ヒーロー見参
「そ、そんなの反則だろ!!」
中央広場付近の建物の屋上で伏臥して長銃を構えていたチーム上妃、守矢玲は目の前で盛大に産声を上げた巨人を背中に嫌な汗を掻きながら見上げていた。
『巨人ですよ、ウイカさん!! うっわ、やっべ、テンション上がってきたぁ!! 巨人と言えば、昨年の永野県代表、仁科高校のダイダラボッチが有名ですね』
『あれは凄かった。でっかいのって、やっぱり迫力あるよね。わたしもけいちゃんも大好きだよ』
『チーム壇ノ浦の選手と仁科高校の選手では一人当たりの総《心力》量に違いがあるでしょうが、それでも今この場に誕生した巨人も中々のものです!! まさかこの代表決定戦でお目に掛かれるとは……清森、感動です!!』
解説席から身を乗り出す清森を初め、第一闘技場全体がどよめきに包まれている中。
「……ん?」
どこか弱点となりそうなところはないかと、照準器越しに細かく観察していた玲はふと巨人の発達した大胸筋のあたりで目を止める。そこには可愛らしいタッチで描かれた、自らの尾を飲み込む竜のマークが。
Victerのロゴでもなければ、他のメーカーのロゴでもない――というか、玲にはその記号に大いに見覚えがあった。
「りー、りぃ……!?」
玲の全身がぷるぷると震える。力の籠ったその両手は、手の中にある長銃を握り砕きそうな勢いだ。
「りんぅううううう!?」玲は自分が狙撃手だということを忘れて叫ぶ。「なに考えてんだよ、あのバカはぁ!?」
しかし、そう叫ぶのも無理はない。なぜなら、あの巨人出現にチーム上妃の工手が大きく関与しているのだから。
【どうしたの、れいちゃん……!?】
【あ、ごめん、ゆうさん……あたしは大丈夫、心配ないって。それより、りんのやつがまたやりやがった!!】
【え、麟ちゃん?】【りん、ちゃん……?】
【あの巨人!! あれにりんのロゴマークが入ってんだよ!! りんのやつ、敵に塩送りやがった!! 己、あの小娘ぇ……裏切りやがったなぁ!!】
【お、落ち着いてれいちゃん……!! ちょっとびっくりしちゃったけど、麟ちゃん、私たちにも防具つくってくれたよ? 本当に裏切ったんだったら、こんなことしてくれないよ】
こんなときまで天使かよあんたは!? と玲は叫びたくなったが、言われて装着している膝当てや肘当てなどに目を落とす。
これらの防具はチーム上妃の工手である少女がこの日のために製作してくれたものだ。砕球は身体接触の激しいスポーツであるため、いくら《心力》でつくった頑丈な防具と言えど試合の度に新調する必要がある。それくらい工手は、武器防具の製作はたいへんななのだ。
故に、麟と呼ばれた少女がチーム壇ノ浦側に完全に寝返ったということはないのだろう。が、
(あの巨人、とんでもない量の《心力》でできてるよな……)
チーム壇ノ浦の選手たちが合体して巨人になるために使ったバッジは、誠人の使う補助武器庫を源流とするものだが、持ち主の《心力》をあれだけ――おそらく残《心力》量全部――引き出せるとなると、ただ改良しただけではないだろう。一から設計している可能性もある。あの少女ならやりかねない。
(りんのやつ、あたしらのは片手間でつくったろ!?)
工手というのは難題を解くことを生き甲斐とする人種。
防具作りと巨人生成の補助具では、モチベーションの差は歴然としているだろう。
まあ後でとっちめればいいかと、ぐつぐつと煮えたぎっていた怒りを抑えるように、玲は溜息交じりに首を横に振った。
【ゆうさん、逃げるぜ!!】
試合開始から四分経過――巨人爆誕前。城館、謁見の間にて。
大蛇と小鳥の大群が真正面から衝突した瞬間、小鳥数羽が大蛇に噛み砕かれる。
「どうやらボクの方が無効化能力は上みたいだね、屋島さん!!」
「ちっ……ほんの少し、だけですよ」「くっ、屋島君でも敵わないのか!?」「なんで……なんでじゃ!?」
《自克再生》で復活した九十九は屋島、一ノ谷、壇ノ浦三人を圧倒していた。たった一人で相手チームのエースと戦っているというのに、その表情は涼しいものだ。力んでいる様子はなく、寧ろ貫禄すら感じられる。
相手は屋島の《心力》無効化でこちらの《自克再生》を攻略できると踏んでいたようだが、九十九としては笑いを堪えるのに必死だった。一度自分で試していたため、一生懸命に敗北ルートひた走っていた屋島たちは実に滑稽だったのである。
「流石、壇ノ浦先輩。すごい攻撃ですね~」
(当たれば、ね)
九十九は虚空を殴り抜いた壇ノ浦に微笑み掛ける。しかし、チーム九十九の主将は相手の動きが、その目的が変わってきていることを素早く察知していた。
(なるほど、ちょこまかと逃げ回りながらだけど……でも、このボクの炯眼は欺けないよ)
自分を戦死させられないと見た相手三人は、球に照準を合わせている。だからこそ、壇ノ浦は未だにチーム風紀の二人を見限らずに、協力しているのだろう。
相手の狙いを看破した九十九は、浅はかだと鼻で笑った。
(ボクが無理でも球なら壊せるとか思っちゃってる? やらせるわけないでしょ。少しは頭使いなよ。それくらいしかできないんだからさ)
「次はボクの番ですよ!!」
九十九は自分を囲むように展開する屋島たちを薙ぎ払うように剣を振るう。この場を埋め尽くすように這う大蛇が、《心力》で全身を覆った屋島たちに襲い掛かる。
不可視な上に、《心力》を無効化する牙。オペレーターには見えているとはいえ、彼らの指示だけでかわすことは不可能だ。せいぜい牙を避けられるくらいである。
それ故に、屋島たちはこうして《心力》で全身を覆っているわけだが、大蛇の強靭な鱗はまるで刃のように鋭く《心力》の装甲がガリガリと削られていく。このままではジリ貧だ。
「来ないなら、こっちから行きますよ!! それそれそれぇ!!」
謁見の間を、逃げ回る屋島たちを蹂躙する大蛇。
そして遂に、大蛇は一ノ谷と壇ノ浦を捉えた。
「主将!?」
《心力》でつくった壁を割られた一ノ谷と壇ノ浦は、一直線に九十九に突撃していく。チーム風紀、チーム壇ノ浦の両主将にはもう防御手段がない。だからこその特攻だ。
「風紀ぃいいいいい!!」「ファイトぉおおおおお!!」
「落ちろぉおおおおお!!」
迫りくる大蛇の鱗に身を削られながらも、二人はその歩みを止めない。戦死する直前の意識が薄れていく感覚に浸りながらも足を動かす。
しかし、その必死に回していた一ノ谷の足がすぱーんと両断された。
「ぐっ、足が……!?」「正義!! 飛ぶんじゃぁ!!」
壇ノ浦は迫る刃に切断される直前、一ノ谷をジャイアントスイングするように投げ飛ばす。チーム風紀と協力してでも、例え自身が戦死しようとも――必ず戦果を上げて見せるという気迫のプレーだ。
その気迫に背中を押された一ノ谷は、人間砲弾となって刃の網をかえ潜り、一気に九十九との間合いを詰める。
(この死に損ないが!!)
「ど真ん中、直球――絶好球ですよ!!」
九十九は背後に控えさせていた海豚球を操作して迎え撃つ。そして、海豚球五個が上下左右から獲物を挟み込むように接近しようとした瞬間、人間砲弾が加速した。
一ノ谷が必死に宙をもがいたからではない。球操手の屋島が、一ノ谷を操作したのだ。
「これが私の三年間だ!!」「ッ、落とす!!」
それでも九十九は急造した片手剣を振り下ろし、それをかわして回り込もうとした一ノ谷を今度こそ二つにする。屋島のコントロールの秀逸さに肝を冷やしたが、ギリギリのところで防御に成功した。球ほどの機動力はない。
続いて、全身から《心素》を撒き散らしていた壇ノ浦が一ノ谷を追うように爆砕。
――チーム九十九、2得点(内訳:相手選手2人撃破=1点×2)
あとは屋島だけだと、九十九は刈り取りに行こうとする――が、
「……あれ?」
九十九は自身の身体に起こった異変に気付く。一歩踏み出したところで膝ががくがくと笑い出したのだ。ワイヤに絡め取られたのではない。見れば、太腿の全面から《心素》が漏れ出していた。おそらく、屋島に操作された一ノ谷がこちらの初撃をかわしたときに攻撃していたのだろう。
(一ノ谷ぃ!?)
「……一本取られたね。でも、足をやられただけだよ。いざとなったら球にでも乗ってお出掛けするさ。このまま戦死しても復活できるしね。それでどうするの、屋島さん?」
残されたチーム風紀の少女に殺到する刃の嵐。
一ノ谷や壇ノ浦と比べて総《心力》量に余裕がある屋島でも、このままでは戦死するのも時間の問題だ。
屋島は無理に全身を守ろうとせず、円盾を複数錬成してそこに分解した球を充て、段違いに頑丈になった盾で大蛇を受け流す。自身の周りに浮遊する盾に身を隠しながら、謁見の間を逃げ回る。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「ダメだよ、逃げちゃあいけないな~」
屋島は壁に寄り掛かりながら荒い息を付いた。頬や口元に張り付く、乱れた髪。激しい戦闘で伝線してしまった、黒のニーソックス。
ユニフォーム以外は《心力》でできているとはいえ、今の乱れた彼女は十分に魅惑的であった。
「流石に一対一じゃキツいかな?」
「これが舐めプってやつですか……屈辱ですね」
「なに、恥じることはないさ。屋島さんがボクに負けるのは当然なんだから」
うるさいと言わんばかりに屋島は袖口に隠し持っていたクナイを投げるが、あくびをしていた九十九に難なく弾かれてしまった。
とそのとき、川を挟んですぐ向こう側にある都市部の方から、地が震えるような雄叫びが上がった。
「ひゅ~う、なんだいあれ……へ~、チーム壇ノ浦か。努力結晶ってやつかい、いいねえ――あれをこの手で叩き潰してやったらさぞ気持ちいいんだろうなぁ」
窓がバラバラに砕け散って外の様子が見えるようになった謁見の間から、恍惚とした九十九がそんな感想を呟く。
それから九十九は、大蛇で屋島の全身を縛り上げる。
「チェックメイトだ、屋島さん。そのまま動かないでくれよ、楽に落としてあげるからさ」
傷だらけの屋島は食い込んでくる刃を失った大蛇に嬌声をもらす。それでも、
「……生憎ですが、承服できませんね」
チームの主将である一ノ谷はもういない。共闘していた壇ノ浦も散った。
そして、球操手である自分が落ちればチーム風紀の敗北は決定的なものとなってしまう。だからこそ、どんなに無様でも最後まで足掻き続ける。
「勇美さんや与一さん、猪勢くんがまだ戦っているので」
屋島が気丈にもそう宣言したそのとき。
トントントン。
と、九十九たちのいる部屋に足音が近付いてきた。ゆっくりだが確実に自分たちの部屋に近付いてきているのが解る。
その足音は、謁見の間の壊れ掛けのドアの前でぴたりと止み、重厚なドアは軋んだ音を立てながら開け放たれる。
一瞬の静寂。果たして、中に入ってきたのは、
「達花、誠人……」
九十九は苦虫を噛み潰すような顔で、その名を呟いた。
――各チーム獲得点数、途中経過
1位チーム九十九2点(内訳:相手選手2人撃破=1点×2)
2位チーム風紀・チーム上妃・チーム壇ノ浦0点




