二つの光
チーム九十九に出稽古に出始めてから二週間。
チーム練習を終えて一般寮に向かう途中、見知った顔を見つけた剛羽は後ろから声を掛ける。
「おっす、達花」
「なっ、蓮!? どうしてこんなところに!?」
虚を衝かれたように慌てる誠人。
無理もない。二人がいる場所は学園から駅に続く道ではなく、河の傍にあるランニングコースなのだから。
「学校から寮まで三〇キロだったか? 達花、毎日往復してるんだろ」
「そうだ。まあ、蓮たちからすれば高が三〇キロだろ?」
「なに言ってるんだ、練習終わった後の三〇キロだぞ? 普通は疲れてやらない。もっと自信持てよ」
「な、何だかキミに褒められると変な感じがするな」
「俺は普通に褒めるぞ?」
「今の台詞、神動のやつに是非聞かせてやりたいよ……それで、今日は蓮も走って帰るのか? キミは朝に走る派だろ?」
「……ちょっとな。たまには走って帰ろうと思って」
「ぐぬぬ……僕の計算ではあと一〇年で蓮に追い付けるはずだったのに。蓮が帰りも走ることを計算に入れると……」
「そう言えば、今日で出稽古終わりだよな。壇ノ浦先輩のチーム、どんな感じだったんだ?」
何やらぶつぶつ言い出した誠人に、剛羽はそう訊ねる。
誠人はチーム上妃に仮入団してから間もなく、九十九学園内序列三位のチーム壇ノ浦に出稽古に出ていたのだ。
「体力トレーニングの比重が多いな……本当にこれで良かったのか?」
「ああ、完璧だ」
砕球は《心力》を使った派手なスポーツだ。が、それを支えているのは走り込みなどで培われる体力である。他のスポーツと同様に、地道な基礎練習は欠かせない。戦用復体に変身すれば突然スーパーマンになれるわけではないのだ。
そして今の誠人に一番必要なのは、フィジカル強化。まずは体力レベルを砕球選手の平均まで引き上げる。
「達花、前よりいい身体になってるぜ」
「そ、そうかな?」
「一ヶ月でここまでになったんだ。続ければもっとよくなるぞ」
「……でも、《心力》の方は全然ダメだ。基礎トレーニングにすら参加できなかった」
「優那先輩から聞いてるよ。それについては対策考えてあるから心配するな」
「え、本当か!?」
「マジだ……補助武器庫って、聞いたことあるだろ?」
その用語に目を丸くした誠人に、剛羽はにっと笑って見せた。
そしてそのまま走ること一時間ちょっと。
剛羽は一般寮のある山が見えるところまで来ていた。隣に誠人はいない。ペースに付いて来られなかったのだ。
河の傍にあるランニングコースを外れて寮の麓にある市街地へ向かおうとした剛羽は、そこで足を止める。土手を下りた先、河川敷に耀の姿を見つけたからだ。足を開いて立ち、ゆったりとした姿勢で《心力》の基礎トレーニングに励んでいる。
「……ん? 蓮くんじゃない、お帰りなさい」
「こんな時間まで練習か?」
「そうよ。私はプロになるんだから、じっとなんかしてられないわ」
ふふんと鼻を鳴らす耀。
自分が出稽古に出た後も順調に練習できているようだと、剛羽は思った。
「――そう言えば、今日からサーヤと実践練習だよな。どうだった?」
耀の練習が終わった後、一般寮に続く山道を歩きながら、最近の練習について話し合う。それから今後の練習方針について説明し、一段落したところで、
「――それで、あなたの方はどうだったのよ?」
耀はそう切り出した。灯りのない山中では、彼女の金茶色の髪がよく映える。
「順調だ。問題ない」
淡々と答える剛羽。その表情からは何も窺うことはできない。
「ふ~ん、ならいいけど」
一方耀はケンケンパと、急に子どもの遊びをし始めた。
そして少し先に進んでから振り返り、髪をなびかせ胸を張りながらこう続ける。
「もしなにかあったら、この私を頼りなさい、いい? あなたもチーム上妃の一員なんだから」
「一応言っておくけど、神動、まだ仮入団だぞ」
「い、言われなくても分かってます!! あと一ヶ月後には正式に入団してるわよ」
「だったら、もっと練習しないとな」
「もちろんよ。だから、あなたも一緒に頑張りましょうね。私としても超える壁は高い方がいいわ」
挑発的な笑みを浮かべた剛羽に、耀は自信満々な表情で答え、
「それに相手が弱いと張り合いがないですし、ふふ」
「他人を踏み台呼ばわりするな…………これからも頑張るつもりだ」
耀は満足げに頷くと、軽快な足取りで山道を上っていく。
「急ぎましょう、夕飯に遅れるわ」
「今日の当番、誰だ?」
「えっと、今日は……玲ちゃんね」
「うえ……外食してきていいか?」
「ダメに決まってるでしょ。失礼なこと言わないの」
そう言って、二人は暗闇の中明るく輝く一般寮へと歩き出した。




