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砕球!! G2  作者: 河越横町
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チーム蓮


 約五ヶ月前、二月。闘王学園、チーム蓮、ミーティングルームにて。


「と、算喜ともき、それマジ?」


 チーム蓮の女性オペレーターである紫舵算喜こうだ ともきから言い渡された最終戦の対戦カードに、獅子王炎児は苦笑いを浮かべた。


「ああ、マジだ」剛羽は算喜から渡された資料に目を通しながら淡々と肯定する。「最終戦、一位、二位のチームと対戦だ」


「え、炎児、まさか知らなかったの? リーグ戦始まる前に剛羽が言ってた……と思うよ」


 と語尾を濁したのは、びくびくした様子の少年、無名世海ななし せかいだ。

 

 闘王学園の中等部では各学年で一〇チームに分かれており、一年という長期間で行われるリーグ戦の成績によって進級・退学が決まる。進級できる目安はリーグ戦で四位以内に入ることだ。そして、チーム蓮の現在の順位は、


「俺たちは五位だ。あと一つ順位を上げなきゃ進級できない」


「因みに、三位と四位のチームは六位のチームと対戦します」眼鏡の奥の目をすっと細めながら、算喜は浮かない調子で続ける。「まず取りこぼすことはないでしょう」


「無難に点稼いで逃げ切りかよ、冷めたやつらだぜい!」


 くうう~、と炎児が悔しそうに右拳を左の掌にぶつける。


「つまり、厳しいシチュエーションってことですね、キャプテン?」


 と剛羽を見上げてきたのは、ちゃんと被れていないニット帽と小学生のような背丈、童顔が特徴的な少女、リリィ・ピーチガーデンだ。

 イギリスから留学生で、剛羽たちのチームでは球操手を務めている。


「ああ、勝つだけじゃなくて大量得点が必要だ。でも、やってみないと――」


「――そんなの絶対無理だよ! 無理無理無理、勝てっこない!」


世海せかい、無理とか簡単に言うな! 戦士にはやらなきゃならねえ「時」ってもんがあるんだぜい」


「炎児の言うとおりだ。世海、やってみなきゃ分からないだろ?」


「だって、相手は御戦みいくさ厳華いつかのチームじゃん。今まで勝ったことないし……御戦も厳華も、剛羽より強いじゃん」


 ほんの一瞬、しんと静まり返るミーティングルーム。

 沈黙を破ったのは、眼鏡少女の算喜ともきだ。

 手にした資料をテーブルにほっぽり出し、眼鏡を外す。瞬間、その落ち着いた雰囲気が一変し、闘王学園の選手ですら竦み上がるような恐ろしい形相になる。


「……ちょっと私、ムカつきました」


「ひぃっ!?」「やべーってやべーって!!」「トモキ、ヴァイオレントオコですね」「算喜、落ち着けって」


 慌てて剛羽たちが間を取り持とうとするが、眼鏡を外した算喜はもう止められない。


「世海くん、その発言に何の意味があるのか、よければ教えてもらえませんか?」


「あぅ、あ……!?」


「事あるごとに無理だの何だの……終いにはチームメイトまで貶めて。そんな自分が情けないと思わないんですか? もう少し建設的なことを言ってください」


「は、はい、ごめんなさいでした!!」


 掛けていた椅子から転がり落ちた世海は、算喜に見えるところまで移動して土下座する。


「そ、そうだぜ、世海! お前、このままじゃ名前負けしたまんまだぞ! もっとデッカイ男になろうぜ! 熱くなろうぜ!」


「炎児は能天気過ぎるんだぁ! 勇気と蛮勇は違うんだよ!」


「じゃあ、どうするんだ、世海? このままだと俺たち退学だぜ?」


「っ、剛羽……」


「セカイ、四本足のホースでさえトリップします。ワタシたちなら必ずウィンできますよ」


「俺ら、きゃんどぅいっと!!」


「皆さん、その意気です」


「……ひっく……分かったよ、やるよ。どうせ試合するわけだし」


 リリィや炎児の姿勢に感化されたのか、世海はこくりと頷いた。

 剛羽は泣きじゃくるルームメイトの少年の頭をぽんと叩く。

 これでチームの意思は固まったと思われたそのとき、


「おいおい、蓮、いくらなんでもそれは強引じゃねーか? てめーはただの主将だろ。いつから王様になったんだ?」

 

 それまで椅子にふんぞり返って会話に参加していなかった漆治つつじが、口の端を吊り上げて皮肉な笑みを浮かべる。


「なに自分の都合のいーほうに誘導してんだよ。そもそも、総合順位で四位に上がるだけが生き残る道じゃねーだろ?」


「え、どゆこと?」と、ぽかんと口を開ける炎児。


「獅子王、てめーはいつまで経っても馬鹿チン野郎だなぁ、おい。そのウニみてーな頭は飾りかよ?」


「はあぁ!? ウニよりも一本一本がぶってえ男だよ、俺は!」


「ちっ、キャッチボールもできねーのかよ、ウニ頭!」


「うるせえ、キラキラネーム! ダークダーク!」


「……もういっぺん、言ってみろてめー! 名前で呼ぶなっつっただろーが、表出ろやコラぁあああああッ!」


「二人とも落ち着けよ」「炎児くん、だ――失礼、漆治くん、静粛に」


 ヒートアップしてきたチームメイト二人を、剛羽と算喜がまあまあと宥める。

 よくあることなので空気が悪くなることはない。むしろ、実は二人は意外と仲がいいのではないかというのがこのチームでの認識だ。


「それで四位に上がる以外に退学免れる方法ってなんだよ、漆治?」


「は、簡単なことだ。蓮、てめーもほんとは気付いてんだろ? チームとして存続できなくたって、個人成績がよけりゃ拾い上げてもらえるってことくらいよぉ」


 漆治の裏表のない発言に、一瞬剛羽たちは黙り込む。

 そう闘王学園中等部で進学する方法は、リーグ戦で四位以内に残ることだけではないのだ。五位以下のチームでも優秀な選手は個人だけで進級し、編入してきた選手たちと新しいチームを組めるのである。

 

 炎児は頭を掻き毟り、世海は泣きそうな顔で「剛羽ぁ……」と助けを求める。


「ったくよぉ、ヘボが一人いると、オレたちまで足引っ張られるんだよなぁ」


「すいません、ワタシのミスです」


 重苦しい空気の中で、リリィは申し訳なさそうにそう切り出した。


「ワタシ、スタートでチームをスリップさせました。それが今のシチュエーションをおぎゃんさせました」


「リリィのせいじゃない。俺たちはチームだ」


「剛羽の言うとおりだぜい! ワンなんちゃら、オールなんちゃらってやつだ!」


「リリィさんはよく頑張ってますよ。ビデオを観れば明らかです」


「算喜の言うとおりだよ、俺と比べたら相当役に立ってるじゃん」


「オゥ……サンキューベリーマッチ」


 と、土下座しながらアリス。言動が文化的に噛み合っていない。


「――はっ、てめーらときたら、こんなときまで友情ごっこかよ。神経疑うぜ」


「つ、漆治、せっかくいい雰囲気だったのに蒸し返すないほうがいいんじゃ……」


「うっせえ引っ込んでろ、泣き虫マゾ野郎!」


「ひぃっ!?」と、世海は言われるがままに後ずさる。


「オレたちが四位以上になる条件は御戦たちに勝って、三位四位のチームが負けることだ。それでも勝ち点が並ぶだけで、結局得失点差の勝負になる――オレたちには、大量得点最少失点が求められんだよ」


 漆治はこれなら馬鹿でも分かるだろと言わんばかりの口ぶりで、懇切丁寧に続ける。


「よしんばオレたちが大量得点で勝っても、勝ち点で並んでる三位四位は退学免れるために当然安全策、協力するだろ。やる前から分かってんだよ、チーム全員で存続なんて不可能だぜ。てめーもそう思うだろ、無名?」


「は、はい! まったくその通りでございます!」


「世海、俺たちの味方じゃなかったのか!? 裏切ったなあ!!」


「だって、こうでも言わなきゃ漆治に怒られちゃうんだもん! 漆治、敵に回すと怖いんだもん!」


「だもん、だもんって、それでも男か! じゃなくて、それは俺より漆治の方が格上ってことか? 納得できねえ、世海、今から俺と決闘だ決闘!」


「剛羽、助けてよぉ~。炎児が虐めるよぉ~」


 世海は泣きべそを掻きながら剛羽の背中に隠れた。

 男たちの言い合いをぼけーっとしながら見ていたリリィも、世海の真似をして剛羽の背中にひょいと隠れる。


「炎児くん、漆治くん、静粛に……」


 そこまで言って、算喜は言葉をぐっと呑み込む。ここから先はキャプテンの出番であると弁えているのだ。


「じゃあ、漆治、お前は個人個人で思い思いのプレーをしようっていうのか?」


「は、もの解りがよくって助かるぜ、蓮」


「んの野郎、漆治てめえ! わがまま言うなんてそれでも日本男児か!?」


 今にも飛び掛かりそうな炎児を、剛羽は片手をすっと伸ばして制する。そしてチーム存続は諦めて、個人個人で拾い上げられる可能性に賭けようと提案してきたチームメイトにこう続けた。


「それでもいいぜ、漆治――ただし、お前が俺に勝てたらな」





「なにを言い出すかと思ったら……俺、お前に嫌われるようなことした覚えないぜ?」


「は、精神攻撃は基本だろ?」


「そんなんで揺らぐメンタルしてねえ、よッ!!」


 剛羽と漆治は民家を飛び出し、スペースのある城壁の近くで刃を交える。

 勇美の急襲に細心の注意を払いながら、剛羽は漆治の攻撃を丁寧に捌く。現時点では押し負けることはない。しかし、相手の攻撃で腕や足がもがれようものなら、その瞬間に戦死する自信がある。漆治の個心技はそういうものなのだ。だから、


(四倍減速(クレスト=スクエア)!!)


 一気に決めようと、剛羽は漆治の胸部――《心核》を狙って《速度合成》を発動する。が、《心核》に撃ち込まれたはずの円形紋章が虚空に現れた。それはつまり、


「ミスったなぁ、蓮。どこ狙ってんだよ」


 剛羽の個心技をかわしてみせた漆治がにやりと笑う。まるで地面を滑るようにしてするりと後退したのだ。

 何か特別なことをしたわけではない。《速度合成》と漆治の個心技の相性のせいでもない。もちろん、剛羽の個心技の精度が低かったわけでもない。

 この一メートルもない間合いでかわすことができた理由は、


「てめーとは三年間毎日一緒に練習してたんだぜ。てめーがどういう場面でどういうタイミングで個心技を発動させるかなんてのはとっくに掴んでんだよ、蓮ぉ――おっと」


 またも円形紋章が虚空に現れる。一瞬前まで漆治の胸部があった場所に、一寸の狂いもなく。


「今度はオレの番だ、オォラァ!」


 剛羽の個心技をかわした漆治が、独楽のように回転しながら両手の刃を叩きつける。ここに来て、剛羽が初めて押し込まれた。


(もうこんなに溜めたのか……!?)


「時止めとか反則だろって思ってたけどよ、タネが解れば大したことねーな」


「違う、漆治が凄いんだよ」


「そう言わないと、自分が弱いってことになるから、な!!」


 剛羽はめげずに個心技を発動して反撃を試みるが、漆治にことごとくかわされ強烈なお返しをもらってしまう。

 無様に地面を転がる。漆治と勇美がここぞと踏み込んでくる。


(…………やっべ)


 剛羽は二人の攻撃をかわしながら苦笑した。


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