戦死(テクニカルエリミネート)
弓矢の雨が降り注ぐ前――木礎が先陣を切って巨人に攻撃しようとした頃。城館、謁見の間にて。
「達花ぁ、誠人ぉ……」「達花、くん……?」
思わぬ人物の登場に、九十九は暗い感情を隠そうともせず、屋島はただただ首を傾げるばかりだ。
そして注目を集める眼鏡の少年は不意に黒い刀身をもった片手剣を右手に錬成し、屋島を縛めていた九十九に斬り掛かる。
「すごいマジ顔だねぇ、もしかして勝てるとか思ってる?」
屋島を拘束した大蛇の剣を持ったまま、もう片方の手にある片手剣で応戦する九十九。
緑と紫の光芒が何度も閃く。剣を打ち付け合う度に、緑と紫の火花のようなものが散華する――特に緑の火花が散る!!
(……は? 押されてる? こんな雑魚に?)
見る見る削られていく自身の得物。そして戦闘開始から徐々に後退している自分。
そんな現実を、九十九は受け入れられない。何かの間違いだと拒絶する。
(……なんだ、その澄ました顔はぁ!? 余裕こいてんじゃないぞ!!)
感情をぶつけるように、九十九は思い切り振り下ろし、薙ぎ払う。が、その全てをかわしてのけた眼鏡の少年に片手突きを食らわされ、すっかりひび割れた床をゴロゴロと転がった。
「……しょうがないなぁ」九十九は、その表情に憎悪で引き攣った笑みを浮かべながら、剣を杖のように突いて立ち上がる。「ほーんのちょっぴり本気出してあげるよ」
と、馬鹿にするように声を掛ける。
しかし、眼鏡の少年は掛けられた言葉を特に気にする様子もなく、まるでかかってこいと言わんばかりに、手をこまねいて九十九を挑発した。
「ッ!? 舐めるなよ、凡人風情がぁ!!」
片手剣を乱暴に放り捨てた九十九が、大蛇の剣を振り回す。が、誠人まで届かない。
そして気付く。大蛇の剣の半分から先が、すっかり無くなっていることに……!?
「遊んでばかりにいるから足をすくわれるのですよ」
と、周囲に小鳥の大群を従わせながら屋島。無効化能力で、九十九の大蛇を消し飛ばし脱出したのだ。
「……屋島さん」九十九は半壊した大蛇の剣に《心力》を流し込み、ほんの一瞬で得物を鍛え直す。「お仕置きターイム」
そして、九十九は新体操の選手がリボンをくるくると回すように、大蛇の剣を振る。
再び謁見の間に訪れる黒刃の嵐。眼鏡の少年を、屋島を、その場にある全てを呑みこむ――しかし、高揚感に酔い痴れていた九十九の顔面に、拳が突き刺さった。
あろうことか黒嵐の中を突き進んできた眼鏡の少年が、殴り抜いたのだ。勿論、その小柄な身体は所々斬り裂かれている。だが、しかし、
「かかってこい!!」
吹き荒ぶ嵐の中、眼鏡の少年はそう雄叫びを上げた。
そして《最弱》にそんな挑発をされれば、九十九がキレないはずがない!!
「調子に乗ってんじゃねえよ、雑魚が!! 凡人が!! 落ちこぼれが!!」
悪魔にでも取り憑かれたかのように、九十九は大蛇の剣を振る。
思い出されるのは秋の入部試験。いくら攻撃を加えても、叩きのめしても、その目から光を消さない眼鏡の少年が、九十九の神経を逆撫でした。
「またか、またその顔か!? ムカつくんだよ!! 雑魚いくせに!! 言っておくけどな、お前、全然すごくないんだからな!! 今までのは全部マグレなんだよ!! 《最弱》!! 落ちろ、落ちろ、落ちろ落ちろ落ちろ落ちろ!!」
その燃え滾る激情とは裏腹に油断はない――しかし、眼鏡の少年と屋島の狙いには気付いていない!!
「……ん?」
九十九は大蛇の剣を振るいながら、耳を澄ます。
連鎖する危機感を煽る音。それは何かに亀裂が入る音に似ていた。
そしてはっとなった九十九が足元に視線を落とす。するとほぼ同時に、謁見の間の床が大音響とともに崩落した!!
「先程から好き放題暴れてくれましたからね……私としてはやっとか、って感じですけど」
一緒に落下していく屋島に驚きの表情はない。なぜなら、これが彼女の、彼女たちの狙いだったからだ。
屋島の《心力》無効化能力で九十九の《自克再生》を無効化できないと分かった瞬間から、屋島、一ノ谷、壇ノ浦の三人は床を落とすために、九十九の攻撃を引き出し続けたのだ。
結局、あと一歩のところで一ノ谷と壇ノ浦が戦死し、屋島たちの作戦は不発になってしまったが、眼鏡の少年が来たことで流れが変わった。
眼鏡の少年は屋島たちの狙いを分かった上で、この謁見の間に来たのだ。そして眼鏡の少年が自分たちの狙いに気付いていることに気付いた屋島は、作戦を続行した。
途中、眼鏡の少年が九十九を挑発したことで床の崩落が早まったのは言うまでもない。
「――させないよ!!」「お見事」
落下していく途中、小鳥の大群に襲われそうになった球を、九十九は何とか逃がすことに成功する。が、崩落する床石に紛れて接近してきた屋島に蹴り飛ばされ、九十九は間もなく到達した床に全身を強く打った。
そこは冷たくて暗い、華やかさとは無縁な場所。
「……ここ、は?」
「ステージの研究はしないみたいですね――牢屋、ですよ」
だから何だと、九十九は立ち上がろうとするが――立ち上がれない。そしてすぐに気付く。仰向けになった自分の上に、蜘蛛の巣のようにワイヤが張り巡らされていると……!?
瞬間、九十九は目の色を変えてもがき出した。
なぜなら。なぜなら! なぜなら!!
「一〇秒以内に立ち上がれるといいですね」
「嘘だろぉおおおおお!!」
砕球では、転倒した選手が攻撃を受けていない状態で一〇秒間立ち上がれなかった場合、戦死判定になる。そして今の九十九も、一〇秒以内に立ち上がりファイティングポーズを見せなければ、問答無用で戦死判定を下されてしまうのだ。
「おい、嘘だろ、なんでだよ!?」
九十九の目の前に現れた数字がその数を減らしていく。
「ボクは攻撃されてるんじゃないのか!?」
「あなたがワイヤの張られたところに勝手に落ちて、勝手にこんがらがってるだけですよ」
「なっ……ちょ、ちょ、ちょっと待て!! 屋島さん、こんな勝ち方でいいのかい!?」
「ええ、これが狙いでしたから」
「こんな勝ち方で満足できるのかよ!? 後味悪いだけだろ!!」
「最高の気分ですね」
「くそッ!!」と叫んだ九十九は、少し離れたところに落ちていた大蛇の剣の柄を操作して引き寄せようとするが、柄の――剣の操作権を屋島に奪われる。
「操る力は私の方が上みたいですよ」
平常心の九十九ならともかく、今の彼では屋島に劣る。
やり返すことができて満足そうな屋島を無視した九十九は腕を突っ張って立ち上がろうとするが、足をまともに動かせない今それは無理なことだ。だが、それでも続ける。他に立ち上がる方法が思い付かないのだ。
「いざとなったら球に乗る、でしたっけ?」
床に密着した身体に、球が入り込む隙間はない。そもそも、屋島が床の崩落に合わせて九十九の球を狙ったのは、彼から球を遠ざけて着地する前に球に乗らせないためだ。
選択肢がどんどん潰されていく。
何か、何かないのかと、腕で身体を起こそうとしながら頭を回転させる九十九。
しかし、先程から潰された選択肢を堂々巡りしているだけで、打開策は一向に浮かんでこない。どうにもできない。県内一位の力をもってしても、この状況を打破できない。
ただ立ち上がればいいだけなのに。そんな簡単なことすら、今の九十九にはできない。
そして無情にもカウントは進み、残り時間はあと、三、二、一――
「――タイムアップです」
屋島の言葉を最後に、九十九は目の前が真っ暗になった。




