対決!!
夜中の河川敷にて。
「いさみちゃん!」「おねえちゃん!」
耀の脇をすり抜けてマオとアズキが歩み寄ったのは、耀たちと同じ高等部一年の風紀委員である竜胆勇美だ。
前髪と毛先が切り揃えられたストレートの黒髪と、一般生徒のそれとは違う色のブレザーが特徴的である。
外見や言動から厳格そうな印象を受けるが、今は学校で見たときの凛とした雰囲気の中に、圧倒的な敵意を滲ませている。
勇美は恐怖に打ち震える――迫真の演技をする――双子を、次いで輝を見た後、その瞳をすっと細めて訊ねてきた。
「……貴様がやったのか?」
「そうだよ! あの人に弄ばれた!」「怖かったよぉ~」
勇美の陰に隠れた双子がびしっと輝を指差す。
対して、とんでもない言いがかりを付けられた輝は「……え?」とぽかーんと口を開いて固まってしまう。
「貴様、先日砕球部の入部試験を受けていたな。試験で上手くいかなかった腹いせか? 小学生を襲うとは……砕球をやっている者としてのプライドはないのか!?」
「そうだよ、プライドないの!?」
「……は! そうだーそうだー!」
「ちょ、お嬢ちゃんたち!? ……ふん、確かに大人げない点はあったかもしれませんが、これは正当な決闘です」
胸を張り髪をなびかせ、即座に否定する耀。
しかし、頭に血が上っている勇美の耳には届かない。
「決闘、か……だったら、今度は私が相手になろう。マオたちに手を出した代償は、その身で払ってもらうぞ」
「……なんだかものすごい勘違いをされてますね」
(でも、この娘って蓮くんと砕球やってたってんだっけ――すごい強そう!!)
「いいでしょう。その勝負、受けて立つわ」
耀は胸を張って、ぱさっと髪をなびかせながらそう宣言した
相手の承諾を得て、勇美はポケットから《IKUSA》を取り出すが、
「《闘技場》なら、利用時間過ぎてるわよ」
「なっ……そうか、もうそんな時間であったか」
勇美は悔しそうに《IKUSA》を握った手に力を込める。
「なによ、逃げるの? ふふ、師匠があんまり無様なものだから、あなたの弟子たちが泣いてるわよ?」
見れば、自分の後ろに隠れていた双葉姉妹が、目に大粒の涙を溜めている――マオたちが自分で目薬を差したのは秘密だ。
「マオ、アズキ…………分かった、やろう」
「ふふ、そうこなくっちゃ。でも、無謀にも私に勝負を挑んだこと、後悔させてあげるわ」
「抜かせ、貴様のような下種に負けるものか」
「「トランス、ダブル!」」
互いに戦用複体に変身し、それが決闘開始の合図となった。
勇美の右手が紫色の光に包まれ、その光はたちまち棒状に変化し、全長三メートルほどはあろう白色の槍を形成した。
紫型。瞬発力と武器錬成のどちらにも長じている《心力》基本四型の一つだ。
対して、耀は相手が武器を錬成する僅かな隙を突いて勢いよく踏み込んで行く。が、二、三歩進んだところで反射的に仰け反った。一瞬遅れて、耀の顎を矛先が掠める。
(伸びてきた!?)
「……ギリギリかわしたか」
相手に槍を突かせ、それをかわし、一気に懐に飛び込む算段だったが、想像以上の射程の広さと速度に驚く耀。
片や、相手が直進してきた時点で、ほぼ勝利を確信していた勇美。
決闘は、両者にとって想定外の動き出しとなった。それでも、どちらもすぐに次の行動に移る。
先に相手の予想を裏切ったのは耀だ。仰け反った姿勢を強引に立て直し一気に最高速度まで上げて突っ込む。
対する勇美は冷静に対処した。槍を素早くしごいて、猛然と迫ってくる少女に再び突き出す。誠人レベルでは視認すらできないような速度で!
しかし、得物はまたも空を裂いた。それどころか、視界から獲物が消える。勇美は即座に上を向いたが、見えるのは満天の星空。しまった、と思ったときには背後に猛烈な《心力》を感じる。
「せあっ!」と相手の裏を取った耀は、炎のように揺らめくオーラを纏った渾身の正拳を撃ち出した。フォームも相手との間合いも、出力も完璧――しかし、ぐるんと振り返った勇美に槍で受け止められる。
間一髪のタイミング。防げたのは勘のおかげ。なんとなくで構えたところに、拳がぶつかってきたというの正直な感想だ。
しかし、輝はそこで止まらない。拳や蹴りを流れるように撃ち出し、相手に反撃の隙を与えない。そして遂に、スピードに振り回され、勇美の反応が一瞬遅れた。その隙を突き、懐に潜り込む。こうなるとリーチのある武器は、文字通り無用の長物。
「これで終わり!」
耀はぶわっと紅のオーラに包まれた右正拳を撃ち出す――が、勇美の紫光した左手にはたき落とされた。そう、相手に懐に踏み込まれた時点で、勇美は瞬時の判断で槍を捨てたのだ。そして、今の攻防は両者にとって大きな意味を持つ。それは、
(嘘でしょ!? 紫型に出力で負けた!?)
赤、青、紫、緑の基本四型の中で、赤型は最も瞬発力が高い。つまり、耀は自分に有利な状況で、攻撃を防がれたのだ。相手が痛がるような素振りも見せないところから、ほぼダメージはないのだろう。
理由は単純。《心力》の練度の差だ。確かに、赤型は一瞬の出力で紫型を上回る。しかしそれは、互いの《心力》の錬度が同じだった場合の話。総心力量や心力制御に差があれば、その限りではない。
そして何より、剣を使っていない今の耀は力の半分も出せていないというのも大きな要因だろう。
負けたくない。勝ちたい。
耀は感覚を研ぎ澄まし、刹那の間にさらに力を出して次打を放とうとする――が、瞬間、胸のあたりに激痛が走る。それは剛羽と初めて決闘をした後に感じた痛みに似ていた。
生身の肉体でいえば、心臓とそれを覆う鎧臓があるところだろうか。鎧臓がぎゅーーーーーーっと心臓を握り潰すほど強く圧迫しているような感覚を、それが生み出すであろう力に蝕まれる予感を覚える。
だから、力を出すことを躊躇した。
「赤型でこの程度か。この勝負、もらった!」
耀に迷いが生まれたことで、形勢が大きく傾く。
耀の正拳を打ち払った勇美は、足裏で器用に撥ね上げた槍をくるりと回転しながら掴み取り、身体を回転させた勢いそのままに突き出した。
ヒュンヒュンヒュン、と鋭く空を切る音ともに矛先が耀に襲い掛かる。
それを輝は体を捻らせて何とかかわした。が、態勢を崩される――勇美の狙い通りに!
その隙を見逃してもらえるわけもなく、槍を捨てて踏み込んできた勇美の肘鉄砲が耀にクリーンヒットした。
耀は弾丸のような勢いで派手に吹っ飛ばされ、グラウンド脇にあるベンチに衝突、木造りのそれをぐしゃぐしゃに破壊する。
耀は打撃点を一瞬で予測し、《心力》を発動させて集中的に防御したが――それが間に合わなければ、戦用複体とはいえ首から上がなくなっていただろう。
撃たれた頚部のあたりにとんでもない激痛が走る。それでも、耀は朦朧とした意識の中で何とか立ち上がった。しかし、呼吸の一つも付かせてくれない。次の瞬間には、勇美がものすごい速度で遠ざかった。
いや、それは誤認だ。滑空しながら、輝は自分が石突きで突かれて吹っ飛ばされたのだと理解する。
人間砲弾となった輝は川の上を滑りながら、川を挟んで向こう側にあるグラウンドまで吹っ飛んでいく。
たちまち、水しぶきと土煙が舞い上がった。
そんなむせ返るような霧の中で、死んだように伏臥する耀。胸部を中心に戦用複体のあちこちにひびが入り、限界に差し掛かっている。
「これに懲りたら、二度とマオとアズキに手を出さないことだな。もしまたあの子たちに危ない思いをさせてみろ――」
いつの間にか川を渡っていた勇美が、倒れ伏した少女の顔の横に、どすんと槍の先端を突き立てながら怒気を孕んだ声音で告げる。
「――次は容赦しない」
「……次も何も」
対して、輝は痛がる素振り一つ見せずに立ち上がった。戦用複体はもちろん、それを支える心が壊れそうだ。
それでも。それでも! それでも!!
「まだ……まだ終わってない!」
悲鳴を上げる心と身体を気合で叩き直す――それはまだやれるという証。
勇美はその戦意を見て取り、後退して槍を構え直す。
(……蓮くんには使いこなせるまで剣は使うなって言われてるけど)
その指示に従って、これまでは単純な格闘で――今の耀でも安定して《心力》を出せるスタイルで戦っていたが。
このまま無難に戦っても敗北は目に見えている。それを分かった上で戦うことなど、彼女のプライドが許さない。
どれだけ劣勢でも、勝負が終わるまでは全力で、本気で、あらん限りの手を尽くして勝ちにいく! そのためには、
(できるできないなんて言ってられないわ……今、この瞬間から――使いこなす!)
イメージするのは剛羽と初めて決闘したときのこと。全てを叩き潰す圧倒的な力。身体の奥から力の奔流が盛んに溢れてくるような感覚を思い出す。
最後の一滴まで出し切り、目に映る全てを制圧する感覚を!
締め上げられるような力に身を委ね、無自覚に塞き止められていたそれを解放する!
「はぁあああああッッッ!!」
爪先から頭へと突き抜けるような痺れ。今なら出せると、そんな心地良さに耀が顎を少し上げながら恍惚な表情を浮かべたそのとき。
「――《神器帯刀》!!」
瞬間、耀の右手からドンと火柱でも上がるように、炎のような紅のオーラが溢れ出した。
呼応するように耀の髪が紅く紅く紅く染まり、押さえることができないのか、紅の燐光を周囲に撒き散らす。
右手に纏う紅のオーラが瞬時に収束すると、耀を中心に目も開けていられないほど爆風が発生し、発生源では一本の剣が爆誕した。
剛羽と戦ったときに出したそれを凌駕するほどの圧倒的存在感。
たった一本の大剣が、河川敷を、その向こう側に広がる市街地までをも支配する。
「神動……?」「なにあれ……」「わあ……」
ベンチに寝かされていた誠人はその圧力に跳ね起き、マオとアズキはただただ目の前の現象に感動していた。
「まだ、奥の手を出していなかったということか……だが――それは私も同じだ」
耀の解き放った力に釣られるように、勇美の全身から紫色のオーラが勢いよく溢れ出す。それは手にした槍に伝わり、脈動する血管のような赤色の線が白色の槍に浮き上がる。
遠くで観戦していた誠人は、背中に嫌な汗が吹き出したのを感じた。
二人とも途轍もない《心力》の使い手だ、危険だと本能が叫んでいる。
一瞬の静寂は続いて起こる嵐の前の静けさ。
次の一撃で決めると、二人の戦士が攻撃態勢に入ろうとしたそのとき。
「――勇美、それはやめとけ。神動、お前もだ」
芝の土手を上った先にあるランニングコースのところ。
暗闇の中その存在感を放つ外灯の真下に、見知った顔の少年が立っていた。
「こ、剛羽……」「…………蓮、くん?」
激突寸前だった二人の少女はそれぞれ違った反応を示す。
勇美は気まずそうに、耀はどこか艶めかしく気だるげに。
「《闘技場》の外で、しかもこんな時間にそんな技使ったら、征維義衛隊に噛み付かれるぞ」
「……すまない、私が愚かだった。許してほしい」
まずは勇美が得物を霧散させ、耀に頭を下げた。
耀も緩慢な動きで得物を消す。張り詰めていた空気が解きほぐされる。
「はい、別に構いませんよ。私のほうこそ、ごめんなさい」
そう言って、耀は腕を組んで胸を張り、恥ずかしそうにぷいっとそっぽを向いた。しかし、どこか上の空のような感じだ。視点が定まっておらず、一つ一つの所作に温度を感じない。
「勝負はお預けよ……次は、私が勝ちます」
「ああ、私も譲るつもりはない」
と、耀と勇美が何やらいい雰囲気になったところで。
「――ふぎゃっ!?」
ぼんやりしていた耀の意識が、剛羽に頭を鷲掴みにされたことで急速に覚醒した。
「お~い、神動……俺、大会の日は帰ったらすぐ寝るように、って言ったよなぁ? な~に勝手に遊んでんだよ?」
耀はそのまま持ち上げられ、足をぶらぶらさせる。
「こ、この手を離しなさい! この私を何方と心得て――ごべんなざ~い!」
「ほら、さっさと帰れ」
「違うんだ、蓮! 僕は止めたんだ!」
「達花くん、私たち友達じゃなかったの!?」
「分かった分かった……お前ら、言い訳は明日までに考えとけよ?」
「「ひぃッ!?」」
深夜の河川敷で、耀と誠人は幽霊でも見たかのように震え上がった。




