嵐の前の……
九十九との対談翌日、放課後。一般寮脇の空き地にて。
「こうはって、なんだかんだで甘いよな~」
全身を《心力》で覆った状態で剛羽と組み手をしていた玲は、にやにやしながらそう切り出す。
(諦めも付くって、なんだよ……)
「入団試験でこの俺に勝ったら、入団認めてやるぜ! みたいなこと言ってなかったけ?」
(ピークは過ぎたって、なんだよ!)
「ま、あれだけやれたんだから、ひかりとまことは文句なしで合格だよな……ってあれ? おーい、こうはー」
(闘王から追い出されたらもう終わりなのかよ!!)
「応答せよ応答せよ」
(なわけあるか馬鹿野郎!!!!)
「どわッ!?」剛羽の全身から突如として湧き上がった突き刺すような白色の《心力》に、玲は飛び退く。「ご、ごめん。なんかごめんなさい!」
「別に怒ったんじゃない」
「それ怒ってるときの台詞じゃん……!?」
「怒ってない……おい、サーヤ。サンドバック」
「了解しました、マスター」
「ちょっと、サーヤちゃんになにさせるつもりよ!? それに私の練習相手は!?」
「知らん、基礎練でもやっとけ」
「こうは、訓練用人形つっても女の子モデルだぜ、罪悪感とかねえのかよ!? てかやっぱ怒ってね!?」
「ない!! ……それに俺に殴られるなら本望だろ、サーヤ?」
「はい、恐悦至極に存じます」
「さ、サーヤちゃん、嫌なら嫌って言わないとダメよ?」と、引き攣った笑みを浮かべながら耀。
「システム、オールグリーン」
「ほらな」「私のこと雌豚とか言ってたのに!?」「なんつー設定にしてやがんだこいつは!?」
「コンビネーショプロテクター、装備完了。いつでも始められます」
「しゃあッ!!」と、剛羽は先程までとは見違えるようなキレのある動きで、プロテクターで全身を固めたサーヤを一方的に殴り、蹴る。防具を叩く乾いた音が小気味好く響く。
「あんな練習になんの意味があるって言うのよ……」
「め、メンタルケアにはなるんじゃねえの……?」
「――まったく、どんな練習をしているのかと思えば……見下げ果てたぞ、剛羽!!」
と、耀と玲が唖然としている中、ご乱心の剛羽を叱責したのは、一般寮まで続く山道を上って来た、九十九学園高等部1年の竜胆勇美だ。その隣には、小動物のような可愛らしい少女がちょこんと立っている。
「あれ、いさみじゃん、どしたん?」
「屋島先輩に頼まれてな、代表決定戦の日程について連絡しに来たのだ」
「ちっ……勇美、今めちゃくちゃいいところだったんだぞ」
「何がめちゃくちゃ良かったのか、私にも分かるように説明してもらいたいものだな」
「あれだ……あれ」剛羽はそっぽを向いて呟く。「メンタルケア」
「使い古された言い訳をよくもまあ抜け抜けと……」半眼になる勇美。
「大体、そんな連絡、《IKUSA》で済ませればいいだろ。それか学校で会ったときとかさ」
「な、なんだと!?」
「ごめんな、いさみ。こうは、ちょっと愚図ってるだけだから」
「蓮くん、せっかくここまで来てくれた人に、そんな言い方ないんじゃないかしら?」
「頼んだ覚えはない」
「かあ、あったま来たわ! あとで優那先輩に言い付け――」
「――ふざけんな、それが人間のすることか!?」
「剛羽が言うな!!」「蓮くんが言うな!!」「こうはが言うな!!」
女子たちの妙な団結により、旗色が悪くなってきたことを感じ取った剛羽は、すぐさま話題を変える。
「つーか、なんで俺らがここで練習してるの知ってるんだよ?」
「そ、それは……」勇美は一瞬口籠ってから何か閃いたのかポンと拳で掌を打つ。「そう、風紀委員の仕事だ! どのチームがどこで練習しているかくらい、知っていて当然であるからな!」
「え、そうなんですか、勇美先輩?」と、先輩の顔を見上げながら訊ねたのは、勇美の隣の小柄な少女だ。「わたし、知りませんよ」
「うぇ、あ……は!」顔が面白いことになっていた勇美はきりっとした表情に改め、隣に立つ少女を紹介した。「こちらは鞍馬与一、風紀科の中学1年生だ」
「あ、はい、鞍馬です……?」鞍馬は先輩の唐突な振りに小首を傾げてから続ける。「蓮先輩、練習会のときはお世話になりました」
「む、与一、剛羽のことを知っているのか?」
「この前、東卿ドームで合同練習会あったろ? あのとき、対戦したんだよ……足持ってかれたんだよな」と、口角を釣り上げて意地の悪そうな笑みを浮かべる剛羽。
「わたしは真っ二つにされましたよ」と、同じような笑みで応える鞍馬。
何だかいい雰囲気の2人に、耀たちは置いてきぼり状態だ。
「まだ中1なのにいい腕だった……俺らのチームに来ないか?」
「待て待て! 勝手に風紀科の生徒を勧誘してもらっては困るぞ!」「もう、女の子ばっかりじゃない!!」「あたしは賛成だぜ」
「玲!?」「玲ちゃん!?」
「だろ。それに、勇美だって九十九先輩のチームの助っ人してるじゃないか」
「そ、それは……特例措置というものだ」
「大丈夫ですよ、勇美先輩。わたし、蓮先輩とは対戦したい派なので」鞍馬はどうだという顔で続ける。「次は負けませんので」
「……益々気に入った。だから余計に残念だ。あのクズもこんな気持ちだったのかもな」
剛羽はある人物を思い浮かべようとし、しかし途中で止めた。
「そうだ、剛羽……マオとアズキはどうしている? 何か迷惑を掛けていないだろうか?」
「え、フタバーズここにいるんですか、勇美先輩?」
「鞍馬、双葉姉妹のこと知ってるのか?」
「はい、元チームメイトです。わたし九十九学園の初等部から上がって来たので。後輩がお世話になってます」
と、鞍馬がぺこりと頭を下げ、その小さな身体をさらに小さくしたところで。
「《神様姉妹》、ウィン! ……あ、いさみちゃんだ!」「おねえちゃ~ん、わたしたちまたかったよ~、これでほのおの10れんしょうだよ!」
「あー!! それアタシが言おうと思ったのにー!!」「あ、よっちゃんもいる!」
「え!? ほんとだ、よっちゃ~ん!!」「おーい!!」
マオとアズキは、死体のように伏臥する誠人をその場に置き去りにし、勇美とその隣のよっちゃん――鞍馬与一のところまで駆けて行く。
「よっちゃんじゃないから。先輩を付けなさい、先輩を」
「よっちゃん先輩」「よっちゃんぱいせん!!」
「他人の話を聞けい!」
「ていうか、よっちゃんポニテじゃん!」「おうまさんだぁ!!」
「ポニテとか気合入れ過ぎい~、マジ受けるんですけどぉ」「すきなひとできたのかな~?」
「射抜くぞ、アホ姉妹!!」
「こらこら、喧嘩すんなって」「ふふ、子ども喧嘩ならこの私に任せなさい!」
「……見ての通り、元気振りまいてるぞ」と、勇美を安心させてから、剛羽は倒れ伏して身体を震わせている誠人に視線を送る。「まあ、凹まされてるやつもいるけどな」
「問題ないなら、いいんだ……」「ん?」
「――みんな~、ご飯買ってきたよ~」
とそこで、夕御飯の買い出しから帰って来た、優那と美羽が空き地に顔を出す。
「勇美も食ってけよ、せっかく来たんだからさ。日程の話があるんだろ?」
「まったく、さっきと言ってることが正反対だぞ」やれやれと勇美は苦笑する。「では、お言葉に甘えて」
話がまったく進んでない!?




