ぷろろーぐ的事前打ち合わせ
「だいたいですよ」
ちゃぶ台向こうに座ったおいわが、どんとテーブルを叩きながら言った。口調や行為は激しいが、なんとなくのほほんとした雰囲気が周囲にある。事実それを正面から受けている六郎はのほほんと、というよりだらけきった姿勢と表情でそれを聞いている。
おいわの口調は、私は真剣なんですよ!という感じではあるが、その一方で、言えれば満足なのか、六郎のそうした態度には全く触れずに、言葉を続けた。
「もうちょっとですね、市場を意識しなきゃなんですよ!」
「なんのだよ」
格好といえばランニングと短パン、手にはビール、ちゃぶ台の上に柿ピーなどという、これ以上ないだらけた姿勢で応じる六郎。明らかに真面目に聞くつもりがないですョ僕はええ全くみたいな、そんな感じである。それでもついツッコミを入れてしまうのは、面倒だったからなのか、それとも性格からなのか。自分でもよくわからないし、わからなくともまあいいかとも思った。
「読者のですよ」
「読者、ねえ」
オウム返しに呟く。
「……そもそも、だれも見てないんじゃないか?」
読んで、とは言わない。それは六郎の限界のようなものだった。その先を言えば、後戻りできなくなる境界線だった。しかし、六郎自身がそれがわかっている段階で、それはあまり意味のある物ではない。わかっている。けれど、六郎は意地を張る。
「なにいってるんですか。物語は読まれてナンボですよ。生まれてはい終了ってワケにいかないでしょ?そんなの価値がないじゃないですか」
その通り。価値なんか無い。と六郎は言葉に出さず肯定する。ついでにビールを飲み、柿ピーをつまんだ。うまい。詰まる話、それぐらいどうでもいい事だと六郎は思う。多分に、おいわの言う事と、自分の考えるそれはややずれている。そして六郎は、物語云々なんかじゃなく、人生の価値ってなんなのよ的なところを3秒ほど考えて、なるほど価値なんかないと結論し、そして何となく馬鹿馬鹿しく思い、その後、諦めた。
「じゃあ、どーしろって言うんだよ」
「そうですね~」
途端、首をひねって考え始めるおいわ。考えてなかったのか、と六郎は呆れた。
「まず、語り口調を変えましょうか。感情移入って大切ですし」
「具体的には?」
「一人称で」
……とはいうものの、半分一人称チックだったわけだし、実際あんま変わらないと思う。そもそも淡泊な俺のキャラで一人称でいいのだろうかと一瞬変な不安に苛まれる。いやいやもっと問題なのは、俺、の一人称だって事だろうか。今までの三人称だと、主人公は誰か曖昧な状態に置けるのが、今や紛う方無き六郎☆ザ☆主人公だ。えー俺主人公なの?面倒だなあ。
「今までも間違いなく六郎さんが主人公でしたよ?」
「……思考を読むなよ」
「まあ、幽霊ですし」
臆面もなくおいわは言い切った。何を今更、みたいな口調で。
そういえばこいつは幽霊だった。しれっと自分が幽霊などと言うからには成る程、おいわ自身は幽霊という自覚がいつもあるって事だ。やや驚く。自分なんかは1日の間の9割はこいつが幽霊であることを忘れる。いや、忘れるっていうか、むしろどうでもいい。何しろ、食費がかかる。夜は普通に寝るし、最近はクーラーを入れてないと暑いとか抜かす体たらくだ。幽霊のくせに。今すぐ幽霊の名を返上するべきだと思う。人間にはならず、成仏の方向で出来れば。
「ひどいですねー、まぁでも、とりあえずそれはそれとして、後はもう少しシチュエーションとか、キャラとかを詰めていきましょうよ。まず、キャラかなあ?」
「キャラ……ね」
勝手に無理矢理進行させるなと思いつつも、少し考える。
大体よ。これは萌え萌えな話になる予定だったわけだろ?それなのに、主人公俺。しかもしがないサラリーマンときた。
んで、話的に当然萌え萌えを担当するのはこのおいわなワケだが、どーにも萌えって感じじゃない。何かが多分、決定的に足りない。やっぱアレか。ツンデレとかじゃないと駄目なのか。そうすると俺は鈍感野郎じゃないといけないなー。
「ヤンデレっていう方向もありますけど?」
「それは出来れば勘弁して欲しい。幽霊だけに」
「ベタすぎて?」
「或いはそうかも」
ふーむ、と大げさに腕を組んで考え込むおいわ。なんつーか、それはそこまで真剣にならなければならない事なのかと、むしろ俺が醒める。
「そもそも、根本的設定がおかしいんよ」
しがないサラリーマン的に。と付け加える。物語として、親近感というか、わかりやすさの面からいうと、背景は確実に社会人ではなく、学生である事は間違いない。社会人にはなってなかったり、なり損なったりする人が居る一方で、学生には普通少なくとも9割以上の人間がなっているはずだから。
「じゃあ、その辺変えましょうか」
「おい、あっさりいうな」
と、言い切る前に、目の前にあったビールから泡が消えた。
……一口飲んでみる。麦茶だ。くそう、こういう展開か。冷静に、努めて冷静に自分の姿を確認する。ああ、うん。クソ暑いのに学生服だ。きっと顔も若返ってんだろうなぁ。
「一応、説明を求める」
無駄だと知りつつも、一応おいわに声をかけてみる。声の変化は、努めて無視した。
「まあ、実験小説ですし?」
何でもありですよ。と、おいわは完全に開き直っている。言うのもなんだが、清々しいほどの開きなおりっぷりだ。ここまで来ると反論する気も失せるし、なんとなく、自分がそれに対してムキになるのもなんか悔しい気がする。というか、そう思っている自分がすでにクヤシイ。冷静にならねば。冷静に。
「あとはー、ついでなんで、六郎さんも萌え方向に」
「おいまてやめろ」
クヤシイとか思っているさっきの思いなんか忘れて、一気に必死になる俺。萌え方向というのが正確にはどうなのかはわからないが、ろくな話ではないことは確かで、そーおもっている間に、無意識においわに伸ばした手が、瞬く間に細く白くなる。
「…………………………」
しばらく、沈黙が支配した。正直、声を出すのが怖い。無限のように思える時間が経過したあと、まじまじと俺を見ていたおいわが口を開いた。
「いいんじゃないでしょうか?」
「いいわけあるか!」
その声は、確実に3オクターブほど高かった。
「ちょっとまったっ!」
何を言ったらいいのか、或いは怒ったらいいのか落ち込んだらいいのか悲しんだらいいのかわからないまま固まる俺を差し置き、突然開けっ放しの窓から新しい仕手が登場した。無論、ここはアパートの二階などという設定は完全無視らしい。
「話は聞かせて貰ったわ」
そのまま当たり前のように断りもなく部屋に入ってきた。女だ。だからどうした畜生俺もそうだ。いやいや、そうじゃない。
20ぐらいだろうか。明らかにおいわよりは年上でおねーさん然した雰囲気なのは、ショートカット言うよりボブカットと言って良いほどの短い髪と、ややつり上がった挑戦的な目と、あと、すらっとした長身から来るものだろうか。肌はよく日焼けしており、もしかしたら地黒なのかもしれんが、それも相まって大層精悍に見える。あれだ、スポーツ少女とか。服装もノースリーブにホットパンツとかそれっぽいし。
などと思ってる場合でもない。物知り顔で俺を見下ろす、映画の見過ぎのようなこの女はまず、一体何者なのか。
「……どちらさま?」
そんな至極真っ当なはずの質問の答えは、やはりというかおいわから出た。
「雪女さん!」
「はぁーい。おいわちゃんコンチワ!」
……もうつっこむ気もさすがに失せる。会話から察するに、どうもおいわとは旧知の間柄のようだ。眷属的にはありそうな話ではあるものの、幽霊と妖怪は根本案外違うんじゃないかなあとも思う。もちろんそれは今現在心底些細な問題なわけだが。
「いつ帰ってきたんですか?!」
「昨日よ~。バリ良かったわ~バリ!」
バリ!じゃねーよ。と心の中でつっこむ。口に出したら負けな気がした。そのまま雪女とやらは俺から見て左側。ちゃぶ台の前に座って、目の前にある元ビール現麦茶を取って一気に飲み干した。家主の意見どころか存在超無視だ。なんだこれ。それとも、やだ間接キス?みたいな反応したほうがいいんだろうか。萌え的に。
「はー、それでね六郎」
「いや、まずおまえだれよ」
「あたしが思うにさー、主人公はオトコじゃないといけないと思うのよね」
「無視か」
この心底失礼な女をどうしてくれようか。そもそもなぜ俺の名前まで知ってる。いや、無駄なことか。なんでもありだしなぁ。
「えっと六子さん。このヒトは雪女さんで、私の友達です!」
突如我に返ったかのように解説を挟むおいわ。妙なとこで気が利いてる。それに免じてさっぱり情報が増えてないところはまあ許そう。
「だが六子っていうのはなんだ」
「だってオンナノコですし。ろくこ……語呂悪いっかな。じゃあうーん……六璃とかでどうです。りくり」
「もー、あんたらちゃんと聞きなさいよね!でも、六璃って響きがいいわね」
「おまえが言うな。そして同意すんな」
あれか。これがガールズトークっていうのか。流れるように続く会話について行けない。そういう場面でやはり自分は女ではないのだと思ったりする。そんな考えそのものが、或いは男というものなのかもしれん。
「とにかくね、六璃、おいわ、主人公は男じゃないとダメなのよ?」
「話が進まんから、一応理由を聞こう」
つっこみそうになる自分を押さえて、三白眼で雪女とやらに話を促す。おいわも何かを言おうとしていたようだが、そのまま口を閉じた。そんな様子を見てか、フフンと得意げな顔になって意味ありげな視線をこっちに向ける雪女。ききたい?みたいな。うざい。
「つまりね?ライトノベルの基本って、ハーレムだからよ」
高らかに、そう宣言した。断言した。言い切った。いいのかそれで。
「……根拠は?」
「だってそういうもんじゃない?大抵のラノベって」
そういわれたら反論できない。確かに、そうかもしれん。おいわの方に視線を向けると、うんうんと頷いていた。
「というか、ラノベ準拠なんだな……」
「六璃さん、なに今更言ってんですか」
「そうよ、そもそもラノベ準拠以外のいったいどこのつもりだったの?」
ひどい言われようだが、返す言葉もない。もしかすると、ラノベ準拠すら危うい。というか、確実に危うい。むしろ失礼かもしれん。
「じゃあ、俺はオトコに戻るわけだな」
「まー……そうですね」
「……なんか舌打ち聞こえたぞ?」
「気のせいですよ?」
「もー、おいわちゃんもそんなんじゃ駄目よ。あんたはヒロイン筆頭なんだから」
しれっと衝撃爆弾発言をする雪女。なんだって!……とか言うまでもないか。ないな。題名が題名だし。が、出来たら現実から逃げたい。もう本編始まったらすぐにサブルート攻略に移りたい。そうかその手があったな、うん。
「えぇ……じゃ、あ、うん」
そんな内心知ってか知らずか、さっきまでの微妙な距離感のまま目を伏せるおいわ。
「よろしく……お願いしますね」
そのまま上目遣いで、はにかむような笑顔を見せながら、俺を振り仰ぐおいわ。不覚にも、俺は絶句した。その仕草、素直に言って、十分かわいい。頭のどこかで警鐘が鳴りまくっているが、それが遠く聞こえるほどの破壊力を持った笑顔だ。いつの間にこんなスキルを……!おいわ、恐ろしい子!
「もちろん」
自覚するほどには、あたふた気味になっている俺を見て、雪女がにやーっと笑う。そのまま、がばっと頭を抱きしめられた。
「あたしもヒロイン候補ってわけね」
陳腐な言い方だが、小悪魔っぽい顔で俺の顔をのぞき込む。視覚的にもそうだが、それ以上に腕にまとわりつく例の肉の感触がたまらない。
「あっ……!雪女さん、ひどいかも!」
そういうおいわにも抱きつかれる。うん、ハーレム。良いかもしれない。自然と頬がゆるむのが自分でもわかる。
問題は、未だ自分が女のままっていうことだが。
「すわんぷ」を読んでから来た人は、本当にごめんなさい。
言い訳は、このあと活動報告にて。
ちなみに、今回の作品はTS主題ではありません。多分。