おばかさんな三人
「お前アホだろ」
明けて休憩時間、俺は呆れた声でまいんに言った。
それは言うまでも無いぐらい明白な事実でしか無かったが、それでもつい言ってしまう。
まいんは粉々になったチョークの粉塗れになって、どよんと席に座っていた。というかどよんとするぐらいなら、もう少しちゃんとしろと言いたい。
「だ、だって。私帰国子女だよ?クオーターだもん。あんなのわかるわけないでしょ!」
「世の中の帰国子女を愚弄するな。だいたい帰国子女で疎いのは、日本の文化とかそういう部分だ。勉強が出来る出来ねぇに関係ねーよ。というかクォーターなのは聞いたが、帰国子女なんていう設定をさりげなく足すな。どこから帰国したっていうんだよ。ボリビア辺りか?」
「えーっと、異世界から?」
「……」
臆面も無く予想の斜め上の回答を、息を吐くがごとく当然に宣うまいんに震撼する俺。いやまてここで負けてはならない。放っておけばこの残念な子は、さらに残念になってしまう。そしていくら何でも盛り過ぎな設定に、メインキャラの立場も怪しくなっていくに違いない。
ここでこいつを止める必要がある。
そんな謎の使命感に俺が捕らわれようとしている最中、結局それを止めたのは俺では無かった。
「まちなさい。まいんさん!」
凜とした声が辺りに響いた。二人して目を向ける。
「異世界から来たのは私です!その設定は譲れませんから!」
あまりにもあまりなそんな台詞を高々と宣言したのは、エルフさんだった。
間違いなく、それはエルフだった。だって耳長いし。
そんなエルフは、なるほど異世界から来たのだろう。適当に設定をひっつけたまいんなんぞより、それはよほど説得力があった。
かと言えば、エルフっぽい特徴はその長い耳だけで、あとは普通に女子高生だった。ブレザー着てるし。でも、よく言われるように美しいとされるその容姿は、十分に備えている。
切れ長のちょっと怜悧で意志の強そうな目、マインと同じ金髪……こっちは普通にストレートロングだった。あと、細い体。残念なおっぱい。
ここが現代日本の普通の高校における教室であることと、ブレザー学生服を覗けば、なるほどそれは間違いなくテンプレなエルフのそれだった。
「えぇー、委員長。私も異世界転生がいいよぅ」
そこまでの逸材を見てなお食い下がるまいん。この女も大概だった。
いや、そんなことより、さっきまで金髪なキャラはこのクラスにまいん一人だけだったはずだ。なぜ増えたし。
そんな事より、エルフさん委員長なのか。やっぱ森の平和を守るイメージなだけに、何かを守ろうとする方にキャラが寄るのだろう。
「駄目です。六郎さんもちゃんとまいんさんに言ってあげてください。貴方の設定は異世界じゃなくて、死後の世界からよみがえった方でしょう?」
「よみがえってんのかよコイツ」
そう言われれば、元おいわ。幽霊だった。
それは意外にも上手い具合に今のまいんの有様にちょうどいいような気がしてきた。
「はっ、そうでした……私はまいん!貴方に会いに冥府六道から蘇った少女!」
「おい、ハセガワ。こいつに変な事ふきこんでんじゃねーよ」
またぞろけったいな事を言って妙なポーズを決めながら酔うまいんをよそに、俺は疲れた目をエルフ委員長に向けた。
……っていうか、そう。ハセガワ。
このエルフ委員長の名前だ。むろんそんな知識は今の今まで無かったはずなのだが、勝手に設定が脳内にインストールされたらしい。
どう考えてもエルフで異邦人のこの委員長が、なぜハセガワなどという完璧すぎる和名なのかはとりあえず置いといて、思い返せば登校シーンの段階で、俺は何となくまいんと同じクラスであることを既に知っていた。
これはつまり、そーいうご都合主義とかそういうの以前の問題なわけだが、ひょっとすると俺が知りたいとか知るべきだという情報を、案外自分で選択出来るってことなのかもしれない。よくあるラノベの、検索機能みたいな。
試しに、ハセガワを見てみる。
「ケイ・ハセガワです。異世界から来ました。生まれはバーニスの森ですけど、異世界なので意味が無い情報ですね。身長は162。体重はひみつ。サイズは上から85、55、80……」
「自分で言ってんじゃねーよ!そーいうんじゃねえよ、もっとこう、脳内に直接刻まれる情報みたいに響くもんだろ。なんで口で言ってんだよ本人が!それとさりげなく盛ってんじゃねぇ」
(私のバストは85)
「こいつ直接脳内に……!いや、そこ拘るのかよ……おい、涙目になるな」
「あーあーあー、六郎ちゃん。女の子なーかしたー、いーけないんだー」
「うぜえ!」
ちょっと涙目で、私のバストは、ばすとはぁ、とか明らかに80以下な自分の胸を押さえて呟くハセガワに、調子こいて俺をはやし立てるまいん。つい、口から本音がこぼれる。
よくわからんが、必要な情報は順次得られるということで良いようだ。それにしても、とりあえずまいんといい、ハセガワといい、まともな人間はこの学校……というか、世界には居ないのだろうか。
そういえば雪女はどうしたのだろう。登場シーンはまだ先って事だろうか。
「そいやハセガワ。お前頭良いだろ。さっきの授業わからんことだらけでな。ちょっと教えろよ」
差し当たってまいんが駄目な子なのは判明している。
だったら、もし勉強を教わるとしたら、エルフで委員長のハセガワだろう。少なくともエルフの段階で知能ボーナスとか付いてそうだ。それに委員長という段階で、偉いに決まってる。
「六郎さん……間違いなく、それは私がエルフだからとか、委員長だからとかそういう偏見で決めましたね?決めつけましたね?それは良くない判断です。そう、何事も見た目や肩書きで判断してはいけません。良くない事です。勉学に励むことは大切ですが、それ以前に道徳的な部分を学ぶべきでしょう」
「……つまり勉強は教えるほどでもない、と」
「……!だってしょうがないじゃないですか。だいたいですよ?だいたいですよ!そもそも異世界からやってきて、かけざんがどうとか、わりざんがどうとかっ!理解出来るとでも思いました?!いーえ無理です。だってそんなもの私の世界にはありませんでしたもの!魔法とか魔法とか、ああ、わかります。あれって知能に一応!基づいてますものね!でも違います。ちーがーいーまーす!残念でした!あれは直感です。息吸って吐くぐらいの当たり前なんですー……なんですかその目!くっ!殺せ!」
要するに、勉強は出来ないということらしい。身もふたもなくツッコんだら突然キレて机の上に仰向けに寝そべり、エルフっていうか女騎士みたいな事を言い出したハセガワを冷めた目で見る俺。
「もう、六郎ちゃん。委員長をあんまし苛めないー。ああ見えて委員長、豆腐メンタルなんだから。そんなだからクラス委員長とか決める日に、ついうっかり休んじゃったりして、それでなし崩しに選ばれちゃって、翌日来て愕然としながらも、誰に文句言ったらいいのかわからなくって仕方なく受けてて、でも、責任感だけは何となく強いから頑張ってるけど、勉強が出来ないのをもの凄く気にしてるの!」
「お前も気にしろとしか言いようがない」
微妙過ぎるまいんのフォローによって机の上でシクシク言い始めたハセガワを横目で見つつ、図らずも判明した頭悪いトリオの様にため息を付く。
とはいうものの、完全開き直っているまいんはともかく、一応ハセガワはナントカしようという気概があるものと考える。
ふーむ。
「とりあえずまいんは放っといて、ハセガワ。勉強でもするか?」
「なにそれ!何で私ほっとかれるの?そんなことより遊ぼうよ!青春は今だけなんだよ?大切なんだよ?勉強やってるひまなんかねえ!」
「青春以前に、ここは学校で俺らは学生なんだよ。そんな今だけの青春を遊びほうけてたら駄目な大人にしかならないんだよ。まー、だったらまいんは遊びほうけているがいい。おい、ハセガワ。こんなのになる前に勉強できる者を探せ」
「あっ、はい」
高らかに宣言するまいんを無視して、比較的まともと言えなくも無いハセガワを抱き込む。
学生の本分は勉学である。などと高尚な事を言うつもりは無い。だが経験的に言って勉学を疎かにしてはろくな未来が無いのも知っている。主に、進学的な意味合いでだ。
「もー!ほっとかないでよ~。私も勉強するー」
「お前、おばかさんっていうキャラ立てじゃなかったのかよ。勉強していいのか?アイデンティティ崩壊するぞ」
「おばかさんは別に私のステータスじゃないよ!」
今のうちにこのバッドステータス満載の地雷女のタゲを外しておきたかったが、どうにも上手くいかなかったので仕方なくおばかさんトリオを結成することにする。無論、一刻も早く返上したいタイトルではある。
とはいうものの、三人が三人ともおばかさんなのだ。これから勉強して頑張るにしても、少なくとも教えられる人間が欲しい。
その辺、先生でも良いような気もするが……学生的にやはり、先生ここ教えて下さいをするには、まずわからないところがある程度絞られている必要がある。
だがおおよそ全般的にわからない俺らは、そんなこと言いつつ職員室訪ねようものなら、そのまま補習授業とやらに連行されそうだった。
というか何となくだが、職員室とか行ったら雪女が教師として出てくるイベントが発生しそうだ。奴はきっと教師。年齢的にそうだ。
「ねぇねぇ、六郎ちゃん。あの子は?勉強できそうだよ?」
とりとめも無い事を考えていると、どうやらハセガワに言ったことをわりと忠実に実行していたらしいまいんが教室の隅を指した。
視線を向けると、全く遠慮呵責もなく指さしたまいんに気付かないわけもない女の子が、明らかにえっ?という狼狽した顔でこっちを見ている。
「……確かに、なんか勉強できそうだな。えーと……おい、ハセガワ。あの子の名前なんていうんだっけ?」
ひょっとすると念じれば出てきそうなのだが、あえてハセガワに小声で聞く。
「誰でしょうね?」
「お前……クラス委員長じゃないのか……出来ないのは勉強だけにしとけよ……」
臆面も無く言い切るハセガワに呆れながらも、取りあえずターゲットされた女の子を観察する。
まず受ける印象は……有り体に言って地味。
肩まで伸びるロングの髪。当然、後ろに控える二人のようなイカレた色などではなく、まことに日本人らしいつやのある黒。
大きくて野暮ったいメガネをしている上に、前髪が瞼までかかっていて、いまいち容姿はわかりにくい。まあ、可愛い方じゃないかとは思う。
そんな女の子は俺の席の二つ隣で席に座ったまま、教科書らしき本を開いて勉強していた最中だったらしい。
本を握りしめたまま俺たちの方を見つめ、えっ?何?何?私?みたいな台詞が漏れそうな顔をしていた。
そんな様子は置いとくとしても、確かに勉強が出来そうに見える。とはいえ……なんちゃって秀才のハセガワの例もあり油断は出来ない。
だが、声をかけてみないと始まらない。名前がわからないが……
「……よお、ええっと……キミ。良かったら……」
「何してるんですか六郎さん!?ナンパ?ナンパですか?いけませんよ!こんな学舎でそんな……破廉恥な!」
「意外!六郎ちゃんが……!キミ、キミだって!ちょ、ちょっと私にも言ってよ今の。壁ドン、ほら壁に立つから、壁ドンで!」
「うっせえお前ら話を複雑にすんな!……あー、すまん。違うんだ。実は俺……らにちょっと勉強を教えて欲しくてなぁ」
戸惑いから怯えに変わったその子の表情に慌てながら、俺に、と単数形にするのをぐっと堪えて、俺らと言い直す。
(相沢知子。ぼっち。勉強は出来る)
その瞬間、脳内に彼女の情報が流れてきた。今かよ、と内心ツッコむ。というか容赦無い。そうか、ぼっちか……。
「ほら、えーと相沢さん。何時も一人で勉強してるだろ。だから色々知ってんじゃねーかと思ってさ。良かったらでいいんだ。教えるとか、そんな大層なんじゃなくっても、放課後とかにさ、ちょっと勉強会でもって思ってよ」
得られた情報から適当に話を作りつつ、警戒されてしまった彼女こと相沢さんに声をかける。
「あ、え、う」
彼女からしてみれば間違いなく不審者であろう。
なるだけ自然に声をかけたつもりだったが、相沢さんは出土したばかりの埴輪みたいな顔をして声にならない声をあげている。
駄目だ。もうすっかり関わり合いになりたくない感じだ。
こんな事で愉快学園コミュニティからはじき出されてしまうのだろうか。
主にこいつらのせいで。
「どーしたのこの子。出土したばかりの埴輪みたいな顔して」
「埴輪ですか。言い得て妙ですね」
「どうしたもこうしたもあるか。主におまえらのせいだろ。つうかこの子は今からおばかさんに勉強を教える事になる先生だぞ。失礼なことばっか言ってんじゃねえよ」
もちろん不覚にもまいんと同じ事を思ってしまった自分の事は棚に上げる。
「はっ、高貴なるエルフである私が、私が、人間に教えを請おうなどと……」
「お前はいったい今どこに居ると思ってるんだ。最早エルフとかどうとかお前関係なくないか?だいたいわかりにくいんだよ。ここまでくるまでに未だワンシーンも経過してないのに、きっとお前がエルフだって事覚えてる奴いねーぞ。今すぐその耳ちょんぎって髪を黒く染めてこいハセガワ!」
「ひどい!そこまで言わなくったっていいじゃないですか!」
「あ、あのう」
相変わらずわけのわからないことばかり言う二人にすっかり引いた様子の女の子が、おっかなびっくりという体で声をかけてくる。
というかちょっと驚く。てっきりもう他人扱いで無視されるんだとばかり思っていた。
「あぁ。悪ィ。別に無視したわけじゃなくって……」
「い、いえ。そうじゃなくって。そうじゃなくって、その……ええと、私なんかが勉強教えてとか、もの凄く烏滸がましいっていうか、大それてるっていうか、なんていうか、でも……でも!本当にあの、私でよかったらっていうか、もし私で良かったら、あのう、一緒に勉強……とか……してくれたら……」
「ほんと!?」
忙しなく目線をあちこちに散らしながら、突如ハニワちゃんが忙しなく、それでいてわりと回りくどくまくし立てた。俺が思わず仰け反ってる間に、それは尻すぼみ気味になっていったが、特段そんな様子に怯みもしなかったまいんが即座に嬉しそうに答える。
「う、うん。わ、私で良ければ……」
「やった!じゃあ、よろしくね!ハニー!」
「は、はにー?!」
あれよあれよという間にまいんに押し切られて話がまとまり、ついでに相沢さんの通称も決定した。
間違いなく本人は、なぜそんなあだ名が決定されてしまったのか、良くわかってないだろう。
無言でハセガワを見ると、目がふと合った。
「まあ、よろしくな。ハニー」
「私からもよろしくお願いしますハニーさん」
「え?え……?あ、うん。はい……」
そう言うと混乱した顔で、ハニーはどことなく嬉しそうに頷いた。