かっこ悪い!!
前半残り一分。
『チーム上妃、ここで選手交代のカードを切ってきました! 4番守矢選手がOUT、代わりに10番双葉マオ選手がIN! 5番達花選手がOUT、代わりに11番双葉アズキ選手がINです! 九十九学園初等部のダブルエース《無双姉妹》が高校砕球に遂に参戦! これには一体どういう意図でしょうか?』
『う~ん……分かんない!! けど、拳で語り合うって展開かな』
『小学生と高校生の熱き戦い! フィールド北東で視界の回復した巨人が猛威を振るう中、フィールド南西の修道院エリアではチーム上妃が数的有利な状況を展開しています! また、各チームの球操手ですが、守手のいない上妃選手、屋島選手は逃げ切りの構え! 早い段階で懐刀たる閑花選手を失った九十九選手は……中継カメラが捉えられていない模様です、どこへ行ったプリンス!?』
双葉姉妹のまさかの参戦に勇美が驚愕に固まる中、まず動き出したのは――
「は……わざわざ点くれるなんて、ありがてー話だなーおい!!」
――チーム九十九の漆治だった。
しかしその感謝の言葉とは裏腹に、顔はまったく笑っていない。暴力的な感情で塗りたくられている。
男女入り混じる新世代スポーツ砕球だが、漆治は女性選手が嫌いだ。《心力》の恩恵がなければ、非力で体力なしで鈍間な三流以下の足手まといでしかないと思っているからである。少なくとも《心力》でしか戦えないようなやつは認めるつもりはない。
……というと、もうただの頑固オヤジにしか聞こえないが、その思考を強めているのは――その思考に至ったきっかけは――彼の《心力》を奪う個心技が大きく関係しているだろう。
個心技《影掴み》。《影武者》が発現して間もなく獲得した副産物のようなもので、黒糸や素手で相手の《心核》に触れることにより、相手の《心力》を奪うことができる能力だ。
「干からびるまで搾り取ってやるよ!!」
と、漆治は勇美、マオ、アズキに迫る。が、
「漆治、お前の相手は俺、だッ!!」
剛羽の首を狙った強烈な剣撃を受けて、その場に縫い付けられてしまう。漆治からすればマークを完全に剥がしたつもりだったが、いつの間にか左側面から攻撃された感覚だ。容易には振り切れないと判断する。
「蓮ぉ!! てめーのチームには小学生もいんのかよ!! このロリコン野郎が!!」
「可愛いだろ?」
「ふざけろ!! んなもん要らねーんだよ、軟弱野郎が!!」
「照れるなよ」
おちょくってくる剛羽に怒り心頭な漆治は、しかし冷静に二本のバスターソードを操る。その剣撃は一発一発が力強く、鋭く、流れるように連続する。
対する剛羽は迫る大剣を弾き上げて斬り返したり、剣の腹で器用に受け流す。
止めどなく瞬き続ける、黒白の閃き。
そのコントラストはあまりに美しく、剣を交える二人がまるで息を合わせて舞を踏んでいるように錯覚してしまう。
一方、勇美と双葉姉妹の戦いは、優美や上品さとはかけ離れたものであった。
マオとアズキは目まぐるしく動き回り、上下左右から一方的に勇美に斬撃を加える。
その小さな身体と類稀なる運動能力による機動力を存分に活かし、相手に的を絞らせない。動き続け、攻撃し続ける。
躍動する《無双姉妹》。
しかし、それだけでは勇美を到底押し切ることはできない。槍使いの少女とて、機動力自慢の相手とは数え切れないほど戦ってきたのだから!
「甘い!!」勇美は踏み込んできた二人を槍で払い、吹っ飛ばす。「そんな攻撃で私に勝てると思ったか!!」
対して、吹っ飛ばされながらも空中でくるりと回って器用に着地してみせた二人は、にこっと無邪気に笑った。
「やっとらしくなってきたね、いさみちゃん!!」「うんうん、やらしくなってきた!!」
何を言っているんだと勇美は首を傾げたが、問い掛ける前にマオとアズキは再び斬り掛かってくる。
「どういうつもりだ、マオ!? アズキ!?」
「目を覚まさせるつもり!!」「めぐすり!!」
実の妹のように可愛がってきた少女たちの真っ直ぐな瞳に、勇美は思わず目を逸らしてしまう。直視できない。あまりにも眩し過ぎて。
「最近のいさみちゃん、かっこ悪い!!」「いもうとみたい!!」
そんな勇美の内心を悟ったのか、段平で、言葉で畳み掛けてくる双葉姉妹。動揺を隠せない姉を言葉責めにする。
「男でもできたの!?」「え、そうなの!?」
「ち、ちが……こ、こんなときに、な、なにを言って――」
『――アイコピーぃいいいいい!!』
『きゃあきゃあ~』
『特ダネを掴みましたよ、皆さん!! なんと我が校の風紀委員を務める鋼鉄の女こと、竜胆勇美選手に春がきた模様です!! 顔が紅い、紅過ぎる!! 男子たちから難攻不落、攻略不可能と評されたあの風紀委員が遂に陥落ぅううううう!!』
観客席の一部に設けられた大型スクリーンに映った赤面した勇美に、割れんばかりの歓声と悲鳴が上がる。公開処刑だ。
『心なし、女生徒からの悲鳴が多いような気がします!!』
『イサミン、かっこかわいいからね』
『お相手は一体!? バレたら最後、夜道は歩けないぞ!!』
「……巴め、また余計なことを」
ぐぬぬと、勇美は全身をわななかせる。集中できない。
「ほら、また集中できてない!!」「うわのなんとか!!」
「い、今のは仕方ないだろう!?」
「精神攻撃は」「きほん!!」
「ええい、うるさいうるさいうるさーい!!」
白熱するキャットファイトに終止符を打つように、勇美は浮ついた気持ちを振り払うように槍を薙ぐ。呼吸が荒れる。何時になく体力を消耗してしまう。
「……九十九っちにぺこぺこしないでよ。そんなの、いさみちゃんらしくないよ」
「おねえちゃん、きんぎょのふんみたい!!」
拗ねるようにぼそぼそ言うマオと、元気に下品なことを言うアズキ。
「私は好きでやっているんじゃない!! 全部、マオとアズキのためなんだ!!」
と、勇美は叫び返しそうになったが、仮にもマオたちの姉を自負する自分が、妹たちの前で醜態を晒すわけにはいかない。
ただそれでも、自分の気持ちを分かって欲しいとは思う。責めないでくれと思う。
「……知ってるよ」
俯いていた勇美は、すっと顔を上げてマオに目をやる。
「いさみちゃん、アタシとあずのこと、守ってくれてたんでしょ?」
「え……?」
「いさみちゃんが忙しいときはゆなパイセンが来てくれたし、好き勝手しても全然怒られなかったもん」「つけあがれた!!」
数年前から、双葉姉妹は暇そうな相手を見つけては決闘を申し込み、九十九学園周辺のゴロツキに《無双姉妹》の名を轟かせた。
度が過ぎて勇美に何度も止めるように言われたが、それでも続けたのは――
「――アタシらは守られるだけのお姫様じゃないんだよ!!」「せめたい!!」
双葉姉妹が砕球を始めたのは、近所で有名な勇美に憧れたからだ。小学三年生にして上級生を撥ね除け、全国大会に出場した槍使いの少女の姿に感動したからだ。
それから無理を言って憧れの少女に弟子入りしたはいいものの、師匠は日に日に輝きを失っていった。
そしてその原因がやんちゃをしている自分たちだと気付いた。どうやら、自分たちのあずかり知らぬところで、師匠が後始末をしてくれていたらしい。
――だから、マオとアズキはもっと決闘をするようになった。自分たちがもっと強くなれば、師匠に余計な心配をさせなくて済むと考えたからだ。
だから今、この場をもって、修行の成果を発揮する。
与えられた時間は一分。その一分だけで仕事をしてみせる。
「「無限斬り(エンドレスラッシュ)!!」」
マオとアズキの回転斬りが勇美に襲い掛かる。渾身の必殺技。手応えは十分だ。しかし、
「ぬるい!!」
勇美の槍にぶつかると同時に上手く力を吸収されてしまい、回転斬りは簡単に止められた。
「その攻撃は相手を崩してからでないと通用しないと前にも――」
「――もういっちょ!!」「わっしょい!!」
それでも、双葉姉妹は足を止めない。必殺技が破られても泣かない。
ガス欠上等と言わんばかりの勢いで攻め続ける。上から下から、左右から、息を合わせ、バラバラに、ありとあらゆる方法で勇美に襲い掛かる。
「「おららららぁ!!」」
そんな少女たちの姿に、勇美は胸が痛くなるのを感じた。
実力はまだまだだ。小学生の域を出ていない。それなのに、自分はこの少女たちを戦死させることができない。
小学生相手に、気持ちで負けている。
自分はいつからこんなに弱くなったんだと自問する。おそらく、彩玉四強の一つ、聖マドレーヌ女学院を受験して落ちてからだろう。
簡単にあきらめるようになった気がする。誰か自分より優れた人間に依存するようになった気がする。たった一度の失敗くらいで。
「あず、やるよ!!」「うん!!」
またも無限斬りを撃とうとするマオとアズキ。
次も防いで見せると、勇美は十分に足を開いて膝を使えるように構える――が!!
瞬間、アズキの股を抜けてきたクナイが勇美の膝裏を浅く抉った……!?
漆治と斬り結んでいた剛羽が双葉姉妹の攻撃をアシストしたのだ。
意表を突いた攻撃に、勇美の姿勢がわずかに崩れる。踏ん張りが利かなくなる。
それは双葉姉妹が狙っていた形。絶好のチャンス。
そのワンチャンスを逃すほど、《無双姉妹》の嗅覚は鈍くない!!
「「無限斬り!!」」
華奢な体躯から放たれる剛撃を支えるのは圧倒的な《心力》。それは心配性な師匠に対する弟子たちの答えを具現化したものだ。
マオとアズキの気持ちを、《心力》を乗せた二本の段平が唸る、唸る、唸る。そして目の覚めるような一撃は、勇美を弾丸のような速度で吹き飛ばした……!!
前半終了。
――各チーム獲得点数
1位チーム九十九2点(内訳:相手選手2人撃破=1点×2)
2位チーム風紀1点(内訳:相手選手1人撃破=1点×1)・チーム上妃1点(内訳:相手選手1人撃破=1点×1)
4位チーム壇ノ浦0点




