決闘
「さあ、行くわよ……ッ!」
開始早々、耀の右手に紅色の光がぶわっと点火される。
それは《心力》が発動された証。
彼女のそれは赤型と呼ばれる系統で、赤・青・紫・緑の基本四型の中で最も瞬間的な出力が高い。
(……なんだ、こいつ?)
しかし、対面する剛羽は訝しむような表情を見せた。
赤型は一瞬の爆発力に長けた系統だ。この系統の使い手は、攻撃または防御するギリギリのタイミングまで《心力》を発動させないのがセオリーである。
というのは、赤型は瞬間的な出力は他と比べて圧倒的に高いが、時間経過とともに出力が著しく低下していくからだ。耀は明らかに非効率的なことをしている。
加えて、耀の剣を練成する速度も遅い。亀の如き歩みだ。
試合が始まって既に十秒程度経過したが、まだ武器をつくれていない。遅くとも一秒で創り終えなければ。
「よし、もうちょっとで――きゃあっ……っう、いきなりなにするんですか!?」
剛羽は悪役の美学を真っ向から否定した。
「なにって、もう始まってるだろ?」
剛羽はいつの間にか錬成していた小刀で肩をぽんぽん叩きながら、肩のあたりを押さえながら喚く耀に、当然と言わんばかりの表情で答える。
「今日は個人練習する予定があるんだ――巻いてくぞ、亀女」「か、亀女!?」
剛羽はさらにもう一本小刀を錬成し、武器の練成に励む耀をなぶる。案山子同然の少女は格好の的だ。
剛羽は烈火の如き勢いで斬撃を繰り出し削る。
胸を、肩を、腕を、腹を、脇腹を、太腿を切り刻む!
「っ~~~~~~、なんてひどいことを!? もう、あったまきたんですから! 今から本気で――」
と、喚く耀の懐に潜り込み、小刀を握った拳で殴り抜いた。
「きゃふん」「なんか言ったか?」
戦場は平等だ。
「おいおい、拍子抜けもいいところだぜ。これじゃ虐めてるみたいだろ」
「……負けない」
おや、と剛羽は相手を窺うような視線を送る。心なしか、彼女の存在感が増したような――そう、小さな火が点ったような感じだ。
(なにか……あるのか?)
剛羽はぐっと腰を落とし、爆発するように駆け出す。
(だとしても――これで終わりだ!)
そして旋回しながら振り抜いた双刀は耀の首元に迫り、
「私はプロになるんだから!」
根元から圧し折れた。
折れた刃は《闘技場》の壁にドスッと突き刺さり、剛羽はその破片を呆然と見る。
そして次の瞬間、そう一瞬の出来事だった。何がトリガーになったのかは分からない。
隕石でも落下したかのような衝撃が戦場を揺るがし、耀の手元と背中から噴火でもするかのように莫大なエネルギーが放射された。
真っ赤に燃え盛る《心力》は、その手に全長二メートルを超える無骨さと優美さが共存した黒剣を、その背中に差し渡し十メートルを優に超える紅の翼を授けた――それだけではない。
彼女の金茶の髪までもが深紅に染められ、火の粉のような粒子が迸っている。
(髪の色が……!? 超活性だとッ……!?)
超活性。己のリミッターを外して身体の奥底に眠る《心力》を解放したときに、髪の変色など身体に変化が起きる現象を意味する言葉だ。あの闘王学園でも超活性を使える選手は少ない。
(いやそれよりも、俺はこの圧倒的な力を観たことがある……!!)
脳裏を過ったのは、小さい頃に観た――砕球を始めるきっかけになった砕球世界大会(WBC)で観た光景だ。
「神動耀……ん、神動!? まさか、お前は――」
少女の正体について問い質そうとするものの、少女の喜悦を滲ませた声に遮られる。
「――なんだかすごく気分がいいわ……はぁはぁ……ふふ、叩き潰してあげる!」
グンと両翼が力強くはためいて耀を加速させ、後退する剛羽との距離を一瞬で掻き消した。そして上段から振り下ろされる小細工なしの一撃。剛羽は迷わず後ろに跳ぶ。
瞬間、剣先が叩きつけられた地点を中心に爆風が、戦場を揺るがす震動が発生した。
直撃は避けたものの、剛羽はその余波で吹っ飛ばされ、フィールドの壁に弾丸のような速度で全身を叩き付けられる。
(ぐっ……あり得、ない)
目も開けていられないほど吹き荒れる嵐。ぐわんぐわんと上下左右に揺さぶられる乾燥した大地。二つの自然災害が戦場を支配する。
煙と揺れが収まると、剛羽がつい先程まで立っていた場所を中心に四方八方にひび割れ、地面が隆起していた。二人の両脇にあった酒場は、跡形もなく吹っ飛ばされている。
よって、元々障害物の少ないフィールドには、もう隠れる場所はない!
「そうそう、一つ言い忘れていました。この勝負――勝った方が負けた方になんでも命令できるというルールですからね」
「……はっ!?」
「ふふ、今更試合放棄なんてしないでくださいね?」
(つーか、勝てそうになってから後出しルールかよ……!?)
ぶち転がすぞこの尼! と叫びたくなったが、息つく暇もなく、耀は二撃目を振り下ろしてきた。
壁際で蹲っていた剛羽は回避しようするが、相手の剣速が勝り左腕を肩のあたりから切断される。そして断面から黄色の粒子が漏れ出した。
その正体は戦用複体を構成する《心力》の原形――《心素》だ。これを錬ることで《心力》となり、錬る段階で黄色から各色に変化する。
また《心素》が戦用複体を構成していて、一定量以上漏出すると戦用複体を維持できなくなり戦死判定が下される。
剛羽は何とか距離を取ろうとするが、最初のダメージが抜けていないのか思ったように身体が動かない。
そして、無様に逃げようとする獲物に向かって大剣が剛閃される。リーチもあり剣速も凄まじい大剣の有効距離から逃げ切れない!?
「――マスター、援護します」
やられたと思ったそのとき、剛羽の目の前に、亀をデフォルメしたようなソフトボールを一回り大きくした物体が現れた。
亀球。砕球の試合で使用される全球種の中で、最も硬く壊され難い球だ。
サーヤが発射するように操作した亀球五個が合体して一つの大きな甲羅盾となり、一個だけでは絶対に防げない剣撃を見事受け止めた!
合わせ球。球と球を混ぜ合わせて球の質を向上させる、球操手の技能の一つである。
鈍間な亀球を救援に間に合わせる読みの早さ、それに加えて味方を守るだけでなく、咄嗟の機転でしかも迅速に球を合成し、球すら壊させなかった完璧なプレイ。
流石はプロモードだけのことはある。
「サーヤ、助かったぜ」
「厳密には命令違反ですが」
「さ……さっき言ったことは取り消しだ」
とはいえ、いくら球操手が優秀でも護衛する守手がヘボでは話にならない。
剛羽はふうと一つ息を吐いて気を引き締め直す。
(……こいつは強い)
「はぁ、はぁ……どう、驚いたかしら?」
髪をパサッと払いながら、自信満々な顔を見せてくる耀。
赤型であれだけの威力の大剣と翼を維持するには莫大な量の《心力》が必要だ。もう一分近く大剣を出したままにしているが、彼女の総《心力》量は一体どれほどあるのだろうか。少なく見積もってもプロ選手級だ。
「これで楽にしてあげる!」
耀が大剣をその場で何度も振り抜くと、巨大な鳥を模した紅の斬撃が無数に発射され、その全てが剛羽に襲い掛かる。
「マスター、防御不可能です!!」
プロモードを持ってしても防ぎ切れない暴君の斬撃。
仮に剛羽が身を挺してサーヤを守ったとしても、二人とも一瞬で消されてしまう。
剛羽には耀の遠距離斬撃を凌ぐ手札がない。四方八方から勢いよく迫る攻撃網に死角はないのだ。
そして飛翔してきた紅鳥がドドドドドーンと着弾した刹那、
「――ぁ……」
耀の胸元に十字の斬撃が深々と刻まれた!?
そして彼女の背後にいつの間にか移動していた剛羽は、スライディングでもするようにザザザザザーッと片足でブレーキを掛ける。
悲鳴すら上げられずにドサッと仰向けに倒れる耀。
勝ちを確信した瞬間、何故自分が凄絶なカウンターを受けたのか、彼女には知る由もなかった。
「お前のこと舐めてたみたいだな……」
倒れた少女の近くで、剛羽はぽつりと呟く。その手にはいつの間にか錬成していた小刀が一本握られていた。
「そん、な……なん……で?」
意識がぼやけ始める中、耀は絞り出すように問い掛ける。
対して、剛羽はもう片方の手で抱いていたサーヤを下ろし、その右目の瞳孔を十字に開いたまま答える……!?
「《速度合成》、時間を操る《個心技》だ」
~砕球ポジション解説~
③守手
球操手あるじに降り掛かる火の粉を払う執事職。
相手チームの球砕手エースと戦う対エースポジションだが、まず味方球操手を探さなければならない・球操手の世話をしなければならない・相手が来るのを待たなければならない等の制約があることから、球砕手よりも我慢が必要である。そのためか戦闘民族からの人気はそれほど高くない。
通称「ガード」「傍付き」「執事・メイド」「忠犬」