《心動(インプレス)》
耀が倒れてから三日、代表決定戦まであと三日。
九十九学園の近くにある大病院の一室にて。
「……原因は超活性、ですか?」
一人呼び出された剛羽は腑に落ちない様子で、正面に座る白髪の好々爺然とした医者に問い掛ける。
「そう、超活性」白衣に身を包んだ老人は手元の資料から目を離し、剛羽に柔らかい視線を送った。「砕球やってる子なら聞いたことくらいはあるかな?」
超活性。己のリミッターを外して身体の奥底に眠る《心力》を解放することを意味する言葉だ。その発現は身体的変化によって確認され、例えば耀の髪が金茶色から赤色に変化したり、剛羽の目の瞳孔が十時に開いたりするのがそれである――が、
「その自分で言うのもアレですけど、超活性って要は才能の一つみたいなものですよね?」
「そうだね。君の言うとおり、超活性は「ゾーンに入る」とも言い換えられるよ。一時的に体内の《心力》を普段以上に引き出せるってことだね」
「だったら、今回神動が倒れたこととどんな関係が……?」
「普通は関係ないね。初めて超活性を体験した選手が興奮状態になるっていうのは、僕も聞いたことがあるけど」
思い当たる節があるのか、剛羽は視線を泳がせる。
「でも、耀ちゃんの場合は少し話が違うみたいなんだ。簡単に言うなら自分の《心力》に蝕まれている感じかな」
「それって、神動が未熟ってことですか?」
「君はそう思うかい?」
「……思いません」
彼女はこの数カ月で十分過ぎるくらい積み上げてきた。文句なしの出来だ。
「そうだね。今回のケースは耀ちゃんの未熟さのせいじゃない。問題なのは彼女の中にある《心力》の方だ。彼女のそれ、強過ぎるんだよ」
「普通じゃ考えられないくらいってことですか?」
「いいや」ゆっくりとかぶりを振った医者は、マグカップに入ったコーヒーを一口飲んで喉を潤す。「天才を基準にしても考えられないくらいだ。力が強過ぎて器が壊れるなんてあり得ない。それくらい耀ちゃんの中で暴れている《心力》は――危険だ」
息を呑んだ剛羽に、老医者は「ごめんごめん」と付け毛した頭を掻いてから続ける。
「耀ちゃんの力は、僕ら人程度に説明できる代物じゃない。まるで球史に残る大砕手、ジャスティン・アルドレイドみたいだね」
「でも、ジャスティンさんは使いこなしてたじゃないですか」
「だったら、そのアルドレイドの実の娘である耀ちゃんにも使いこなせるんじゃないか、って言いたいのかい?」
「娘だからできるとか、そういうことが言いたいわけじゃないですよ」少しぶっきらぼうに言った剛羽は、視線を落として続ける。「前例があるなら、神動にだってできると思っただけです」
「なるほど……でも、それは誤解だよ、剛羽くん。あのアルドレイドですら結局最期まで使いこなすことはできなかった」
老医者の言葉に、剛羽は「え?」と聞き返すように声を洩らした。
耀の実父であるジャスティンは、その無尽蔵とすら評された《心力》を以って母国を初のタイトル――しかも世界一に導いたのだ。実は自身の《心力》を使いこなせていなかった、など有り得ない。
しかし、続けて老医者の口から出た言葉に、剛羽は言葉を失った。
「アルドレイド、世界大会を最後に引退しただろう? その原因、今の耀ちゃんと同じような状態になったからなんだよ。そして彼はそのまま息を引き取った」
死んだ? ジャスティンさんが?
剛羽はしばし老医者の存在を忘れた。
ジャスティンが引退したのは二六のとき。これからさらに伝説を打ち立てていくのだろうと思われていた中での電撃引退。
何故辞めてしまったのかと、その頃の剛羽は不思議でしかたなかったが……。
「アルドレイドの個心技は《心動》とか呼ばれてたけど、どういうものか知ってるかい?」
「願えば叶う、ですよね?」
老医者に質問されて我に返った剛羽はそう即答した。
「そうだね。《心動》って個心技は使用者の心的欲求によっていくらでも《心力》を増幅、引き出せる能力なんだ。気持ちが大事とか聞くけど、この個心技に関しては正にその通りだね」
「……見返りが大き過ぎますよ。じゃあ、神動もその個心技を?」
「いいや、親子で同じ個心技が発現するっていうのは有り得ないよ。プロの世界でも見たことないだろう? でも、今回そんな奇跡が起こった。考えられることは一つ、耀ちゃんが個心技を受け継ぐ個心技を持っている可能性だ」
老医者は手にした端末の画面を何度かタッチしてから、剛羽に見せる。画面には剛羽と耀が初めて決闘したときの試合動画が映されていた。
「剛羽くんも不思議に思っただろう? 耀ちゃんは赤型なのに、どうしてこんなに青型みたいに長時間連続で出力できるんだろうって。で、だ。耀ちゃんのお母さん、神動花恋さんも砕球をやってたらしいんだけど、花恋さんの《心力》は青型らしいんだ」
「……なるほど、それで受け継ぐって発想が浮かんできたんですね」
耀の能力について納得した剛羽は、しかしどこか浮かない様子だ。
それを見抜いた老医者は「耀ちゃんの容態、聞きたいんだろう?」
と、突然切り出してきた。
剛羽はこくりと小さく頷く。膝に置いた手に自然と力が籠った。
「こういうことは普通、本人とか家族にしか言わないんだけどね……耀ちゃんが、聞かれたら言っても構わないってさ」
そこで老人は一瞬間を置いてから辛そうに、しかし淡々と続ける。
「残念ながら回復の見込みはないんだ。もってあと――一週間だ」
ガタンと椅子を倒すほどの勢いで立ち上がる剛羽。
目を見開き、爪が食い込んでぶるぶると震えるほど拳を握り締める。
何で!? あんなに頑張っていたのに!? そんな気持ちが去来する。
「《心力》を消したり食ったりする人たちに治療してもらったんだ……多少荒いやつね。途中で僕、ゲロっちゃったよ。でも、今の耀ちゃんを助けることはできなかった」
老人はコップを口元に運び、それからふうと深呼吸してから続ける。
「耀ちゃん、意識はもう戻ってるんだ。良かったら、話相手になってあげなさい」




