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砕球!! G2  作者: 河越横町
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再スタート


 決闘を挑んできた耀を瞬殺した後、剛羽は美羽と別れて寮の自室に戻っていた。

 今日は春にしては温度が高い。涼しくなるまで窓を開けておこうと、窓際に近付いたところで。寮の裏手にある垂直に切り立った崖のところに、同じ寮に住んでいる誠人の姿を捉えた。制服ではなくTシャツ・短パンというラフな格好だ。


(あいつ、あんなところでなにしてんだ……?)


 一歩踏み間違えば転落していきそうなポジション。


「…………」


 落ち込んだ小さな背中は、眼鏡な少年の心情を的確に表しているようであった。


(……まさか、あいつッ!?)


「三倍加速(クレスト=トリプル)!」


 自室の窓から勢いよく飛び出した剛羽は個心技を使って加速し、クラスメイトのもとに急行する。


「達花、早まるな! 四倍減速(クレスト=スクウェア)!」


 そして、振り向いた誠人の動きを減速させ、身を投げることを阻止した……のだが。


「――なるほど、僕がここからダイブすると思ったのか」


「……マジですまん。悪気はなかったんだ」


「だろうな。蓮はそういうやつじゃない」


 誠人は崖のところまで行って、どかっと腰を下ろした。

 剛羽もその後を追い、「綺麗だな」と夕陽に染まった町々を見下ろしながら呟く。


「いい眺めだろ……好きなんだ、ここ」


「……ああ、いいとこだ」


 そう言って、剛羽も落ち込んでいる誠人の隣に腰を下ろした。「飲むか?」と言って、麓で買ってきた缶ジュースを渡す。

 それから少しの間を置いて、誠人が口を開いた。


「僕さ、すごい小さいとき、征維義衛隊の人に憧れてたんだ。すごい《心力》を持ってて、個心技も派手で、かっこよぐで……っ、あんなぶうになりだいど思っでだ」


 剛羽は黙ったまま聞く。誠人の顔は見ずに聞く。


「……それでその人のこと調べてみたら、その人、昔砕球やってたらしいんだ。砕球のプロにもなって、プロを引退してから征維義衛隊に入ったんだってさ。だから僕も、その人みたいになりたくて……砕球を始めたんだ」

 

 誠人の缶ジュースを握る手に、ぽたぽたと滴が落ちる。


「頑張ってれば強くなれると思って、それで自分なりに一生懸命練習して……」


「…………」


「蓮、正直に答えてくれ……僕には《心力》の、砕球の才能ないのかな?」


 声が震えていた。きっと、誠人は闘王学園という名門から来た自分にだからこそ、そんなことを聞いてきたのだろう。


「ああ、ないだろうな」


 だから、正直過ぎるくらいにそう答えた。

 誠人はぎゅっと唇を噛み、声にならない音を洩らす。

 それを横目に見た剛羽も、胸にじんときた。実力が及ばずに闘王学園を去って行った仲間たちのことがフラッシュバックする。頭にこべりついて離れない苦い思い出だ。


「でも、才能なんて勝ち負けの前じゃ無力だ」


 剛羽は力強く続ける。悟られないようにはしているが、胸の中で熱い気持ちが込み上げてきた。そして、そのとき何故か、つい先程見た耀の姿が思い出される。


「天才とか言われてた俺が言うんだから間違いない。努力に勝るものなんてないぜ」


 ああそうか、あの金茶髪の少女が脳裏に浮かんだのは、入部試験の結果にへこたれずに前に進もうとしていた彼女のように、隣にいる眼鏡な少年にもあきらめて欲しくないと思ったからだろう。

 闘王学園から落伍したチームメイトたちに対しても、そう思ったように。


「でも蓮はレアな個心技を……。僕は《最弱》って二つ名もちだ。普通、ランクの低いやつに二つ名なんてないのに……それくらい酷いってことなんだ」


 誠人は口を噤んでしまう。言いたいことは何となく察することができた。

 剛羽は短く溜息を付いて立ち上がる。その手には小さな石ころが握られていた。


「蓮……?」


 そして首を傾げている誠人から距離を取り、タッタッタッと助走を取ったかと思うと、


「ま、蓮、何をしているんだぁあああああ!?」


 手にした石ころを、近くを飛行していた小鳥に向かってぶん投げた。

 全力投球された石ころは精密機械のように小鳥の胸元に吸い込まれていき、しかし直撃する直前で急停止するように減速。小鳥が通り過ぎた虚空へと消える。


「まし、ろ……?」


「俺、この能力が発現したときはぶっちゃけ全然上手く使えなかったんだ。《速度合成》は空間認識能力ってやつが重要だからな。こうやって動く的に石ころ投げたり……は、流石にやめさせられたけど、野球のフライ捕る練習したり、八一分割の投球練習したり、あとバスケのフリースローとかもやったな…………二年くらい」


「蓮が二年も!?」


「それだけやってようやく《速度合成》を当てられるようになったな。でも、二年じゃ済まなかった」


「そう、なのか?」


「ああ、その後の方が俺にとっては重要だったな……自分で言うのもなんだけど、小学生だったときの俺はこの個心技だけで一位取ったんだ」


「小四のときか」


「まあ、一位だったのは半年くらいだけどな。半年後には、Sランクの選手たちに俺の個心技は攻略されて順位はどんどん落ちたよ」


 それが剛羽の盛衰の歴史。

 少年はその事実をありのままに淡々と告げる。


「それは個心技を攻略したやつらを褒めるべきじゃないか?」


「ああ、先輩たちすげえって思ったよ。かなり研究したみたいだ。でも、負けたのは俺にも原因がある。来たら止める、来ないなら迎えに行く――それだけやれば勝てるって、小四の頃の俺は本気で思ってたんだ。ほんと馬鹿だったよ。才能だけでやってた。それから今日まで練習、練習、また練習だ」


 誠人の心底驚いた表情を見て、剛羽はそっぽを向く。励ますためとはいえ語り過ぎた。


「……この話、ダサいから言いたくなかったんだよ」


「いや、ダサいっていうか……蓮、意外と泥臭いやつなんだな」


「強い奴はみんなそうだろ。まあ、とにかく、あれだ。強い個心技持ってたって、使いこなせなきゃ宝の持ち腐れだ。で、使いこなすには練習しなきゃなんない、たくさん考えなきゃならない。だから努力は大切なんだ」

 

 それから剛羽は急に意地の悪そうな顔を浮かべて続ける。


「自惚れてるやつを完封するとか、最っ高にスカッとするだろ?」


「キミってやつは……今の発言で台無しだよ」


 誠人は呆れた表情を見せる。が、その顔には明るさが戻っていた。

 そんな眼鏡な少年に剛羽は真面目なトーンで言葉を掛ける。


「その服装、試験終わってから今まで練習してたんだろ?」


 多分、誠人は自分がどうしたいのか知っていると、剛羽は思う。

 揺らいでいるだけで、見失ってはないのだ。


「練習してるってことは、これからも続けるつもりだと思ってたけど……達花、お前はどうしたいんだ?」


 才能がないと分かった上で続けるか。それとも、他の道を選ぶか。

 思うところはあるが、残念ながら前者だけが正解というわけではない。

 こればっかりは本人が決めなければ、納得しなければダメだ。

 だから、剛羽は色んなことを分かってしまっている眼前の少年に、その覚悟を問う。


「僕、は……」


 喉の奥がすごく熱くて痛い。剛羽に聞かずとも自分に才能がないことくらい、誠人にだって分かっていた。でも、それでも。


「僕ば砕球をやりだい!」


 誠人は紅く染まった空に向けて、声を張り上げてそう宣言する。


「明日、一緒に練習しようぜ」


 そう言って、剛羽はぽんと誠人の背中を叩いた。


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