エースたち
『全選手転送完了! フィールドは中世ヨーロッパ都市! ファンタジー世界だ!』
舗装された石畳の道、鋭角の屋根の建物、街の中心にそびえる大聖堂、それらを取り囲む数十メートルの城壁。
入部試験時の密林フィールドとは一転して、代表決定戦は古き文明を再現した舞台となった。春の仮装収穫祭で耀たちが戦ったフィールド――廃墟を、壊れる前の状態に戻したものである。
そんな厳かな城壁に囲まれた都市部から大きな川を木橋で渡った先にある城館。
その建物の中でも玉座の置かれた高貴な雰囲気が漂うところに、九十九義経は独り佇んでいた。彼の周りには自律型の球――海豚球が浮かんでいる。
エース兼チームの球操手。そんな万能タイプの彼の顔には控室にいたときのお茶らけた余裕そうな色はなく、ただただ真剣な表情である。
昨日の予選が終わった後、九十九は剛羽に「明日、ボクのチームが勝ったらチーム九十九に入るように」と賭けを持ち掛けたのだ。
漆治からといい、九十九からといい、剛羽は相変わらずの人気者である。
負けない。剛羽を必ず自分のチームに引き入れる。
九十九がふーっと息を吐くと、調度いいタイミングで謁見の間に通じる重厚な木戸が押し開けられた。
「やあ、屋島さん、それから一ノ谷先輩……おや、壇ノ浦先輩もいるんですか」
「ここに居るのは分かってたわい。如何にもお前さんが好みそうな場所じゃからのう」
「そうですね、この場所好きなんですよ……王様になったみたいで。それで、皆さん、協調してエースのボクを打倒するわけですか?」
「そうせんと始まらんからのう。才能の怪物め……王座から引き摺り下ろしてやるわい」
「九十九君、去年の借りは返させてもらうよ」
「九十九さん、御覚悟」
現れた三人の刺客を前に、九十九は笑いを噛み殺しながら言った。
「今のが遺言ってことでいいですか?」
「何じゃと?」
「九十九君、その言葉は正しい使い方ではないよ。そもそも遺言というのは――」
「――はは、出落ちしたいとしか思えませんね。ボクがここを好きなのは獲物を追わなくて済むくらい狭いからですよ、それ!!」
瞬間、ドア付近に予め張り巡らされていた、屋島たちには不可視の黒線が鋭利な刃物となって、直方体の室内に斬撃の嵐が巻き起こった。
ズタズタに斬り裂かれた豪奢な内装はもはや見る影もなく、巨大な彫刻刀で彫ったかのような斬痕が床や壁に刻まれている。
九十九以外、立っていられる者など……。
「どうしたんじゃ、九十九。調子でも悪いんか?」
その声に反応して真上を見ると、シャングリラにぶら下がっていた壇ノ浦が急降下してきた。その大きな身体で視界だけでなく注意も奪われる。
「今のを凌ぐなんて中々やるじゃないですか。ちょっと見直しましたよ、先輩」
と上から目線の賛辞を送っていると、壇ノ浦の仕掛けに合わせて入り口の方から一ノ谷が突っ込んできた。
空中と地上からの同時攻撃。九十九は後退して壇ノ浦をやり過ごそうとする。が、足が何かに囚われて動かない。
(ワイヤ……屋島さんの仕業か)
「やっぱり彼女はボクのチームにふさわしい人材だ、ね!」
九十九は黒線とは別に腰に差してあったもう一本の刀を抜くと、刀身が鞭のようにしなり枝分かれし、迫る二人の戦士を迎撃する。悠然と流麗に、真正面から受けて立つ。
「ファイトぉおおおおお!」「風紀ぃいいいいい!」
しかし、壇ノ浦、一ノ谷両主将も一歩も退かない。鞭のようにしなる刀に身を削られながらも突き進む。
「おい、自殺志願者かよ!?」
人間砲弾――壇ノ浦の落下しながらのショルダータックルが九十九に届く。九十九は刀を硬化させて受け止めるが、あまりの衝撃に足元がクレーターのように派手に陥没した。
『チーム壇ノ浦キャプテン、壇ノ浦闘吾選手! あの九十九選手を押し込んでいる! ジャイアントキリングなるか!?』
「はは、気が早いよ、清森さん……勝敗は始まる前から決まっている。十万位にも入れない先輩が、県内一位のボクに勝てるわけ――」
「わし、一人ならのう」
「これこそ正にチームプレイ! なんて平和な響きだ!」「ッ!?」
壇ノ浦に動きを止められた九十九に、走り込んで来た一ノ谷が襲い掛かる。
九十九は壇ノ浦を受け止めていた刀の一部を変化させ、ビュッと枝のように伸びたそれが足首に巻き付いていたワイヤを切断。自由を取り戻した身体で、バックステップを踏む。すると、支えを失った壇ノ浦はそのまま床に突っ込んだ。
その衝撃で無数の石床の破片がぶわっと舞い上がるが、九十九も一ノ谷も意に介さない。お互いに相手の位置を正確に把握している。
九十九が刀を使っているのに対して、一ノ谷は徒手空拳。先手を取ったのは九十九だ。振るった刀が相手の心臓部に向かってビュンと真っ直ぐに伸びる。
しかし、ダメージを受けたのは九十九のほうだった。刀をかえくぐってきた一ノ谷と交差した瞬間、肩のあたりからしゅーっと《心素》が漏れ出す。
腕を丸ごと落とされたわけではない。ダメージが浅く済んでよかったと思ったが――
「……な、腕が!?」
「上がらないだろう?」
だらんと下がった右腕は意思命令を受け付けない。ただ肩にくっついているだけだ。
「腕を落とすつもりだったんだがね……けど、そこまでしなくても相手の腕を潰すことはできるんだよ。三角筋に通っている腋窩神経、私はそれを斬った。征維義衛隊を志す者、犯罪者たちを効率的に封殺する術は、今のうちから覚えておかないとね」
「……はは、風紀科はそんな物騒なこと勉強してるんですね。高校生のやることじゃないでしょ」
「いやいや、解剖学の勉強をしたのは、九十九君――君に勝つためだよ。今年こそ、平民が王を打倒してみせる!」
「……健気な話だなぁ、おい!」
九十九は刀を左手に持ち替えてお返しとばかりに振るう。彼は両利きだ。が、いつの間にか左腕に巻き付いていたワイヤが腕に食い込み、攻撃をキャンセルされる。
「屋島ぁあああああ!?」
接近してきていた一ノ谷の掌底を胸部にもらい、九十九はズザーっと地面を削りながら転がった。
九十九は怒りの表情で立ち上がるが、そんな彼を嘲笑うかのようにバサバサバサっと緑色の小鳥の大群が襲い掛かってくる。
宛ら弾丸の嵐。九十九の身体にボコボコと穴を穿つ。
その小鳥の正体は、屋島が持ち球である隼球五個を五〇個に分割したもの。五〇個もの球を同時操作するため難易度がとんでもなく跳ね上がっているが、屋島にとっては大した問題ではない。
各球の表面を《心力》で覆っているため、分割する前と一個一個の耐久力が変わらない上に、一〇個割られなければ相手に点を与えないというアドバンテージがあるだけだ。
「ますます欲しくなっちゃうねえ!」
小鳥の大群が過ぎ去った後、それらの操作主である屋島を探そうとした九十九だったが、その視界は眼前に現れた壇ノ浦で埋め尽くされる。
「ファイトォオオオオオオオオオオオ!」「や、やめ、やめめめめめめめめめめめめ」
超至近距離からの正拳ラッシュ。殴り飛ばされた九十九は、謁見の間の最奥部にある玉座に叩きつけられる。
「九十九、覚えとるか?」
顔面中にヒビが入り脱力したまま腰掛ける王に問い掛ける壇ノ浦。
「昨年の代表決定戦、わしはお前さんに一撃で戦死させられた。手も足も出んかった。じゃがのう、そんなわしでも我慢強く続けとったら、そこそこのレベルになるんじゃ」
玉座から滑り落ちそうな態勢のチーム九十九のエースである自分に、上からそんな言葉が掛けられる。《IKUSA》の個人ランキングで自分よりも遥かに格下の選手に、見下ろされる。
九十九は屈辱に震えるかのように、全身をわななかせた。
「九十九、お前さん、さっきこないところで戦っていいんかいうてたのう……ああ、ここでいいんじゃ。ここなら――」「――九十九君の逃げ場はないからね」
「……はは」
がっくりと頭を垂れていた九十九は、不敵に笑った。
「平民が王を倒す? 才能がなくても続けてればそこそこのレベルになる? ……頑張ればなんとかなるとか本気で言ってんのかよ。先を読む力もないのか……まあ、それもそうか。凡人なんだから……」
「ランキングに踊らされたのう……革命のときじゃ!」「如何にも!」
壇ノ浦と一ノ谷は止めを刺すと、玉座に居座る獲物に接近――しない。
つい先日行われた九十九の個人戦で、彼の個心技の新情報を得たからだ。下手に攻撃すれば完全回復した状態で戻って来て、痛烈な反撃を食らわされるだろう。せっかく与えたダメージも水の泡である。だから、
「お任せください」
シャングリラの上から飛び降り、すたっと着地した屋島が一歩前に出た。
屋島補斑。チーム風紀のエースにして、風紀科唯一の千番以内(ランクS)選手。その個心技は《心力》無効――九十九と同じく《心力》を打ち消す能力である。
小鳥の大群が合体するように集まって一羽の大きな鳥へとその姿を変え、ぎゅるるるると回転しながらまるで一本の大槍のようになって玉座に腰掛けた九十九に飛来する。それを防ぐ術はない。
ドゴッという衝撃音。
九十九は胸部にぽっかりと大穴を開けられ、《心核》を跡形もなく粉砕された。
「……ッ!?」
しかし、
「主将、下がってください!」
標的の異変に気付いた屋島が、一ノ谷たちを後退させる。
「……この場の王はボクだ。ボクが絶対なんだよ」
その刹那、壇ノ浦の左腕と一ノ谷の右腕が斬り飛ばされた。切断面である肩口からぶしゅーと《心素》が勢いよく漏れ出す。
「化け物じゃ……」「無効化できないのか!?」
「奇遇だね。ボクも屋島さんと同じことを自分に試したことがあるんだ」
九十九は意地悪そうな笑みを浮かべながら、壇ノ浦たちを見下ろすように続ける。
「《自克再生》、戦用復体が壊れてから初めて発動する、無効化できない完全回復能力です……壇ノ浦先輩、キレが上がりましたね。一ノ谷先輩、神経を切るだなんて中々できることじゃないですよ」
惜しみない拍手と賛辞。
壇ノ浦も一ノ谷も瞠目したまま、まだ目の前の出来事に理解が追い付いてないのか、微動だにしない。そんな中、すぐさま状況を認識していた屋島だけはやれやれと溜息を洩らした。
「でも残念、無駄な努力ご苦労さん――では」
片手間程度で振られた刀は、枝分かれする本数・威力・キレ、その全てが今までを上回り、今度こそ相手チームの主将二人を絶望へと容赦なく叩き落とすのであった。




