見ろ
向かい合った剛羽と山伏。先手を取ったのは、
「……行くぞ」
石畳を蹴り砕く勢いで駆け出した山伏だ。その巨体に似合わぬ俊敏な動きで彼我の間合いを詰め、剛羽に正拳を繰り出し続ける。
拳突き。それがダメなら足刀。
その一撃一撃は重く、撃つ度に大気を巻き込むほどの迫力だ。
しかし、それも当たらなければ意味がない。
剛羽は向かってくる拳を、足を、ひょいひょいとかわしてみせた。
レヴィアタンに撥ねられ、漆治との戦いでかなり消耗させられたが、荒晚の転身系の選手たちとの戦闘で染み付いた感覚が、剛羽を助けてくれる。
最小限の動きで、次打を予測しながら回避し、山伏が大振りになったところで斬撃をお見舞いする。
山伏の身体に刻まれていく斬痕からぷしゅーと《心素》が湯気のように漏れ出す。
この調子ならあと一分も要らないと、剛羽が遥か先の城館を意識したそのとき。
『ここで達花選手を追っていた山伏選手の分身八体が合流!! これで九対一だ!! この差は大きなアドバンテージだ!!』
山伏の分身たちが噴水広場に到着した。その数、八体。
一人でダメなら全員で。そう言わんばかりに、山伏とその分身たちが剛羽に息も付かせぬ連続攻撃を仕掛ける。
全員が自分で決めるという強い意思を持ち、だというのに決して踏み込み過ぎない。
隙のない戦いを、意識を一人と八体が共有し、実行している。
自然、被弾の数が増えてきたのは剛羽の方だ。ギリギリのところで回避し切れない。
かわせていた山伏たちの拳撃や蹴撃が次第に肌を掠め始め、遂には直撃をもらう。
戦用復体に生身の肉体で言うところの骨があるならば、それが軋むような痛みが走った。
だが、剛羽もやられっぱなしではない。
刹那、山伏の分身一体の胸に小刀が突き立てられ、瞬く間に爆砕した。
『チーム上妃、蓮選手、ここで伝家の宝刀を抜いたぁ!!』
剛羽は温存していた個心技を解放し、山伏たちを斬り刻む。
速度で有利を取る剛羽と、数の多さで速度の不利を補う山伏。
激しい撃ち合いとなるが、主導権を握っているのは《速度合成》を行使した剛羽だ。
一撃も被弾しないわけではないが、数の差を物ともしない躍動ぶりである。
対して山伏とその分身は、次々と容赦なく加えられていく斬撃に動きが鈍り始めた。剛羽が個心技を使い始めたのに合わせて全員が《心力》で全身を覆い、防御力を底上げすることで一撃死だけは避けらているが、こんな状態は一分も持たない。
だから、山伏は分身たちに自分の盾になるように命じた。
(……ッ!!)
山伏を覆い隠すような動きを見せ始めた分身たちの動きに怪訝そうな顔を見せた剛羽はすぐに相手の狙いに気付き、主の盾となった分身たちを引き剥がそうと斬り込んでいく。
そう言えば、各チームの選手を綿密に調べていた誠人が言っていた。山伏には《分身》以外に個心技があると。
躍起になる剛羽の前に、次々と爆砕していく山伏の分身たち。
しかし、飛び掛かってくる分身が《心核》に小刀を突き立てられても力尽きるまで押さえ付けてくるため、剛羽は中々前に進めない。
遅々として進まない攻略。
結局『そのとき』に間に合わなかった。分身たちの献身が報われる形となった。
瞬間、山伏に覆い被さっていた残り三体の分身たちが、内側からの圧力に吹っ飛ばされて宙を舞う。
そして中から現れたのは、身の丈四、五メートルほどに巨大化した山伏弁慶だった。
『おぉ!! あの形態の山伏選手は久々ですね!! わたしの記憶では、昨年の秋大会以来でしょうか?』
『うん、ブッシーは他チームからマークされてるからね。簡単に転身させてもらえないんだよ』
山伏弁慶の個心技《分身》。自分と同等の力を持つ人形を錬成できる能力。
しかしその能力は広大なフィールドをカバーするための、必要なところに必要な戦力を供給するためのものだ。
残り人数が少なくなり、背中を撃たれる危険性が低くなれば、山伏弁慶のその戦闘スタイルは一変する。数の多さでフィールド全域を支配する試合巧者な戦い方から、相手を腕力で捩じ伏せるパワープレーへとスイッチするのだ。
個心技《巨大化》。普段使われていない《心力》を引き出し、戦用復体を大きく、ぐんと頑丈にする能力。
『駿牙選手のトラスフォームを思い出しますね』
『ブッシーもアメコミ好きなのかな?』
目の前に立たれるだけで竦み上がってしまうような威圧感。
体表から湧き立つ《心力》。赤く煌めく鋭い眼光。
ユニフォームがはち切れるほど隆起した筋肉――しかしパンツは無事だ。特殊なものでも穿いているのだろう。
「ォオオオオオオオオオオ!!」
山伏は獣のような咆哮を上げながら、剛羽に襲い掛かった。
運動能力も向上しているため、四、五メートルの筋骨隆々な人間が暴れ回るというのは、とんでもない迫力だ。
びゅっと伸ばされた巨手がそれをかわした剛羽を追い掛ける途中で民家を薙ぎ払い、山伏が走る度に道が、家が、砕かれる。
すれ違いざまに、試しに出力強化した小刀で胴を斬り払った剛羽だったが、打撃した瞬間、手がビリビリと痺れた。得物も少し刃毀れしたようだ。
硬く、速く、力強い。
その三項目だけなら、漆治の《影武者》と同等かそれ以上だろう。とはいえ、
『蓮選手、山伏選手の眼球を一閃!! いや、山伏選手、間一髪でかわしました!! しかしこれは危なーい!!』
豊富な個心技を使う漆治の方が戦い難くはある。
巨人は巨人で確かに厄介だが、弱点がないわけではないのだ。眼球以外にも例えば、
『蓮選手、今度はその棒を山伏選手の口内に突っ込む!!』
『モリモリ、卑猥!!』
『しかし、山伏選手、これを断固拒絶!! ツンツンだぁ!!』
眼や口内、金的の硬度は、例え巨人化してもあくまで元の人間の延長線上程度。急にダイヤモンドのような硬さになることはない。
そして山伏の疲労もあってか、剛羽は徐々に反撃する頻度を増やす。山伏の速さに、動きに慣れてきたのだ。
それでも諦める訳にはいかないと、湧いて出てきた弱気の虫を、山伏はすぐさま締め出す。その形相がさらに恐ろしいものとなる。
一方で、剛羽は先程から連続している爆発音の発生地点に意識を傾けていた。より細かく言うならば、そこで戦っている少女に、だ。
そして偶然にも、山伏も城館で戦う少年のことを思い出していた。
城館、跡地にて。
【なんだよこれぇえええええ!!】
【義経先輩、頑張れ!!】
【頑張れだって!? あんな怪物相手にどうしろって言うんだ!?】
閑花の純粋なエールに腹を立てた九十九は、耀の斬撃から必死になって逃げ回る。大蛇の剣の隠密能力を解き、その分の力を硬度に回す。最大限まで剣を丈夫にし、それで身を守る。
しかし、大蛇の剣は凄まじい速度で削られていった。
圧倒的な力による暴力だ。
眼前の少女の斬撃は、超火力の砲撃のようであった。
「なんなんだよ、赤型なのにいつまで続くんだよ、その攻撃はぁああああああ!?」
見れば、単色だった少女の《心力》に蒼色が加わっていた。蒼色の粒子はやがて、紅柱と対を為すほどに出力される。
益々、ジャスティン・アルドレイドと似てきていた。いや、今の少女の姿はもう、ジャスティンそのものだ。
完全コピー、生き写し、合わせ鏡。そんな言葉が相応しい。
「ぁ……ひぃいいいいい!?」
かつて世界トップクラスだった選手と同等の力を持つ少女の相手など、自分に務まるはずがないと、悲鳴を上げる九十九。
球こそ割らせていないが、残り一分以上逃げ切れるとは到底思えない。
どこかのタイミングで、その役割を盾に変えた大蛇の剣が斬り砕かれ、自分は眼前の少女の前に丸腰で立つことになるのだと、九十九は確信する。
想像しただけで身体が震えてきた。息が苦しくなる。戦用復体に変身していても、九十九は何も変わっていない。
これ以上やっても無駄だ。
【義経先輩、避けて!!】
閑花の叫びも虚しく、九十九は吹っ飛ばされる。大蛇の剣が射線にあったため直撃こそ免れたが、九十九は立ち上がらない。無様な姿を晒すより、このまま一〇秒カウントが終わるのを待つことにしようと決めたのだ。
【義経先輩!!】
うるさい。
【義経先輩、それでいいんですか!!】
いいよ、もう。たかが砕球じゃん。負けたら死ぬわけじゃないんだし。
【九十九】
【…………ふぇ?】
予想外な人物からの着信に、九十九は素っ頓狂な声を上げた。
そして試合中はおろか普段から口数の少ないチーム九十九の監督、洲桜慶太郎は一言だけ指示を出す。
【山伏を見ろ】




