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砕球!! G2  作者: 河越横町
54/108

無敗

 弁護士を呼べ!!


「今のひかり見れば分かるだろ!! そいつらに脱がされて……」


 玲はちらりと下着姿であるはずの耀に視線を送ったが、金茶髪の少女は既に上から下まできちんと着用していた。

 漆治つつじが少年たちを狩っている脇で、耀は美羽が拾い集めてきたスーポツウェアに着替えていたのだ。

 尤も、例え耀が下着だったとしても、少年たちに危害を加えていないという証拠にはならないだろう。「自分から勝手に脱いだんだろう? 被害者に成り済まそうとしても無駄だよ」と、適当に流されて終わりである。そんな光景が容易に想像できる。


「と、とにかく、ふざけんのもいい加減にしやがれ、このすかたん!!」


「こんなの横暴だ! 部長にそんな権限があるわけないだろう!!」


「二人とも待って、落ち着いて……ほんとに退学になっちゃう」


「ひかり……」「神動……」


 九十九に詰め寄って胸倉を掴んでいた玲は、もう一度きっと睨みつけてから、納得いかないと言いたげに荒々しくその手を放す。誠人も腕を組んで眉根に深い皺を刻み、瞑目している。

 が、チームメイトの言葉で我に返ったのだろう、二人は衝動的に手を出さないように、耀たちのところまで引き返してくる。多分もう次は我慢できない。


「やれやれ、文句を言いたいのはボクの方だよ。立場ある者は辛いね」


 九十九は制服の襟元を正しながら溜息を付いた。


「やっぱりドラフトでとらなくて正解だったよ。先見の明があったのはボクの方ってことか……邪魔ばかりしてくれちゃってさ。知ってるかい? 君たちの暮らしている一般寮はさあ、本来苦学生に提供されるものなんだ。それなのに君たちと来たら……今回の件は、生徒会長としても見過ごすことはできないね。言ってみれば悪性腫瘍だよ、君たちは」


 大仰な仕草をしながら、九十九はその挑発する姿勢を崩さない。明らかに他人を怒らせようとしている。


「でもボクはあの聖人君子と呼び声高い九十九義経だ。君たちみたいな救いようのない生徒にも慈悲を惜しまないよ。だから――ボクと決闘だ。それで君たちが負けたら退学してもらう。無論、一対一じゃ君たちに勝ち目なんてないから、全員でかかってきていいよ。それでキミたちが万が一にも勝てたら、まあそんなことは天地が引っ繰り返っても有り得ないだろうけど、今回の件はなかったことにしてあげるよ。よかったね、ボクの学校で」


 優しいだろう? と両の掌を空に向け、キメ顔をつくる九十九。

 耀たちを陥れるために彼があれこれと策を弄してきたことを知っていれば、さぞ滑稽に映っただろう。正にマッチポンプである。


「あ、でも、蓮美羽さんだったかな。君は大好きなお兄ちゃんと一緒にボクのチームに来なよ、歓迎するからさ」


「こいつ!?」「……最初から蓮が狙いか」


 自分に視線が集まっていることをありありと感じた美羽は、思わず耀の背中に隠れそうになった。が、一歩後ずさったところで何とか踏み止まる。

 胸のあたりがすごく痛い。多分、鎧臓がいぞうが心臓を締め付けているのだろう。

 それでも、美羽はぎゅっと目を瞑ったまま思いを言葉に乗せる。

 兄たちの姿に憧れて始めた砕球。始めた頃は兄や優那、勇美と一緒にできればそれでいいと思っていたが、今は違う。この二ヶ月で自分は――


「――あ、あの……わたしは、このチームにいたいです……!!」


 静寂に耐えかねた美羽は薄らと目を開け、周りを見た。耀と玲がぽんと肩を叩いてくれた。


「うーん、それは残念。また誘うからよく考えといてね」


 一方で、九十九は特に気に留めずに「さてと」と美羽から耀たちに視線を移す。


「話を戻そうか。えっと決闘の話だったね。部長のボクからの有り難ーいプレゼントだ。君たちも腐っても砕球選手だろう? 最後は戦って散る方が本望なんじゃないかい?」


「だから僕たちは」「だからあたしらは……」


「達花くんも、玲ちゃんも、分かってるでしょ?」食い下がる二人に言い聞かせるようにそう言った耀は、すっと立ち上がる。「あの人、なにがなんでも私たちを退学させるつもりよ。いくら口で言っても切りが無いわ」


「じゃあ、九十九あのやろうと決闘するっていうのかよ!?」


「……僕は反対だぞ。相手の思う壺だ」


「あのおこちゃまさん、自分の口で言ったでしょ? 勝てば見逃してくれるって」


 玲と誠人が口を噤む間に、耀は堂々とした足取りで九十九の前に進み出る。そして、背筋をピンと伸ばし、髪をなびかせ胸に手を当てながら宣言した。


「分かりました。その勝負、受けて立ちます」


「ひゅ~、かっこいい~。惚れちゃいそうだね……そうやって蓮くんを籠絡したのかい?」


「……? それより、決闘に勝ったら――」


「――上手いこと揉み消してあげるよ。まあ、やるのは僕じゃないけどね」


「……約束、ですよ?」


「この名に掛けて誓うよ……君たちが勝ったら、ね」


 その言葉に満足したのか、くるっと振り向いた耀はいつも通りの自信満々そうな顔で誠人たちに言う。


「今の話、聞いたでしょ? 要は勝てばいい話よ。あれだけ練習したんだから大丈夫。私たちの力を見せ付けてやりましょう! ……ふふ、私たちに負けたあのおこちゃまさんがどんな顔するか楽しみね」


「ひかり……なんか、こうはに似てきたな」


 と、玲は苦笑いしてから自分を落ち着かせるように一息付いて「よっしゃ」と拳を掌にぶつけ、「なーに心配すんな、みう」と不安そうな美羽を安心させるように声を掛ける。


 しかし、そんな前向きな二人とは対照的に、誠人は内心不安を抱えながら耀の言葉に神妙な面持ちで頷いた。

 彼は知っているのだ。これから自分たちが戦う相手は、あの闘王学園で、個人戦で一度も敗北したことがない選手であると。


「あ、あの……耀先輩、玲先輩、誠人先輩、頑張ってください……!!」


「勝ってくるわ」「応よ!」「……ふ、バックは任せた」


 美羽の声援に応えた耀たちは、木の幹に預けた訓練用人形サーヤを一瞥した。《心力》でできた外装にはそこらじゅうに亀裂が入っており、完全に活動停止していることからおそらく内部搭載された機械類にも被害が出ているのだろう。残念ながら、もう手遅れだ。


「……これが終わったら、お墓つくってあげましょう」


「ひかり、それフラグな」


「……キミたち、試合に集中しろ。相手はあの九十九だぞ」


「蓮くんみたいなこと言ってるー」「かっくいい~」


「僕は真面目な話をしてるんだ!!」


「そ、そんな大きな声出さなくてもいいじゃない!?」「かたすぎ、絡みづれえよ」「あ、あの皆さん、喧嘩は……」


「随分楽しそうだね。退学目前になって気がおかしくなったのかい?」


 九十九からの決闘申請を受諾した耀たちは、言葉ではなくその力強い眼差しで応える。ちょっとふざけるくらい、余裕があるということなのだろう。少し固さのあった誠人もリラックスしている。

 

 対して、そんな彼女たちの態度が気に入らなかったのか、九十九は「さっさと始めようか」とぶっきらぼうに言った。

 

 間もなく、アナウンスとともに《闘技場》が展開され、耀たちは戦用復体に変身する。

 今回のフィールドは延々と広がる黄色の海――砂漠だ。殺風景で、障害物となるものは何もない。

 耀たちの勝利条件は、九十九を戦死させるか球を全部割ること。対して、九十九の勝利条件は耀たちを全滅させることである。


「これで勝てなかったら、君たち世界中の笑いもんだね~」


「ふふ、それはそちらも同じでは? 私たちに負けたら――」


「――それはない。ボクが君たちに負ける確率は〇パーセントだよ」


 決闘開始前の一〇秒カウントが始まると、九十九の雰囲気がガラリと変わった。普段の鼻に付くような態度は消え失せ、それだけで殺せそうなほど鋭い目付きで耀たちを捉えて放さない。


「……観たよ、少し前の蓮くんとの個人戦。言っておくけど、ボクは彼ほど甘くない――」

 

そして、両者の間に浮かんだカウントが「〇」を示した瞬間、その数字を斬り裂くように、九十九の振るった不可視の斬撃が耀たちに猛然と迫る。


「――初撃から全力さ! 《死神サーペントリーパー》!」


 姿を見せない大蛇による蹂躙が始まった。


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