退学
「ここに来りゃー、戦えるってきーてたのによ。ザコとクズしかいねーじゃねーか……また騙されちまったぜ」
フードの少年はリーダー格の少年を地面から引っこ抜き、ぽいっとそんな可愛い効果音が付きそうな適当な所作で投げ、壁に叩き付ける。
リーダー格の少年は白目を剥き、口を半開きにしたまま動かなくなった。
「おい、手前! なにしやがる!」「なにが、また騙されちまったぜ、だ!?」「騙されたのは俺らの方だっての!!」「自分がなにしたのか分かってんのか!?」「命令違反だぞ!」「頭悪いのか!?」「なにフードなんか被ってんだよ、かっこつけてるつもりか、ああん!?」「ほんとはただの人見知りだったりしてなあ!」
と、少年たちはフードの少年を取り囲んで糾弾する。が、
「あーそういうことか……心外だぜ。信用されてねーな。わざわざこんなことする必要なんかねーのによ」
一人で何を言ってるんだと、少年たちが顔を見合わせた瞬間。
深い溜息を付いたフードの少年は、ふいに手前にいた少年の膝から下を蹴っ飛ばした。サッカーボールでも蹴るような、そんな軽い動作で。
しかし蹴られた少年の膝下は初めから取れかかっていたかのように簡単に千切れ、《心素》を撒き散らしながらゴロゴロと転がっていった。不規則にバウンドしながら、壁にぶつかってようやく動きを止める。
誰もがその一連の出来事を呆然と見詰めていたが、
「足がぁあああああああああああ!?」
膝下を蹴り飛ばされた少年は、絶叫しながら変身を解いて尻餅を付き、蹴られた右膝を抱えた。
砕球をやっていれば変身中に身体の一部を損壊するなどよくあることだが、少年は今まで経験したことのないような激しい痛みに襲われる。やがて痛いと感じることすらできなくなった。膝から下の感覚が……ない。
一方、少年たちから解放された誠人は、どうして膝を抱えた少年はあれほど痛がっているのだろうかと、脳内で疑問符を乱舞させていた。
甚大なダメージを受ければ、変身解除後に当該個所に痛みを伴うことはあるが、戦用復体を壊さた反動による痛みなど砕球をやっていれば慣れっこなはずだ。
「……なんだこりゃ?」
周りの反応など気にも留めず、フードの少年はリーダー格の少年のポケットから落ちた《IKUSA》によく似た端末を拾い上げる。
それから頭上にぽっかりと開いた――自分で壊して開いた――穴を見詰め、確かめるように手を何度か開閉させてから「なるほど、どーりで」と呟き、拾得した端末を握り潰した。
すると、途端に耀たちを囲っていた半円形のフィールドが霧散し、フードの少年の身体中から黒色の煙がモワモワと流れ出る。そして、
「じゃあ次は……お前でいっか」
一番近くにいたから、目が合ったから。
そんな理由で順番に、フードの少年は二〇人弱の少年たちを片っ端から壊し始めた。腕をもぎ取り、膝を砕き、蹂躙していく。それから耀たちの前に人山が築かれるまで、そう時間は掛からなかった。
「こーいうことはおめーがやれって感じだよなー……おめーもそー思うだろ?」
「や、やめ、なんでもしま――」
「――いらねーよ」フードの少年は最後の一人となった少年の心臓部から突っ込んだ手をズボッと引き抜く。「なんでもだ? おめーがなに持ってるってんだよ」
フードの少年はそう吐き捨てると、その背中を丸めたままのそのそと崖の方へと向かっていく。が、その途中、
「おめーは……?」
ガタガタと震えていた美羽に目を止め、そのまま少女の脇に手を差し込んで持ち上げる。
「みうになにしやがる!?」「玲ちゃん……落ち、着いて」
今にも飛び掛かって行きそうな玲を、耀は何とか羽交い締めにすることができたが、
「ああ? なんだよ、眼鏡」
「蓮妹を放せ」
凄まじい反応速度で身体を起こして美羽のところまで駆け出した誠人を、止めることはできなかった。耀は汗を滝のように流し、肩で息をしながら、二人の少年を見守る。
「蓮? はっ……そりゃ似てるわけだ」フードの少年は満足そうに鼻で笑った後、美羽を下ろす。「こいつにもおめーらにも、なにもしねーよ。女とは戦わねー、ザコだからな」
「……僕は、女じゃない」
「よせよ、オレの目は誤魔化せねーぜ」
あまりの屈辱にもう何ていうかどうしようもないくらい打ち震える誠人の肩をぽんぽんと叩いたフードの少年は「兄貴によろしくな」と美羽に言い残して崖下へと飛び降りる。
結局、誠人や耀たちにはフードの少年がどんな技を使っているのか、そもそも一体誰なのか分からなかった。
先程までの喧騒が嘘のように、日常を取り戻した物置前の空き地。
聞こえてくるのは風に揺られた木々のざわめきと、小鳥の囀りだけである。
フードの少年のおかげで危機は脱したが、さてこの少年たちはどうしたものかと、耀たちが次の行動に迷ったところで、
「――嘘だろ、これ……」
物置前の空き地にそんな驚きの色を多分に含んだ声が響いた。
耀たちの視線を一身に受けたのは、一般寮までやってきたチーム九十九のキャプテン、九十九義経だ。
九十九は、地面に倒れ伏した少年たちとその近くに立っていた耀たちを交互に見て、ゆるゆると首を振る――笑い出しそうになるのを堪えながら。
「退学だよ、こんなの……」
耳を疑うような九十九の言葉に、玲と誠人は詰め寄って抗議する。状況だけ見れば、耀たちがやったように見えるかもしれないが、それは大きな誤解だ。
「ちょっと待ってくれ――待ってください! あたしらはこいつらに襲われたんだ!」
「この状況だけじゃ証拠にならないはずです!」
「関係ないね。どっちにしろ、君たちはやり返したんだろ?」
「だから、あたしらは襲われただけだって!」
「これをやったのは僕たちじゃない! ……です!」
「あ、あの……玲先輩たちが言ってることは本当です」
「そんな可愛い顔して言ってもダメだって」
九十九は玲たちの言葉にまったく耳を貸さずに、やれやれと首を振る。
「この人たち見たことあるなー。えっと……あ、そうだ! 九十九の姉妹校の生徒だよ! だからなんとなく見覚えあったのか!」
九十九はうんうんと頷く。
チーム上妃たちを襲うようにと唆した少年たちが全滅したこと、少年たちが何やら見慣れない端末などを使ったこと、少年たちに加勢するように送り込んだ漆治がどこにも見当たらないことは想定外だったが、この状況はこの状況で好都合だ。利用できる。
おそらく少年たちを潰したのはフードの少年――漆治だろうが、その責任は耀たちに負わせればいい。
証拠がどうとか、逮捕できるかどうかとか、そんな詳しいことはどうでもいいのだ。端から事を大きくするつもりはない。
暴力事件が起き、その現場に耀たちだけがいたという事実さえあればいいのである。それを理由に責めることができる。こちらの望む展開に引き摺り込むことができる。
「大体、あたしらを退学になんかできるわけ――」
「――できるさ、だってボクは砕球部の部長なんだからね。部長には、部員の不始末を上に報告する義務があるだろ?」
九十九は嫌らしい笑みを浮かべながらそう言った。
うーんこの超展開……




