勇者くんと魔王くん
【異世界のコウノトリ】から我が家に授けられたのは、前世が勇者の赤ん坊だった。
本来は子供を授かることを夢見る夫婦やらに授けられるはずの子供。
だけどその子は、孫の顔が見たいという祖母と両親の願いによって召喚された珍しい子だった。
よっぽどこの国の少子化が進んでいたのだろうか。
なんにせよ両親たちは大喜びで、戸惑いながらも私はその子を大切に育てることにした。
子供から告げられるまで前世のことはわからないものだ。
責任を持って育てると決めたからには、たとえどんな子だったとしても愛することを誓った。
「ママ、困ってることない?あったら教えてね。」
「ありがとう。偉いね。」
「だって僕、勇者だもん。」
「え、今なんて。」
「僕、前は勇者だったんだよ。ママ!」
うっかり皿を落としかけた。
まだ幼いから記憶を曖昧に思い出したのだろう。自然とそう言っていた。
子供の冗談だったなんてことは普通なので、何度か時間をかけて確かめてみてハッキリさせた。
前世の知識やら知識からある程度の把握はできる。
嘘つくほどの年でもないし、剣術といい勇気や正義心からしてほぼ間違いないだろうという結論になる。
それを知った家族は更に大喜びしていた。
「赤飯炊こうかしらね!」
「勇者に赤飯はないんじゃないか?もっと豪勢に。」
「普通でいいですから!」
そうはいっても落ち着くはずもなく、いとこも集めて飲めや歌えのお祭り状態になった。
勇者くんを可愛がりたいという家族の要望に応えて面倒を任せることにした。
何度か育児疲れで何度か任せたこともあるので信頼できるのだ。
「静かな方が落ち着くなぁ。」
しばらく歩いていると、子供が一人でうずくまっているのが見えた。
こんなところで幼い子供が座り込んでいるだなんて。心配で声をかけた。
「どうしたの?気分悪い?」
こちらに目を向けた。でも返事がない。
「具合悪いなら救急車呼ぼうか?それとも迷子?」
何度も声をかけてみるがやはり言葉を交わしてくれない。目もそらされた。
不審者にでも見られているのだろうか。
「親御さんはどこにいるかわかるかな?お父さんかお母さん、近くにいる?」
「親?」
引っかかることでもあったのか、反応を見せた。
「親はいない。」
「いない?」
「捨てられた。だからもういない。」
「す、捨てられたって。」
「僕、魔王の子供だから。」
その時の驚きは、我が家に【異世界からのコウノトリ】からの授かりものが来た時や、その子の前世が勇者であると知った時と同じぐらいだった。
魔王の子供というのが、前世が魔王だった子供だという意味だというのはすぐに理解できた。
目の前にいる子供にはたしかに角が生えている。
こちらの世界の人間になっても前世の風貌は受け継がれやすいというのは最近知ったことだ。
嘘偽りなく、前世は魔王だったのだろう。
「とりあえず、警察に。」
「ヤダ。」
「でもここじゃ寒いでしょ。」
「魔王だから大丈夫。放っておいて。」
「でも。」
「平気だってば。…ずっと前から、一人だったもん。」
たぶん、その子の言ってることは本当だったんだと思う。
前世の頃から一人で生きてきて、寒くても一人でも平然と生きてきた大魔王だったんだろう。
だけど今、目の前にいるその子はどうみても普通の子で。
ちょっと寂しそうにも見えた。
「とりあえず、うちに来ない?」
「魔王は一人で平気。」
「君が平気でも、放っておけない子がいるんだよ。」
「ママ―!」
丁度良くうちの子が親に連れられてやってきた。
「帰り遅いよ。心配ちゃった。」
「心配させてごめんね。」
「って、その子は?」
「魔王くんなんだって。」
「「魔王!?」」
全員が声に出して驚いていた。
「すっげー!魔王に会えるだなんて。」
「なんて、嬉しそうなの。」
「へへー。僕、実は勇者なんだ!」
「勇者。」
叫びはしなかったが、魔王くんは驚いたような声を静かにあげた。
「ねぇ、この子うち子にしてもいいかな?」
「え!?あんた本気?」
「うん。二人がよければ、なんだけど。」
うちの子を連れてきた家族はものすごく驚いていた。
【異世界のコウノトリ】から授けられる子供は、普通は一家に一人だ。しかも相手の子の前世は魔王。
家族からの反対は気にしない私は、二人の様子を伺ってみた。
「僕はいいよ!困ってる子を助けるのも勇者の務めだもん。」
「僕、魔王なんだけど。」
「魔王とか関係ないし!」
魔王くんは考えるように黙り込む。
「こう言ってくれてるけど、どうする?」
「…。」
「うちの子に、なってくれる?」
「べつに、いいよ。」
顔をそっぽ向けて手を伸ばしてくれた。
私は喜んでその手をつかみ、それでは話もついたことだしと家に戻った。
家に残っていた家族たちはそれはもう驚いていたが、すぐに魔王くんを受け入れてくれた。
新しい家族が増えたことで再び盛り上がってしまったほどである。
魔王くんは呆気にとられながらも、私と顔を会わせると素直に笑ってくれた。
「よろしくな!」
「よろしく。」
そうして、その日から魔王くんと勇者くんは我が家で兄弟のように育てることになった。
まさか【異世界のコウノトリ】の子供洗面の幼稚園の先生になるとは。
当時は思ってもいなかったけど、二人に頼まれて面談したら受かってしまって現在にいたる。
「ほらこっち!」
「負けない。」
勇者くんに引っ張られて、魔王くんも元気な笑顔を見せてくれるようになった。
「兄弟だなぁ。」
いつものように、私は微笑ましく見守っていた。