倒したい人がいる
――各チーム獲得点数、途中経過
1位チーム九十九2点(内訳:相手選手2人撃破=1点×2)
2位チーム風紀1点(内訳:相手選手1人撃破=1点×1)・チーム上妃1点(内訳:相手選手1人撃破=1点×1)
4位チーム壇ノ浦0点
前半残り1分弱。
鞍馬を戦死させた剛羽はすぐさま城壁から飛び降り、追い掛けてきた漆治に小刀を叩き付けた。そのまま斬り結ぶかと思われたが、剛羽は漆治に叩き付けた小刀を支点に前転して漆治の背後を取る。
ノ―ルックでバスターソードを後ろに振り抜く漆治。しかし、無骨な大剣は空を斬った。剛羽が漆治の後ろにいた勇美に突進していったからだ。
走り幅跳びでもするかのように全力ダッシュから力強く跳躍した剛羽は、独楽のように回転しながら小刀を叩き付け、勇美を吹っ飛ばす。
弾丸のような速度で民家数軒を貫通していく勇美。ようやく身体が地面に着いたところで、彼女は震える足を叱咤してすぐに立ち上がり槍を構えるが、出力強化した剛羽の前に一方的に押し込まれる。
攻撃する暇などない。腰の抜けた反撃をしようものなら、強烈なカウンターを撃ち込まれるのが落ちだ。
勇美は壁を貫通するほど思い切り吹っ飛ばされ、無様に転がされるばかり。まるで大人と子供が戦っているようだ。そして、勇美が城壁から少し離れたところにある修道院まで吹っ飛ばされたところで、
「ッ!?」
剛羽は無防備に背中を向けたまま、へたり込んだ勇美から遠ざかっていく。撃てるものなら撃ってこい――いや、そもそも敵とすら認識されていないようだ。
「はぁはぁ……待て、剛……羽……」
「勇美」剛羽は勇美の背後からの槍突きをひらりと事も無げにかわすと同時に、足を払って転倒させる。「お前、なんのためにここにいるんだ?」
「っ、私は……」
槍を杖代わりに立ち上がる勇美は、ぎゅっと唇を噛む。
こうして剛羽を徹底的にマークしているのは、九十九から命令されたからだ。
彼は約束してくれた。「代表決定戦で蓮くんを抑えてくれたら、双葉姉妹のことはボクが守ってあげるよ」と。
自分を慕ってくれるあの二人を守るためには、こうする他ないのだ。だから、漆治と協力してでも剛羽を抑える。
別にルール違反ではない。敵と協力して共通の敵を倒すことなど、砕球ではよくあることだ。だから、後ろ暗いことなど何もない。
仮に自身のプレーを観客たちに「泣き虫」「赤ちゃん」と罵られ、恥を掻くことになったとしても構わない――と、思い込んでいたはずなのに、時間が経てば経つほど、勇美の《心力》の出力が、動きのキレが落ちていく。きちんと仕事をしなければならないというのに、心が、身体が応えてくれない。
その原因は、あの蓮剛羽を前後半計二〇分間マークしなければならないという極度のプレッシャーが理由なのだろうか――否である。
何故力が出せないのか。勇美自身、本当はその理由にとっくに気付いている。それでも尚、自分を騙して槍を握る。
自分が満足いくかどうかなど、あの二人の身を守るためには関係のないことだ。
しかし、そんな勇美から視線を外した剛羽は、修道院に踏み込んできた漆治に注意する。そして、
「勇美、ここに余計な感情、持ってくるな」
剛羽は背中を向けたままばっさりと斬り捨てるようにそう言った。少女の悲壮な覚悟などに興味はないと言わんばかりに。そしてその言葉は、どこか自分に言い聞かせているようにも聞こえた。
「まだだ、まだ私は……!!」
遠ざかる少年の背中に心からの叫びを叩き付ける勇美。しかし、
「いや」剛羽は漆治に向かって駆け出す。「お前の相手は俺じゃない」
どういう意味だと勇美は剛羽に追い縋ろうとするが、瞬間、二人の間を裂くように何者かが降ってくる。
乱入者にいきなり斬り飛ばされて背中を建物に打ち付けた勇美も、目下剛羽と切り結んでいる漆治も唖然として言葉を失う。
果たして、修道院の敷地を取り囲む壁を跳び越えて乱入してきたのは、
「いさみちゃん!」「おねえちゃん!」
二人の小学生だった。
時間は少し遡って耀が救急搬送された翌日。一般寮、共有スペース兼食堂にて。
「代表決定戦に出たい?」
「そう!!」「でたいです、ししょう!!」
オウム返しに聞き返した剛羽に、アズキとマオはぶんぶんと大きく首を縦に振る。
彼女たちが、自分たちを一週間後の代表決定戦に、チーム上妃のメンバーとして出してくれと言ってきたのだ。
「ねえねえ、イイでしょ~う?」「おねがい、ししょう~」
ぐいぐいと剛羽の裾を引っ張ってくる双葉姉妹。
上目づかいに猫撫で声と、媚を売りまくっている。一体どこで覚えたのやら。
「蓮、何を迷うことがある。却下だ、却下」
「ちょっとぉ!! アタシはましろくんに聞いてるの!!」「てるの!!」
口を挟んできた誠人に、双葉姉妹はべーと舌を出した。
「ふ、やめておけ。小学生がのこのこ出て行ったところで即死するのは目に見えてると、僕は言っているんだ」
「そういう達花ちゃん、アタシらより弱いじゃん!!」
「なっ!?」
「っぷ……くくく」玲は噴き出すように笑った。「言われてやんの~。確かに、まことよりまおたちの方が強いよな」
「こうくん、私はマオちゃんとアズキちゃんが出ること賛成だよ?」
「か、上妃先輩!?」「ゆなパイセン、分かってる~!!」「ゆなおねえちゃん、だいすき~!!」「お、ゆうさんは《無双姉妹》推し?」
「ううん、そういう意味じゃなくて、みんな出ずっぱりじゃたいへんだと思って」
「あ、あの……そもそもマオちゃんたちって出場できるんですか?」
「美羽、年齢のことなら関係ないぞ」
と、妹の質問に答えたのは彼女の兄である剛羽だ。
「飛び級して試合に出ることなんて言うほど珍しいことじゃないからな。小学生が中学生たちの大会に出ることもあるし、中学生が高校生の大会に出ることもないことはない」
マオたちの所属するチームの監督から許可が下りれば問題なく出場できる。
「ってことはアタシら出られるの!?」「やったー!!」
喜びを爆発させたマオとアズキは、剛羽に飛び掛かってくる。とんでもない身体能力だ。
「いや、まだ出場できるって決まったわけじゃない」
「ま、蓮!?」「「え~なんでなんで~!!」」
自分の肩や脇に張り付いている姉妹を剥ぎ取った剛羽は、興奮気味の姉妹の目を見て真面目トーンで続ける。
「アズキ、マオ。なんでそんなに決定戦に出たいんだ? 高校砕球はレベル高いぞ。小学生が簡単に活躍できる場所じゃない」
脅すつもりはなかったが、剛羽は少しきつく言い過ぎてしまったかと反省しようとした。が、
「ッ……!!」
眼前の少女たちから漲る闘志に考えを改めた。どうやら、《無双姉妹》という二つ名は伊達ではないようだ。
どうやら、甘く見ていたのは自分の方だったらしい。
「アタシら、倒したい人がいるの」「うん、たおしたい!!」
「……分かった――」
剛羽はアズキたちににっと笑い掛ける。
「――ぶっ倒してこい」




