勝者の権利
「んぅ……」
意識が覚醒すると、そこは一般寮にある自室だった。カーテン越しに、茜色の夕陽が簡素な部屋を照らしている。
耀は横になったまま胸の辺りをゆっくりと擦る。斬り裂かれたような痛みに、張り裂けそうな痛みに顔をしかめた。
戦用複体で受けたダメージは、少なからず本体である生身の肉体にも返ってくるのだ。
そしてその痛みと戦用複体に変身したことによる精神的疲労が、今朝の決闘は現実だと突き付けてくる。
(もし私が勝ってたら)
「コーチ、してくれたかな……」
ぼそっとそんなことを呟いた。
自分は砕球を初めて間もない。実は、剛羽との決闘が初戦だった。
だからこそ、自身が編入する九十九学園にあの闘王学園からすごい選手がやってくると聞いた時から、名門出身のその人から色々なことを教えてもらおうと思っていたのだ。
決闘で賭け事をしたのは、剛羽に下僕という名のコーチを依頼するためである。
耀は負けた悔しさを紛らわすように枕をぎゅっと抱きしめ、次いでベッドの上をローリングしようとしたのだが「ん?」ごろんと半回転したところで何かにぶつかる。
「――お前、寝るときは静かなんだな、ふぁあ」
「きゃぁあああああ!?」
隣で寝ていた剛羽に声を掛けられ、耀はザザザッとベッドの上を尻行した。
いつからここに――いやそんなことよりも、着替えた覚えがないのに自分がネグリジェ姿であることに今更気付く。それだけではない。
(は、裸ぁあああああ!?)
加えて、少年はパンツ一丁だ。耀は一瞬で顔が真っ赤になる。
しかし、耀は両手で顔を覆いつつ、指の隙間から少年の逞しい肉体をチラ見していた。どちらかと言えば細身だが、隆起した筋肉の陰影が確かに刻まれている。
(ま、まぁあ? 人に見せびらかすだけのことは――)
「――ちょ、ちょっと、あ、あなた、なにをするつもりですか!?」
しかし、観賞タイムはほんの数秒で終わった。剛羽が耀に近付いてきたのだ。距離を取ろうにもベッドは壁際に備え付けられているため、これ以上は下がれない。
「大丈夫、すぐ終わる」
「だ、ダメです! それ以上近付いたら許しませんよ!」
「落ち着けって。気持ちよくしてやるから」
「なっ!? 妹さんが知ったら泣きますよ!」
「だからさっさと済ませるんだよ。美羽は今疲れて寝てるからな。まあ、話せば分かってくれると思うけどさ」
耀は部屋の中を移動しながら枕やら置時計やら手当たり次第に物を投げまくるが、相手の進撃を止めるには至らない。
「止まりなさい! と、と、と、止まれと言ってるのが聞こえないの!? 私の言うことが――もう止まってってばぁ!」
「勝ったのは俺だ。確か、勝った方は負けた方になんでも命令できるルールだったよな?」
「うっ……分かりました」
耀は観念したように頷く。が、肩は強張ったままだ。
剛羽はそんな耀の肩に手を置き、びくっと震えた彼女をベッドに押し倒した。
「パジャマ、勝手に出させてもらったからな。制服のまま寝かせたら皺になるし」
「っ~~~~~~もう最ッ低! 馬鹿! 阿呆! 変態!」
これでもかと罵ってみるが詮無いことだ。これから何が起こるか、想像に難くない。
「や、やるなら、は、早くしなさい。な、なんですか、もしかしてビビってるのかしら? 情けないですね、ふん」
せめて最後まで気丈に振る舞おうとするが、先程から声がどうしようもなく震える。
(れ、冷静になりなさい、耀。これはチャンスよ)
自分の身体の発育は順調だ。胸は豊かに実っているし、きゅっとくびれた腰や適度に引き締まった太腿など見られても恥かしくないスタイルを備えている。
(逆に攻めて骨抜きにしてあげる!)
「――ぅ……ぁ……いぁん」
無理だった。軽く触れられただけで、未知の感覚に身体がビクンっと痙攣する。
「お前、可愛い声出すんだな」
少年は時折耳元で囁きながら、慣れた手付きで全身を攻めてきた。これが初めての自分とは違い、多分彼には数え切れないほどの経験があるのだろう。
自分でも知らなかった敏感なところに触れられ、思わず嬌声をもらした。
身体が火照る、意識にモヤが掛かり始める。じわーっと、変な感覚に満たされる。
(そっか、お父様もお母様もこういうことしてたんだ……)
それを最後に、耀は考えることをやめた。相手に好きなようにさせる。
しかし、不思議なことに中々肝心なところに手を出してこない。
最低限の気を使って優しくしてくれていると思いたいが、そういうことではないのだろう。焦らして焦らして焦らして、乱れる自分を見るのを楽しんでいるのだ。
とはいえ、もう我慢の限界である。耀は薄く目を開き、懇願するように囁いた。
「お願、い……ぁん……早く…………いじわるしないで」
「もうちょっとだ。すぐ楽になる」
「……うん」
太腿を、次いでうつ伏せにされてから下腿三頭筋、ハムストリングス、臀部、腰を丁寧に丁寧に――
「って、これただのマッサージじゃない!?」
「そうだ……だから変な声出すなよ。なんかアレなことしてるみたいだろ」
剛羽は口元を拳で隠しながら言った後、真面目な顔で続ける。
「身体のケアも練習だからな。神動、決闘で気絶してからなにもしてないだろ」
「そ、それでわざわざマッサージしてくれたんですか? ……あなた、優しいんですね」
「いや別に……」
口籠った剛羽は、首の後ろに手を当てて視線を泳がせる。
「それより勝者の権利、使わせてもらうぜ――神動、明日から入部試験までの間、お前には俺と一緒に練習してもらう」
「え、いいの?」
一瞬きょとんとした耀は、慌ててこほんとわざとらしく咳払いしてから続ける。
「でも、なんでそんな命令するんですか?」
「アルドレイド公国、ジャスティン・アルドレイド」
「ッ!?」
突然出されたその名前に、耀は息を呑む。
剛羽はその反応を認めてから、少し驚いた表情を見せた。
「そうか、あの話、本当だったのか……ってことは、神動は」
「……そうです、私はジャスティン・アルドレイドと神動花恋の娘です。紙面には王族の隠し子とか書かれてますが」
耀は鬱陶しそうにそう言ってから「どうして気付いたんですか?」と続ける。
「神動と個人戦してるときにジャスティンさんのこと思い出してな。それと神動って名字でもしかしてって思ったんだ。要は勘だよ勘」
「そうですか……別に隠してるつもりはないですけど、臆面もなく言ってきたのはあなたが初めてですよ」
耀は呆れたように肩を竦ませてから視線を遠くに向ける。その目は酷く冷たい。
「つまり、練習に誘った理由は、私が珍しいからですか?」
対して剛羽は平然とした調子で、淡々と答えた。
「いや、聞いてみたかっただけだ。俺、ジャスティンさんのファンなんだよ。ジャスティンさんの記事は全部切り抜いてある」
「っ!? そ、そうですか、へ~」
「だから、練習誘った理由は別だ。お前がどこの誰だろうと砕球とは関係ない」
じゃあどうしてと、耀は目で訊ねてくる。
「神動、決闘したとき言ってたよな、砕球のプロになるって。だけどお前は基本からまるでなってない。ポンコツの亀女だ」
「ちょ、ちょ、ちょっ!」
「けど、ポテンシャルは高い。だから、もっと練習するんだ。俺としても入部試験まで練習相手がいなかったから丁度いい。それが誘った理由だ」
「なによそれ、めちゃくちゃじゃない…………やっぱり、あなた、優しいわ」
耀は恥ずかしさを隠すように俯いたまま小さく呟いた。
後半部分が新規書き下ろしです!
こういうキャラクターの背景ってバラすタイミングも重要だと思うんですけど……河越はタイミングを掴めていない気がします(カミングアウト)!
~砕球ポジション解説~
④球操手
戦闘民族から狙われ続ける悲運のポジション……の割に女の子が担当することが多い。これは作者の趣味では断じてなく、球を操作するのは女性の方が得意という統計が出ているから(作中設定)。
球操手ができるというのは、野球で例えるなら速い球を投げられること・軽々とホームランを打てることと同義。つまり、一種の才能である。
通称「フラッグ」「主」「獲物」「保護対象」