達花誠人
早くも入部試験当日。
この一週間で、耀は基礎の基礎から修行を始めたというのに着実に力を付けていた。
その成長速度は常軌を逸している。彼女には闘王学園の選手たちにも匹敵する何かがあると、剛羽は確信していた。
「それにしても、すごい渋滞ね」
ここ一週間で打ち解けてくれた証なのか最近口調が砕けてきた耀は、眼前の光景に疲れたような表情を見せる。
校舎と砕球部寮を繋ぐ渡り廊下は、剛羽たち入部試験受験者で溢れ返っていた。
「これが全員受験者なら二百人はいるな……どうした、緊張してるか?」
「ふん、誰にモノを言ってるのかしら? この私が緊張なんてするわけないじゃない……でも」
首を傾げる剛羽に、耀は頬を少し赤らめながら続ける。
「き、緊張しないのはあなたのおかげです…………コーチしてくれて、ありがとう」
(や、や、やったわ! 試験前にちゃんと言えたわ!)
「へえ、素直じゃん」
「ま、ま、ま、まぁあ、今のは礼義として当然のことをしたまでです! そ、それと、あなたのおかげと言っても半分くらいですからね!」
胸を張り腕を組むというポーズはいつも通りだが、今は妙に力んでいる耀。口調が元の丁寧な感じに戻っている。
剛羽はそんな彼女を放って置いて、視線を巡らせる。
「……神動、悪い、ここで待っててくれ。美羽を探してくる」
「荷物、邪魔でしょうから預かりますよ」
「助かる」
耀の申し出に感謝し剛羽は列を外れようとしたところ、
「――まったく、落ち着きのないやつらだ。試験前だぞ、少しは大人しくしたらどうなんだ?」
すぐ後ろに並んでいた眼鏡の生徒に声を掛けられて足を止めた。
小柄な体格、黒縁眼鏡、その眼鏡によって一層引き立てられた利発そうな雰囲気が特徴的である。女装すればそう見られそうな見た目だが、剛羽と同じくズボンを着用しているので男子生徒だ。
(また偉そうなのが……)
「神動の親戚か?」
「それはなんの冗談かしら?」
「おい、それは僕に対して失礼だろ!」
「あら、悪気があったわけじゃないんですよ、ごめんあそばせ。お詫びに、友達にしてあげます」
眼鏡を掛けた少年は「ふざけるな」と耀から差し出された手を払いのけて続ける。
「僕は達花誠人、キミたちと同じ高一だ」
剛羽は耀に「知ってるか?」と視線を送るが「さあ」と首を横に振られた。
「まったく、寮でも毎晩遅くまで騒がしい上に、学校内でも分別がないんだな。キミたちはどこに行けば静かになるんだ?」
「この程度の声量でうるさいだなんて、あなた、よっぽど狭い世界で生きてきたんですね。同情するわ」
「突っ込むところ、そこじゃないだろ……。達花だっけ? なんで、寮でのことまで知ってるんだ? ……覗きか?」
「違ぁあう! 僕も一般寮で暮らしてるんだ!」
「全然気付かなかったわ」「なんかすまん」
「キミたち、ほっんとに失礼だな! まあいい……キミたちもこれから砕球部の入部試験を受けるんだろう?」
「だったらなにかしら? 応援してくれるなら受け取ってあげてもいいですよ」
「それはない。僕も試験を受けるんだ。つまり、ライバルだな」
「ふふ、身の程を弁えなさい。あなたがこの私に勝てると思って?」
「な、何だと!?」
「お前ら試験前に余計なエネルギー使うなよ……それより」
「はぅ」「ちょ、なにしてるのよ、あなた!?」
いきなり誠人の胸を揉みしだいた剛羽に対して、耀が声を荒げる。
揉まれた誠人は涙目だ。
「いや、男か女かはっきりさせようと思ってな……男だな」
「参考までに聞きたいんだけど、お、女の子だったらどうするつもりだったのかしら?」
「……ッ!?」
「まったく考慮してなかったのね!? 大体、制服見れば一発で分かるでしょ?」
「すまん、反射的に……昔色々あってな」
「反射的に!? あと最後になにか言わなかったかしら!?」
剛羽は、胸を掻き抱いていた誠人に頭を下げてから続ける。
「達花、ここにいるのって、全員入部試験受けるやつなのか?」
そう質問された誠人は平常心を取り戻したのか、黒縁眼鏡をくいっと上げて答える。
「昨年秋の入部試験は過去最高の150人が受験したんだ。その内の一、二割は卒業したが、最近ここの砕球部は人気があるからな。中一のガキどもと編入組が加われば、この春の試験の受験者は昨年より多いだろうさ」
「その言い方だと、ここの試験って新入生以外も受験資格あるんだよな?」
「そうだ、この学校に在籍する限りは何度でも挑戦できるぞ。だからこんな時期に入部試験をやるんだ。選手を囲い込むためにな」
「達花、詳しいな」
「当然だ。僕はここの中等部から上がってきたんだぞ。何でも聞いてくれ」
「それにしても、卒業するまでは何回でも受験できるなんて、いいシステムですね」
「それはどうだろうな。毎年受験者の数は増えてきているんだ。一度落ちたら合格する可能性はどんどん低くなるさ」
誠人は厳しい口調でそう言った。
「で、達花は今年で何回目の受験なんだ?」
「うぐっ……」
眼鏡な少年は、剛羽たちと違って中等部から上がってきた生徒。
ここにいるということは、今年が初受験ではあるまい。
「僕は……」と、剛羽の質問に誠人は一瞬口籠った。しかし意を決して「僕は今年で」とまで言い掛けたところで、
「――おら、どけい!」
剛羽たち受験生で埋め尽くされた廊下に、怒声が響き渡った。
見れば、十人以上もの野郎の集団が、廊下の幅一杯に広がってこちらに向かってくる。
「どけどけどけぇーい! 砕球部様のお通りだぁ!」
そう声を張り上げているのは、先頭を歩いているリーゼントヘアーの少年だ。
上背は剛羽と変わらないが、鍛えられた肉体のおかげで身体全体が大きく見える。また他の生徒たちとは色違いのブレザーが目を引いた。
「なんですか、あれ?」
(この学校、あんなのがいるのか……)
「気にするな。相手にするだけ時間の無駄だ」
剛羽はすぐにリーゼントの少年たちから視線を外し、待ち合わせの約束をした妹を探す。
闘王学園から来た剛羽からすれば何かうるさいやつが来た程度の感覚だが、一般生徒はもちろん、砕球部入部希望者にとっては砕球部の生徒=《心力》に優れた生徒は十分に脅威だ。よって、廊下で談笑していた生徒たちが一斉に道を開けた。これで事なきを得る。誰もがそう思ったそのとき、状況はまたも変転を迎える。
「あうちです」
行進してくる砕球部員たちを見て脇へ避けようとした女子生徒が、同じく避難しようとしていた男子生徒に押されて転倒してしまったのだ。
まったくドジなやつだと、剛羽は横目でその女子生徒を確認した。
片側だけ結わえられた剛羽と同じ濃青色の髪。くりっとした剛羽と同じ濃青色の瞳。
華奢な体付きで、大人しそうな雰囲気のその少女は果たして――
「――美羽……!?」
剛羽は驚愕に目を開く。
今し方倒された少女は、今年から中学デビューする彼の実の妹だったのだから。
ともかく、このままでは轢かれてしまうと、誰もが思った瞬間、倒れて動けなくなった少女の前に飛び出したのは――眼鏡な少年、達花誠人だった。
駆け出そうとした剛羽の横をすり抜け、倒れたショックで動けなくなった少女の前に立ち、ばっと両手を横に広げる。
ここから先は通さない。そんな堅固な意志を感じさせる勇ましい姿だ。
「ああん? どけって言ったろ……って、お前、弱虫泣き虫へっぴり腰の達花じゃねえか。チビ過ぎて分かんなかったわ、ごめんよぉ」
「いよいよ目まで悪くなったか、猪勢雄大。それと僕はこの一年で十センチ伸びたぞ、馬鹿め」
誠人と猪勢が言い合っている一方で、剛羽は倒れたまま固まっている美羽をお姫様抱っこして避難する。
「あ~ん、誰が馬鹿だって? つーか、どけよ。砕球部の俺たちに迷惑だろ?」
「そっちこそ迷惑なんだよ、そんな大人数で。ここはキミたち専用の廊下じゃない」
額(片方はリーゼント)をぶつけ合って火花を散らす両者。
周囲にいた一般生徒はその様子に震え上がり、これから入部試験を受ける者たちは「やれやれ~!」と野次を飛ばしたり口笛を吹いたりしている。
その慣れない光景に剛羽は驚いた。闘王学園ではまず見られない。
「達花、お前さあ、惰性で砕球続けてんならいい加減足洗えよ」
猪勢は意地悪そうな笑みを浮かべ、周りに聞こえるくらい大きな声で続ける。
「この試験だって、もう――七回も落ちてんだろ? それだけじゃねえ、皆知ってるんだぜ、お前が0勝10000敗の《最弱》だってことをよ」
「っ…………」
「才能ねえんだから、続けるだけ時間の無駄だぜ」
「ちょっと、あなた、黙って聞いていれば言いたい放題言ってくれますね」
とそこで、猪勢と誠人の間に割って入ってきたのは耀だ。
髪をパサッと手でなびかせた後、胸の前で腕を組んだいつもの偉そうなポーズで面と向かい合う。
(……出たな、姫モード)
と、剛羽は内心やれやれと首を振った。
「誰だよお前、見ねえ顔だな。編入組か?」
「私は神動耀。砕球界のエースになる女です」
「顔がいいだけじゃエースにはなれないんだぜ、お嬢様。寝言は寝て言えや」
そう言って、猪勢は先に進もうとする。
逆らう者は誰もいない。ただ一人を除いて。
「ちょっと、あなた、目でも悪いの? それとも列の並び方も知らないのかしら?」
耀は猪勢の進路を阻み、きっと睨め付ける――馬鹿にされて少し怒っているのだろうか。一歩も譲らないという堂々とした雰囲気だ。
対して、リーゼントの少年は鼻で笑って続ける。
「はあ、これだから編入生は。やれやれだ。手前こそ、ここのルール知らないんじゃねえのか? 砕球部が来たら道を譲る。自然の摂理だっての」
「そんな横暴が通ると思って――」
「――悔しかったら試験で活躍してどっかのチームから指名してもらうんだ。そしたら、話聞いてやるよ。ほら、さっさとどかねえと痛い目に――」
「――そこまでだ!」
とそこで、耀と猪勢のストリートバトルは、廊下に響き渡った凛とした声によって、勃発前に鎮火された。
その場にいた者等は全員、人山の向こう側――砕球部寮とは反対方向に視線を集中させる。そこには、きりっとした真面目そうな少女が仁王立ちしていた。
しっかりと着こなされた猪勢と同じ色のブレザー、加えてロングタイツ。
凄まじいほどに防御力が高く肌の露出はまったくない。が、だからと言って、少女に女性らしさがないわけではない。
前髪と毛先が切り揃えられたストレートの黒髪は艶があり、よく手入れされていることが伺える。また、スカートからはすらりと伸びる流線形の美脚は、タイツによって色香を損なうどころか、寧ろラインがはっきりと分かって破壊力を上げているのだ。
「……勇美?」
そして突然現れたその黒髪の少女の名前を、剛羽はぽつりと呟いた。
達花誠人
性別:男
誕生日:1月29日
年齢:15歳(高校1年生)
身長:166cm
ポジション:動手モバイル・フィールダー
好きなもの:ヒーロー
作者コメント:どの立ち位置にするか迷ったキャラです。誠人みたいなキャラは個人的に書きやすいので――剛羽の数倍書きやすい笑――最初は主人公にしようと思ったんですけど、最近のラノベ主人公には向いてないんじゃないかと……!(ど偏見)でも、俺はお前みたいなやつ大好きだからな、誠人!笑
猪勢雄大
性別:男
誕生日:7月7日
年齢:15歳(高校1年生)
身長:177cm
ポジション:球砕手
好きなもの:圧倒すること。才能。古きよき髪型
作者コメント:誠人とは幼稚園からの腐れ縁というリーゼントキャラ。実はこの後出てくる女子キャラにメインポジションを奪われた不遇男子です。これからどんどん登場頻度が上がる……予定はない!