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砕球!! G2  作者: 河越横町
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帰還、そして遭遇


 耀と勇美の決闘翌日、部活動終了後。九十九学園砕球部寮、エントランスホールにて。


「今日までお世話になりました。ありがとうございました」


「礼を言うのはこっちだ、蓮。お前が来てからチーム内の空気が引き締まったんだからな」


 深く頭を下げた剛羽を、砕球部の副主将である山伏が労う。

 本日を以って、剛羽の一ヶ月以上にも及ぶチーム九十九への出稽古は終了したのだ。


「つーことはよ、次会うときは敵同士ってことか。借りは返すぜ、蓮ッ」


 ホールにあるベンチに座っていた木礎が、獰猛な笑みを浮かべる。

 木礎には出稽古中も幾度となく個人戦を挑まれ、その予測不能な戦闘スタイルには散々苦しめられた。代表決定戦で戦うのが楽しみである。


「あの、一つ聞いてもいいですか?」


 剛羽は暫く逡巡するような素振りを見せてから続ける。


「九十九先輩、どうして練習に来ないんですか?」


 チーム九十九に出稽古し出してから、練習中に九十九と顔を合わせたのは初日だけだ。

 それ以外、終ぞグラウンドで彼を見かけることはなかった。


「やる気ねえんだろ。でもま、大会が始まる一週間前には来んぜ」


「一週間前って……なんですか、それ?」


 剛羽は問い掛けるような視線を山伏に向ける。


「言えば出てくるだろうさ。でも、俺はそれじゃ本人のためにならないと思ってる。言われてやるようじゃ強くならない。それは努力とは言わない」


「ま、そんでも練習すりゃあそこそこにはなんだろうけどな。んでも、九十九は今でもそこそこ以上だぜッ」


 ベンチに腰掛けていた木礎は、大きく伸びをしてから寝っ転がる。


「実際、九十九たちが来てからここは毎年決勝まで進んでんだ。全国にだって出た。前じゃ考えられないことだぜ? 結果出してんだから文句なんてねえよ」


「そう、ですか……」


「蓮、お前が来るまでは砂刀や駿牙も練習には出てこなかったんだぞ」


 山伏は落ち着いた声音で、しかしどこか剛羽を慰めるようにそう言った。


「え、そうなんですか?」


「そういや、あいつら最近真面目に練習してるよな。前じゃ、駿牙はバイクいじったり《闘技場》ん中ドライブしたりしてたよな。砂刀なんて座禅組んで瞑想してんだぜ、マジ笑えるよな、ハッハッハッ」


「砂刀たちは自分から練習し始めた。蓮に負けたのが理由かもしれないな」


「後輩には負けたくねえんだろ? 砂刀は特にそうだろ、プライド高そうだしな。つーか、他所のチームの心配なんかしてる場合かよ?」


 勢いよく立ち上がった木礎は剛羽を睨む。堅気の顔じゃない。


「さっきも言ったろ、俺たちゃ敵同士だ。馴れ合いなんていらねえッ」


「チーム九十九おれたちは全国に行く。負けないぞ、蓮」


 木礎だけではない、山伏も先程までとは一変して戦士の顔になっていた。

 分かっていたことだが、剛羽は思い知らされる。この人たちに勝たなければ、全校大会の予選にすら出られないのだと。


「チーム上妃だって負けませんよ――勝負です」




 山伏たちと別れて砕球部寮を後にした剛羽は寄り道して、九十九学園の最寄駅から少し離れたところにある大型の砕球専門店を目指していた。この時間帯の駅周辺は部活帰りの学生や社会人の帰宅ラッシュで混雑するため裏道を使う。

 そして、西の空に残っている夕陽に照らされながら閑散とした住宅街を暫く歩いていると、突然、剛羽の前に大きめのゴムボールが飛び出してきた。ボールを拾い上げ、飛んできた方に視線を向ける。


 周りの家々より少し大きいその建物の外壁には「育児館」と綴られた表札が。どうやら養護施設のようだ。


「それ僕の……返して」


 言われるままに、剛羽は道路に飛び出してきた幼稚園生くらいの少年にボールを返そうとしたのだが……。


「こらあ!」


 少年を追って、中からもう一人出てくる。

 女の子だ。金茶色の髪は後ろでまとめてお団子にされており、動きやすそうな服装をしている。


「ゆうたくん、外出るときは右左ちゃんと見てからじゃないと危ないでしょ? すいません、ボール拾ってくださってありがとうございま……す!?」


「え……神動、か?」


「待って、なんで……蓮くん、どうしてここに……?」


 それはこちらの台詞だ。昨日は大会だったため、今日は耀たちを休ませるようにと優那に言い付けておいたが、まさかこんなところで耀と会うとは夢にも思わなかった。

 しかし、何でこんなところにいるんだと剛羽が逆に質問しようとしたところで、ドタドタと無数の足音が近付いてきて邪魔される。


「どうしたのひかり姉ちゃーん?」「なんか知り合いっぽい」「男の人だぁ!!」「姉ちゃんの彼氏じゃね?」「となりの人、姉ちゃんの彼氏?」「きゃあああああ、ひかりちゃんの彼氏だって!」「うわ~先越された~」「いやまだ負けてないし、おれ姉ちゃんの全裸見たことあるし」「付き合ってから何回キスしましたか?」「ひかりお姉ちゃんのどこが好きですか?」「やっぱり胸ですか? その程度ですか?」


 あっという間に、耀が一〇人近くの子どもたちに囲まれた。右に左に前に後ろにと、引っ張りだこ状態だ。


「こらあ! ぼくたち、外であんまり騒がないの。お姉ちゃんも、信子先生もいつも言ってるでしょ。それから、あのクールそうな見た目だけど実は腹黒いお兄ちゃんは、べ、別にお姉ちゃんの彼氏とかじゃないんだからね」


「嘘だ~、顔紅くなってるよ~」「姉ちゃん、砕球のプロになるんでしょ? なに油売ってるの?」「彼氏もつくってプロにもなるんだよ」「そうそう、ひかりちゃんにかかれば、彼氏なんてカタテマだよカタテマ」「マジかよ、姉ちゃん、もうそうしつかよ」「姉ちゃんはビッグな人だから、すきゃんだるくらいあってもおかしくないよ」


「ち、違うって言ってるでしょ! 悪い子はこうだぞ~」


 小学校低学年からそれより幼い子どもたちと戯れる耀。

 普段の偉そうな態度からは想像も付かない姿だ。


「蓮くん、そんなところに突っ立ってないでこっち来なさいよ。夕御飯、まだでしょ?」


「いや、俺はいい――」


「――お兄ちゃんも一緒に食べようよ~」「彼氏は彼女の言いなりって決まってるんだよ」「そうだそうだー」「男なんだからがまんしないと」「ひかりちゃん、料理上手なんだよ」「姉ちゃんの料理食べたら、ぜったいいぶくろつかまれるから」「早く行こ行こ」「そうだよ、もう腹ペコだよ~」


「いや! だから! 俺は――」


 抵抗むなしく、子どもたちの波に呑み込まれた剛羽は、施設の中へと引き摺りこまれていった。


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