反撃
立ちはだかる鉄壁とさえ思えた緑壁は、バラバラに砕け散った。
相手の防壁に流れる《心力》が偏ったことを感知した誠人が、すぐさま玲に指示を出して撃ち抜かせ、耀の一撃へと繋げたのだ。
勝てる。
その気持ちは誠人の足をぐっと加速させた。追い風に吹かれているような、そんな感覚。
油断はしない。もう、しない。例え相手が小学生でも、全力でやっつける。
それ故に、誠人は九十九の防壁が砕け散った瞬間、一気に踏み込んだ。その動きは滑らかで迷いがない。この展開をイメージし、虎視淡々と狙っていたから。
「君たちが……このボクに近付いていいわけないんだよぉおおおおお!!」
対して、追い詰められた九十九は、シャウトしながらめちゃくちゃに剣を振り回す。
剣幅一メートル、全長五〇メートル以上の、剣先に蛇のような頭を持つ黒塗りの剣。
そして不可視と《心力》無効化を付与された必殺の刃。
しかし小回りは利かないと見て懐に飛び込んだ誠人だったが、そのリーチに似合わぬ超駆動ととんでもない剣速を持つ大蛇が迫る。
耳元の無線機のイヤホンから美羽の指示が飛ぶ――が、踏み込んでいた分、もう間に合わない。避けられない!
ここまでかと誠人は目を見開くが、大蛇が盾に触れるかどうかのところでその大質量の刃が上空に打ち上げられた。
耀が絶大な《心力》を注ぎ込んだ大剣を斬り上げるように振り抜き、ガキンという甲高い音を響かせながら誠人に迫っていた大蛇を弾き返したのだ。
同時に、すぐ近くにいた誠人ははっきりと感じる。耀の《心力》量は九十九と同じ、いやそれ以上のものだと。
「ふ……頼もしい限りだな!」
誠人はぬるい機動をする犬球一個を叩き斬り、玲が連射した銃弾の嵐が九十九の身体にいくつもの穴を穿つ。
僕たちのターンだ。ざまあ見ろと、誠人はほくそ笑んだが、そこで異変が生じる。
「……神、動?」
突然、迫る大蛇を弾き返していた耀から発せられる《心力》のオーラが薄まったように感じられた。
(まずい!?)
九十九と正面切ってのパワー勝負をできるのは耀だけだ。全ての作戦が、耀の強力な《心力》があることを前提に成り立っていると言っても過言ではない。
だというのに、ここに来てエースの変調。
早急に作戦を立て直さねばと思ったときにはもう遅かった。大蛇のような剣が自分を、玲を、耀を押し潰さんと迫ってきて――
……。
…………。
……………………。
「そう簡単に終わらせるわけないだろう? これが君たちの最後の試合なんだからさ」
大蛇に絡め取られ、虚ろな瞳になる耀たち。
九十九の愛剣からは刃がなくなり巨大な鞭のようになっている。
そんな自身の得物が捉えた三人を、九十九は嘲笑いながら見上げていた。
「これが実力の差だよ。ボクは神動さんより強かった。それだけの話だ。それと、君たちのやってきたことは作戦でもなんでもない。ただ戦ってただけだよ。なにもかもボクより下だったのさ」
「……くっ、早く戦死させろ」「こん、にゃろう……」
「え、なんだって?」
そうとぼけて見せた九十九は、ぐぐぐぐぐっと耀たちを締め上げる力を一層強める。
一方で、全身を圧迫されるような痛みに、誠人は秋の入部試験のことを思い出していた。あのときも散々なぶられた後に、こうして締め上げられたと。
秋に九十九と戦ったときは残り試合時間一分を切ってから締め上げられたためタイムアップに助けられたが、今回はそういう訳にはいかない。
この決闘の決着方法はどちらかが戦死するまで。
つまり、戦用複体が壊れないギリギリのラインを攻めれば――やろうと思えば、いくらでも「~されたような痛み」を、精神的ダメージを与えられる。
一応、選手の安全を優先して個人戦は最長十五分というルールだが、あと十分以上は時間がある。万事休すだ。
「蓮くんは随分君たちのことを買っているみたいだけど、結局最後までその理由はボクには分からなかったな。同じ天才でも考え方は違うんだね」
九十九はとうとうと語る。
「困るんだよ。これ以上、蓮くんの足を引っ張らないでくれまいか? 君たちのせいで、蓮くんはもう一度夢を追い掛けようとしている」
「ふ、足を引っ張ってる、だと……?」
呟く程度の声量でそう言った誠人は、鼻で笑ってから続ける。
「蓮がそう言ったんですか?」
「口に出さなくても察してあげるのが友達じゃないのかい? 君たち一般人だって気付いてるはずだ。砕球っていうのは持って生まれたもので決まるってことをね。個心技になんて正に運命の悪戯だろ? 僕はそういうのを闘王学園で嫌というほど学んだよ。蓮くんも同じはずだ。そんな彼を、君たちはさらに突き落とそうとしている。立ちあがってまた潰されて……このままだと、蓮くんは砕球の選手として――いや、人間として壊れてしまうよ」
剛羽のことを心配するような口ぶりの九十九。自身の考えを信じて疑わないその姿勢には狂気すら感じられる。
そんな勝ち誇ったような九十九に対して――
「……ふ、ふふふ」
突然、誠人は笑い出した。
手が自由に動かせれば、それを額に当てて天を仰ぎそうな勢いで笑う。
それが気に食わなかった九十九は、さらに締め上げる力を増し加えた。
「うぁ……蓮の足を引っ張ってるのはあなたのほうですよ、九十九先輩」
「ん、なんだって?」
「っ、ぁあああああ…………蓮は言った、勝ち負けの前じゃ才能なんて無力だって」
「……なにが言いたい?」
「うっ、蓮はあきらめてない。チームメイトとして一緒にしたから、決闘したから分かるんです。あいつは一度失敗したくらいで投げ出すほど――柔じゃない!」
瞬間、九十九の剣を持っていた腕の肘から先が吹っ飛ばされる。
「な、なんだこれぇえええええ!?」
見れば、空中に小さな紫色の銃弾が浮かんでいた。決闘開始から今まで、玲が散々撒き散らしていたものだ。
そして耀たちを締め上げていた大蛇の締め付けが緩み――
「だから戦闘中にお喋りをするなと言ってるだろ、馬鹿め」
相手の懐に飛び込んだ誠人が手にした片手剣を振り抜いた。
九十九の身体がばっさりと二つに切断される。ブシューと盛大に撒き散らされる《心素》。上半身だけになった九十九はぼとりと砂漠に落下する。
「ま、さか……君に球操手の素質があったとは……ね」
「僕も驚きました。補助武器庫を使ってから力の使い方がなんとなく分かってきたんですよ」
補助武器庫を使うことで、誠人は体内で《心力》が練られている感覚を、それが体外に引き出される感覚を掴んだのだ。そして自分で練り、引き出す感覚を掴むことにも成功した。とはいえ、まだできたりできなかったりの繰り返しである。
「そしたら身体から離れてるものも動かせることに気付いて……といっても、まだ普通の球は重くて動かせませんけどね」
「そうそう、だから最初に撃った弾丸は敢えて少し小さめにしといんたんだぜ。まことにも操れるサイズにさ。気付いてた、つくもせんぱーい?」
パワー不足と言われたあの弾丸が、九十九の緑壁を破るきっかけになっただけでなく、この奇襲にも繋がっていたのだ。
とはいえ、緑型以外の弾丸は撃った傍から《心力》が外気に散って威力が落ちていくため、誠人が操作する前に散りばめた銃弾が消え去ってしまわないかと、誠人も玲も内心気が気じゃなかった。
「ふ、もう少し大きくても僕は操作できるぞ」
「そりゃ頼もしいぜ」
念には念を。
そこで話を切り上げ、玲が止めを刺しにいく。
玲の構えた突撃銃の銃口が紫色の火を噴き、撃ち放たれた無数の弾丸が九十九に突き刺さってその斬り放された上半身をその場で激しく弾ませる。
勝った。そう思いながらも、耀たちは試合終了のアナウンスを待つ――しかし。
「……は?」「おい、嘘だろ!?」「なんですか、これ……?」
生身の肉体であれば息が止まっていただろう。
心臓とそれを覆う鎧臓が口から発射されていただろう。
それくらい、耀たちは目の前の光景に戦慄していた。
信じられないと言った表情の彼らの視線の先にはあるのは果たして。
五体満足で涼しい顔をしている九十九義経の姿だった……!?




