋島が「誰か出たいですか?」とベンチ入りした選手たちに目配せするが、誰とも目が合わない。拒否と受け取って問題ないだろう。
「おいおい、お前らマジなのか!? せっかくのチャンスだぞ!? 指くわえて見てるだけでいいのかよ!? ……おい、竜胆、お前自分から降りるって言ってくれよ。他のやつら、お前に遠慮してるだけかもしれねえからな」
このままでは埒が明かないと、内心溜息を洩らした屋島はベンチに座ったまま俯いている勇美に話を振る。
「勇美さん、あなたはどうしたいですか?」
「私は……」
勇美は前半最後の場面を思い出していた。
聖マドレーヌに受験で失敗してから、自分の才能を見限っていた。少しでも難しいと思ったら、九十九に頼っていた。が、前半の最後にマオとアズキと刃を交えて感じた、彼女たちの強さを。
おそらく、正面から戦えば何回やっても自分が勝つだろう。しかし、強さとは単に勝敗だけで測れるものではない。
事実、勇美は双葉姉妹から思い知らされた。強さとは現状の力だけでなく、心にもあるのだと!!
そして勇美は強く思う。
益々強くなっていく彼女たちの憧れであり続けたいと。もっと強くなりたいと。
彼女たちを他の誰でもない自分の力で守り抜くと自らの心に誓う。
諦めるのはもう止める。ここからもう一度。高みを目指して。
「私を試合に出してください!!」
きっと顔を上げた勇美に、糾弾しようとした猪勢は口を噤む。彼女の表情に、強い意志のようなものを感じ取ったからだ。その顔色は、前半の酷過ぎる出来に戦意を失った選手のものではない。
「猪勢、迷惑を掛けてすまない。反省している」
「ちっ……次、舐めたプレーしたら俺がお前を潰すからな」
「ああ、頼む」
すっきりした面持ちの勇美がすっと拳を突き出すと、それに猪勢が力強く拳をぶつけてきた。
そして現在。
「マオ、アズキ――私も、もっと強くなることにしたよ」
個心技《槍弾幕》を撃ち放った勇美は瞳に意志の炎を宿し、獣の如く歯を剥き出しにして獰猛に笑った。




