試合直前
『会場にお集まりの皆さま、お待たせいたしました! いよいよ、いよいよです! 九十九学園の代表の座を賭けた、砕球選手たちの熱き戦いが始まります! 実況は高等部一年、清森巴でお送りします! 今日も盛り上げていくぜ~~~~~~い!』
清森がお馴染みのアナウンスで、九十九学園第一闘技場に詰め掛けた観客たちのボルテージを上げていく。
そして選手控室で待機していた各チームの選手たちも、その闘気を今にも暴れ出しそうなほど高めていた。
Sideチーム壇ノ浦
「――って感じかのぅ……なに浮かん顔しとるんじゃ、やる前からそない弱気になっとたら、勝てるもんも勝てんやろ」
ミーティングを終えたところで、主将の壇ノ浦は緊張した面持ちのチームメイトたちを鼓舞した。
気持ちというのは、案外馬鹿にできないものだ。相対的に強いか弱いかではなく、気持ちが足枷とならないことが重要なのである。
しかし同時に、壇ノ浦にはチームメイトたちが弱気になるのもよく分かった。
チーム壇ノ浦は、県内の強豪校からお声が掛からなかった上に、チーム九十九にも拾ってもらえなかった選手で構成される、所謂落ちこぼれ集団だからだ。
多かれ少なかれ、悔しい思いをしてきた選手ばかりである。報われたことより、報われなかったことのほうが多い。
総合順位が低く、練習施設を確保できなかったときは、ひたすら《心力》の基礎練習と吐くことに馴れてしまうほど走り込みをしていた。少しでも効率・効果的な練習をしようとメニューを考え、練り上げていった。例え相手が中学生や低ランクの選手でも、経験を積むために文句を言わずに試合に出た。
そうして繰り返される研鑽の日々。少しずつ、しかし確かに感じ始めた手応え。
そして遂に去年の代表決定戦、チーム壇ノ浦は総合三位の成績を収めた。上位チームから見れば取るに足らないことだろう。しかし、これは自分たちにとって大きな一歩だ。
だから、
「あとは全部ぶつけるだけやろ」
壇ノ浦はチームメイトたちと円陣を組む。そうやって身体を密着させることで、お互いの鍛え上げられた肉体を直に感じ取ることができる。それが自信に繋がる。
「勝とうや!!」
壇ノ浦はそう呼び掛け「ぉおおおおお!!」と先陣を切って声出しを始める。それに円陣を組んでいた選手たちが続いていく。
気迫の爆弾。間もなく、チーム壇ノ浦の控室は爆音にも負けないくらいの野太い声で埋め尽くされた。
Sideチーム九十九
「えっと、ぷちぷち潰していこうか……以上」
「え、義経先輩、それだけですか?」と、唖然としながら閑花。
チーム九十九の試合前最後のミーティングは、あまりにもあっさりと終わろうとしていた。
ベンチにやる気なく腰掛けていた主将の九十九は、気怠げに後輩の質問に答える。
「閑花さん、作戦なんて必要ないでしょ。普通にやったら勝てるんだから。変なことする必要ないよ」
「で、でも、今年は相手に蓮くんがいるじゃないですか! それに蓮くんだけじゃなくて、チーム上妃は侮れませんよ。それに風紀科には屋島さん、一ノ谷さん、勇美ちゃんもいますし……」
「心配性だねぇー、相手をリスペクトし過ぎだよ。どうせやることなんて変わらないんだからさ。壇ノ浦チームにたくさん点数貢いでもらって、そのまま逃げ切ればいいんだよ。それに、今年のチーム九十九には漆治くんがいるからね」
その言葉に、控室にいたチーム九十九の面々が、名前を上げられた少年に視線を集めた。怯え、軽蔑、殺気……少なくとも、その視線には好意的な色は見当たらない。監督の洲桜慶太郎と副主将の山伏はどちらも黙ったままだ。
「は、随分嫌われてるみてーだな。まあ、別にいーけどよ」
このポンコツどもが生意気に睨み付けてくれてんじゃねーよ、どうせこの試合が終わればおめーら全員、このオレに泣いて感謝するだろうからな、と漆治は内心馬鹿にするように笑う。
「蓮はオレに任せろ。大船に乗ったつもりでいろよ」
「自信だけはあるみてえだなッ、くそ生意気なルーキーくんよぉ」「は?」
とそこで、漆治に攻撃的な言葉を掛けて沈黙を破ったのは、高等部三年《荒法師》こと木礎撃破だ。
木礎は漆治の胸倉を掴んで立ち上がらせ、ぎろっと睨み付けた。控室内がしんと静まり返り、張り詰めた空気に息苦しさを覚える。
「なんだー、おっさん?」
「このガキッ……強い奴は好きだけどよぉ、手前だけはどうにも気にくわねえんだよなッ。こんな大事な時期に砂刀と駿牙、怪我させやがって……あいつらはここのレギュラーなんだぞッ!!」
「レギュラー? あれが?」
冗談だろう、というニュアンスを多分に含んだ発言。
額に青筋を浮かべた木礎をからかうように、漆治は続ける。
「つーことはここにいんのはあれ以下かよ。そんな戦力で、よく決勝まで残れんな。周りがよえーのか?」
「この野郎ッ!!」木礎は漆治をロッカーに叩き付ける。「口で言っても分かんねーのかッ!?」
「いってーな……いーのか、おっさん。こんな大事な時期に。高三なんだろ? オレとやったら間違いなく怪我するぜ」
「上等だこらッ!! 表出ろッ、くそガキッ!!」
「――木礎先輩!!」
一触即発の状況で、二人の間に割って入って来たのはチーム九十九唯一の女子レギュラー、閑花だ。
選手たちの大半が固唾を呑んで見守る中、
「もう~やめてくださいよ~」閑花は零れんばかりの笑顔で、猫なで声で、まあまあと手を振りながらそんなことを言う。「これから……試合、なんですから」
『…………』
しかし、チーム九十九の選手たちは、前髪を編んだ猫のような目の少女がただ笑っているだけではないことに気付いた。その目に涙を浮かべながら、無理をして笑っていることに気付いた。この少女は試合直前の険悪なチームの雰囲気を取り持とうしているのだと。
普段はノリの軽い少女であるため、そんな少女が見せた涙に驚いた者は少なくない。
一方で、漆治はこれだから女は嫌だと舌打ちした。
控室に訪れた微妙な空気。
「――試合だ、行くぞ」
それを打ち破るように、ぽんと閑花の頭に手を置いた山伏が呼び掛けると、選手たちは「おう!!」と声を揃えて気合十分に返し、選手たちは手を打ち叩き、雄叫びを上げながら入場通路へと歩き出した。
Sideチーム風紀
「――続いてチーム九十九のスターティングメンバーですが、九十九さん、山伏さん、木礎さん、閑花さん、漆治くんの五人のようです。砂刀さんと駿牙さんの位置に、木礎さんと漆治くんが入ると思われますが……漆治くんの今までのプレースタイルを見る限り、連携を取らずに単騎で潰し屋のような動きをするようです。狙われた際は十分に気を付けてください。なるべく一対一は避け、乱戦に持ち込みましょう」
屋島は手にした資料をパラパラと捲りながら要点だけを確認していく。代表決定戦に向けてのミーティングは今日までに何度も重ねて行ってきたため、今更慌てることはない。正に準備万端、用意周到。前日と当日しかミーティングを開かないチーム九十九とは大違いである。
優秀な選手たちに加え、細かなところまでしっかりしているのがチーム風紀の特徴であり、ストロングポイントである。
しかし、次期主将の最右翼と目される屋島の言葉に、登録メンバーの誰もが耳を傾けている中、勇美だけはどこか集中し切れていないようであった。何か悩んでいるような、浮かない面持ちである。
「――それじゃあ、私たちも行こうとするか」
控室に召集のアナウンスが入ると、主将の一ノ谷を先頭に選手たちが学生とは思えない統率された動きで控室を後にした。
Sideチーム上妃
「――おい、達花」
剛羽たちが控室を出ると、すぐ近くにリーゼント頭の少年――猪勢雄大が壁に背を預けて立っていた。剛羽は誠人だけをその場に残し、耀たちを連れて選手入場口に向かう。
「試合前に何だ、猪勢」誠人は猪勢の前に堂々と立ち塞がり、睨み上げる。「話があるながらさっさとしてくれ」
「入部試験、俺はお前に負けたなんて思ってねえからな」
「……僕もあれで勝ったなんて思ってない」
「お前より俺の方が強いってこと、思い知らせてやる――ぜってえ負けねえからな」
「僕もだ」
それだけ言って、二人は別れた。
そして先に進んでいた剛羽と耀は、
「――耀様!!」「ッ!? 侍恩……」
突然背後から声を掛けられて立ち止る。剛羽は優那たちには先に行ってもらうように目配せした。剛羽も少し進んだところで待機する。
「侍恩!!」耀はかつて自分の世話役をしてくれた同い年の少女と熱い抱擁を交わす。「その制服……」
「はい、九十九学園の制服です……」侍恩は下ろし立ての制服を見せびらかすようにその場でくるりと一回転し、笑ってみせる。「私も今日から耀様と同じ学校の生徒です」
「っ……もう、自分のやりたいことをしなさいって言ったじゃない」
「……耀様」侍恩は涙を流しなら笑う。「これが私のやりたいことです」
「馬鹿ね……」
目元の涙を拭った耀は、侍恩をもう一度抱き寄せた。
「試合、観に来てくれたのでしょ? 最後までちゃんと観ていきなさいよね。私、超活躍するんだから!!」
それから耀はぱっと笑顔を咲かせ、手を振って侍恩と別れる。
「もういいのか?」
「ええ、大丈夫よ」耀は挑発するように笑う。「それより、準備はできてるかしら?」
「これ以上ないってくらいだ」
「上等ね――」
いつも通り、偉そうな発言をする耀。
剛羽はそんな彼女を見て安心する。今の彼女にあの夜のような迷いはもうないのだと。
「――さあ、行きましょう!!」
そして、二人は優那たちの待つ選手入場口に向かって走り出した。




