神動耀(しんどう ひかり)
《心力》。
科学すら超越する生命の力、超常エネルギー。
その力を一握りの天才たちしか持ち合わせていなかったのは、いつのことだろう。
現在、全人類の八割以上が個人差はあれど《心力》を扱えるようになっていた。
漫画に出てくるキャラクターたちのように派手なことができるようになれば、それを使って何か楽しいことをしたいと思うのは自然なことだ。そう、つまり――
人類の能力が変わればスポーツも変わる!
『来たぁあああああ! 世界大会決勝戦を戦う四チーム総勢二十人の戦士たちが、待ち侘びた観客たちの惜しみない拍手を浴びながら登場だ! ゴリゴリに隆起した野郎の筋肉! 適度に引き締まった品のある乙女の肢体! 眼福なコントラストが織りなす至高のアンサンブルだ! しかし、ここは強者の集う戦場! 響き合うのは奇声と剣戟! それを民度の低いお前らの怒号と罵声、そしてほんの僅かな良心ちゃんこと悲鳴と喝采が閉じ込める!』
砕球。
ともすれば人を殺め兼ねない《心力》を存分に発揮できる、新世代の球技にして史上最強のスポーツ。
『さあ、そろそろ時間だ! 遠慮はいらねえ! 誰が一番つえぇか決めようぜ!』
「さあ、目にもの見せてくれ! やつらを叩き潰すんだ! 行くぞぉ!」
「自覚しろ! 誇りをもて! トロフィー取んのは俺たちだ!」
「蛮族が喧しいですわね。ちょっと黙らせましょうか。豚に真珠。相応しいのは彼らではなく私たちです。勝ちますわよ、必ず。いざ出陣!」
「皆さん、血相変えちゃって。恐い恐い。それじゃお客さん、ちびって逃げちゃうよ……砕球ってのは魅せるもんでしょうに。ってことだから、みんな、楽しんで天辺登ろうぜ」
《心力》を使った派手なアクションや、血は沸き肉躍る戦士たちの熱き戦いは、民衆の心をがっしりと掴み、ここ日本でも一躍人気スポーツへと昇進した。
二十一世紀を迎えた今、その人気は他の追随を許さない。
そんな砕球の強豪校の一つである九十九学園に、一人の編入生――蓮剛羽がやってきた。
四月、同校の管理する一般寮にて。
「……ヨーロッパって感じだな」「わあぁ、きれ~」
剛羽と三つ下の妹である蓮美羽の二人は、思わず感嘆の声を上げた。
染み一つない赤い絨毯。屋内を明るく照らすシャングリラ。空間を彩る高級そうな調度品の数々。
苔や蔓が繁茂した悲惨な外観とは裏腹に、一歩踏み込めばそこは海の向こうの世界にある建物だ。そして、
「ようこそ、九十九学園一般寮へ」
正面階段の踊り場にいる少女から、そんな言葉で迎えられる。
「ビューチフォー……」
うっとりと溜息を付く美羽の言うとおり、まるで絵に描いたような美人だ。
九十九学園の制服を着た少女は、腰まで伸びる癖の無い金茶の髪を揺らしながら階段を降りて来て、その新雪の如き白い手をすっと自分の胸に添える。
「私は神動耀、高校一年生です」
剛羽と同い年だというのに、その自信に満ち溢れた声や堂々とした立ち姿など一つ一つの仕草から、精錬された気品のようなものが窺えた。そして、
「早速ですが、蓮剛羽くん、あなたに決闘を申し込みます」
耀はその手で髪をパサッとなびかせた後、腕を組んで胸を張りそう宣言する。
「なんで俺の名前を?」
「ここの寮長さんから聞きました。それで、決闘の申請、受諾してもらえますか?」
「お兄ちゃんの試合観られるの……!?」
隣の美羽が目を輝かせながら見上げてきた。子どもらしくて可愛い笑顔である。
(そう言えば、美羽が俺の試合、生で観るの初めてだったな……)
身体が弱かった美羽は、兄が砕球留学先から帰ってくるまで入院生活を送っていたのだ。
今日は誰かと個人戦をやる予定はなかったが、やっと普通の生活を送れるようになった愛妹にかっこいいところを見せたいと、そう思った。
瞬間、自然とスイッチが切り替わり、戦闘モードに移行する。
「準備はできてる。今すぐやろうぜ」
一方で、眼前の少年の存在感に当てられたのか、耀はぶるっと身震いし――ふふっと微笑んだ。
「流石と言ったところですね。知ってますよ、あなた、闘王学園から来たのでしょう。その実力、私に見せて頂戴」
手で髪をパサッとなびかせながら耀。
出会って間もないというのに、もう見慣れてしまったその仕草が鼻に付く。
「前の学校のことまで知ってるのか」
「べ、別にあなたに興味があるわけじゃないですからね。か、勘違いしないでください」
「あっそ」
闘王学園。日本国内における学生砕球の権威。
小学校から大学までの一貫校で、各部の大会で毎年優勝候補の筆頭に挙げられており、ここ十年はどの世代でも決勝進出を逃した年はない。
「でも、あなたは……ふふ、如何にも落ち武者って感じね」「あわわわわ~」
値踏みするように剛羽に視線を送ってから、耀は見下すように笑った。
「…………」
(うっざ。何だこの女)
冷笑する少女に対して内心で毒突く。が、顔に出ていたのだろう。
「なにかしら、言いたいことがあるならはっきり言ってごらんなさい?」
「別に」
剛羽はそう切り返し、険悪な雰囲気におどおどしていた妹の頭にぽんと手を置く。
「安心しろ。お兄ちゃんたち、別に喧嘩してるわけじゃないからな」
「う、うん……お兄ちゃん、頑張って」
心配そうな妹の頭を撫でてやってから、剛羽は手のひらサイズの携帯端末を取り出す。
《IKUSA》。日本砕球連盟が全国の学生砕球選手に所持を義務付けた携帯端末。
個人戦などの試合を行うとき連盟の担当科に要請を出すと、遠隔操作で空間拡張フィールド《闘技場》を展開してもらえる機能がある他、対戦成績や個人ランキングなどの管理、大会やイベントなど砕球に関する情報が提供される。
「で、お前――」
「あら、お前だなんて失礼ね。私には神動耀って名前があります。耀って呼んでください、いい?」
無理。
「神動、ポジションは? 俺はガードだ」
「えっと、球壊す人です……っ! 球砕手!」
虚空を何回もチョップする耀。
見た目に反して子どもじみた仕草に、剛羽が思わずふっと笑うと。
「な、なにか問題ありますか……!!」
言外に笑うなと、耀は頬を赤らめながら言ってきた。
出会って早々地底深くに沈んでいた彼女に対する好感度が、少し芽を出してようやっと陽の光を浴びる。
「じゃあ、神動が攻めで俺が受けだな。ルールはどうする?」
「私が球を五個全部割ったら勝ちにしましょう」
「……は?」
ごく自然に提案してきた耀に対して、剛羽はその目をすっと細めて続ける。
「そのルール、俺のこと舐め過ぎじゃないか? 神動、そんなに強いのかよ?」
球砕手と守手が個人戦で戦うときは、一般的に球をどれだけ壊せるか――守れるかで勝敗が決まる。
公式試合と同じで球は五個用いるが、五個全部割られなければ勝ちというルールは、守手である剛羽にとって――剛羽じゃなくても――大き過ぎるアドバンテージだ。
余程の実力差がなければ成立しない。
剛羽にとっても、こんな破格の条件は、闘王学園の先輩――現ナンバーワン球砕手と個人戦をやらせてもらったとき以来である。
「ふふ、あなたはこの私と戦うんですよ? いいハンデだと思いますけど」
「……球操手の、人形のレベルはどうする?」
球操手。球を操って相手に壊させないようにするのが仕事で、今回の場合は市販の訓練用人形という《心力》でつくられた非人間に担当してもらう。
「訓練用人形のレベルは、上から順にプロ、ハード――」
「プロで――いいですよ?」
「…………」
「気に病む必要はありません。それくらいのハンデを上げて当然ですから」
耀は胸の前で腕を組みながら自信満々にそう言って、
「こ、個人戦、個人戦……あ、あったわ! それでルールは……これね!」
たどたどしく《IKUSA》を操作して個人戦の申請をする。
【神動耀:一五歳、女。個人ランキング、圏外。選手ランク、評価不能】
(圏外って、怪我でもしてたのか……?)
剛羽は自身の端末に送られてきた相手の情報を不思議がった。
期間内に一試合でもこなしていれば、ランキングの対象になるのだが……。
まあ対戦前に余計な詮索をするのはマナー違反だろうと、剛羽は申請を承諾する。
【蓮剛羽:一五歳、男。個人ランキング、二一一位。選手ランク、S】
両者の合意を確認。《IKUSA》からの《闘技場》展開要請座標を特定。当該座標を決闘禁止区域外と確認。
『フィールド展開、フィールド展開、ご注意ください』
間もなく、二人の戦士が突如現れた半球状のスケルトンブルーの壁に包まれる。
『両選手、戦用複体に変身してください』
「トランス、ダブル!」「ダブル」
機械音声に促され、剛羽たちがそう叫ぶ。すると、二人の身体が光の繭に包まれた。光が四散して中から出てきたのは、戦用複体と呼ばれるもう一つの身体に入れ替わった。
戦用複体。進化した人間が生来的に備えていると言われる、もう一つの身体。
外見と運動能力は、変身前と変身後で変わらない。が、戦用複体に変身することで首を斬り飛ばされようが胸部を貫かれようが身体を二つにされようが、本体である肉体が絶命することはないのだ。
ただし、感覚は共有されているため、変身を解除して肉体に戻ったとき「~されたような痛み」を覚える。とはいえ、あまりの痛みに絶命するということはない。
両者が変身し終えたことが確認されると、剛羽と耀の立っていた無機質な空間が西部劇に出てきそうな乾燥地帯に変化した。
今回はガンマン同士の決闘をモチーフにしたフィールドのようだ。
剛羽たちのいる《闘技場》内は半径五十メートル程度の広さだが、これは《闘技場》がつくり出した異空間なので、実際には半径五メートル程度の広さしか使っていない。
外から覗いている風歌からすれば、剛羽たちが急に小さくなったように錯覚してしまう。
また、安全対策の一つとして戦用複体に変身していないと《闘技場》に入場できず、戦用複体が壊されると場外に転送される仕組みだ。
「じゃあ、人形出すぞ」
剛羽は手にしたキューブをサイコロを振るように地面に転がした。すると、キューブが発光し、ぐにゃんぐにゃんとうねりながらその形を変えていく。
訓練用人形。《心力》による錬成物の固定化成功例の一つで、人のように考え感じる人工生命体。
間もなく、キューブの展開が終了し、女性型の訓練用人形が誕生した。
長い青髪はツインテールにされており、その可愛らしい相貌の真ん中にはくりっとした宝石のような青色の瞳がはめ込まれている。
服装は長袖とフリル付きのスカート、純白のエプロン。頭にはブリムがちょこんと乗っている。戦場にそぐわない華美な見た目だ。
「……随分可愛らしいお人形さんですね」
胸を張り腕を組んでいる耀は、まるでゴミでも見るかのような目を剛羽に向けた。
「言っとくけど、断じて俺の趣味じゃないからな。もらいもんだ」
自分にこれを譲ってくれた友人の話では、訓練用人形の大手メーカーと人気砕球漫画がコラボして造られたものだとか。この人形の素晴らしさについて嬉々としてプレゼンテーションする戦友の顔を思い出す。
「あ、あなた、この人形となんの訓練をするつもりですか!?」
「待て待て、まだなにか勘違い――」
「――お初にお目にかかります。わたくしは、muso社開発、訓練用人形のサーヤと申します」
とそこで、サーヤと名乗った訓練用人形はスカートの裾をちょこんと摘み上げ、恭しくお辞儀した。その見た目とは裏腹に礼儀正しい。
「あなたの趣味は良く分かりました。くれぐれもサーヤさんと間違いの無いように」
「ふざけんな、さっさと始めるぞ」
準備ができたところで、両者の間に青色で10の文字が浮かび、9、8とカウントを減らしていく。
そして3、2、1となったところで「Break Out!!」という文字が試合開始のゴングを鳴らした。
「マスター、指示を」
球操手を務めるサーヤがきりっとした眼差しでそう訊ねてくる。
本来であれば試合が始まる前に指示を出しておくものだが、
「サポートはいらない」
剛羽はサーヤに特別何かしてもらうつもりはなかった。
球を全部破壊したら勝ち。訓練用人形のレベルは最高位のプロモードでいい。
どこの誰だかは知らないが、彼女は砕球日本一のあの闘王学園から来た自分に喧嘩を売っているのだ。受けた屈辱は必ず返す。
「あの自惚れたお姫様は、俺がやっつける」
剛羽はそれだけ言って駆け出した。
キャラクター紹介
神動耀
性別:女
年齢:15歳(高校1年生)
誕生日:8月8日
身長:160cm
ポジション:球砕手ブレイクフィールダー*球壊す人
好きなもの:家族、子供、甘いもの全般
作者コメント:個人的にかなり書きやすいツンデレお姫様。イラストがあるわけではないが髪の色とか目の色はどうしようと迷いました。「神動耀」という名前は作者過去作でかなりの頻度で使われてます。男キャラネームで笑
~砕球ポジション解説~
②動手モバイル・フィールダー
あるときは球を壊し、あるときは守備に追われ、またあるときはターゲットを自分の方が嫌になるくらいスト―キング・妨害し、またあるときは相手チームの同業者と血で血を洗う主導権争いを繰り広げる「辛い」「鬱い」「……誰か助けて」の三拍子揃った戦場の中間管理職。
通称「モバイラー」「便利屋」「奴隷戦士」「社畜」「戦士の中の戦士」「モバさん」
仕事の多さはハードワークと気合でカバーするなどやりがいはありそうだが、オペレーターまたは試合時主将ゲームキャプテンに顎で使われる宿命を背負っている。
剛羽は「モバさん」と呼んでいるが、それは不幸な星のもとに生まれてもなお任務を遂行しようとする彼らに対する尊敬の念。
そんな一部の理解者たちのために、動手たちは今日も働く! ……このポジション、解説長いな笑