前世の記憶
【異世界のコウノトリ】の子供たちは、前世のことを完全には覚えていない。
どの子もハッキリ覚えていたのは職業というか役職関係のようなことだけだった。
だからなのか、どの子も精神年齢だけで言えば年相応の育ち方をしている。
なおかつ、転生というのは魔力だかの異能力を受け継ぐことは無かったらしい。
こればかりは無くて本当によかったと思う。
「マジカルリンボー!」
決めポーズをしながら魔法の呪文のような言葉を唱えて遊んでいるのは、前世が魔法使いだった子だ。
ちなみに、リンボーはレインボーの言い間違えだと後で知った。
「これで敵はイチコロなの☆」
どんな魔法であれ、実際使えたら大変だったろう。
魔女っ子だったのもあって本人はなりきっているが、成長してから黒歴史にならないか少し心配だ。
まぁ、まだ成人した子がいないから、将来的にはわからないんだけど。
「人に向けて棒とか箒を振り回しちゃ怪我するから危ないよー。」
「あと、悪い魔法は使っちゃ駄目なんだぞ!」
「わ、悪い魔法じゃないもん。」
私が軽く注意すると、うちの子の勇者くんが続けて警告した。
勇者なだけあって、勇気だけでなく正義感が強い子だと思う。
将来は警察官が向いてるんじゃないかしら。
「母上。」
魔王くんが服をつかんでいた。
どうも魔王くんは他の子と関わろうとしないので、一人にするわけもいかず今日も私が遊び相手になっていた。
「ごめんごめん。今戻るから。でも幼稚園では先生って呼んでね。」
「母上は、母上なのに。」
「魔王ばっかりママと遊んで…じゃなかった。先生と遊んでずるいぞー!」
勇者くんが私の後ろに隠れた彼を覗き込んだ。
ちなみに、この幼稚園では子供たちのことを前世の職業関係の名前で呼ぶことになっている。
というのも、前世の頃の名前とこの世界での名前が彼らの中で混同してしまっているらしい、
この世界での新しい名前を嫌う子が多いけど、他の子や親御さんのことも配慮する必要性がある。
その妥協案でそうなった。
実際子供たちは、この世界でも前世でもそう呼ばれることが多いので慣れているらしい。
意外とすぐに馴染んだ。
「魔王だから仕事は部下に任せて好きなことしてていいんだもん。」
「なにー!?」
「だから先生と遊ぶ。一緒にお昼寝しよう先生。」
「お昼寝の時間にはまだ早いよ?」
魔王くんは勇者くん言うことを聞かずに前世を言い訳にして私の背後に隠れてしまった。
それを見て他の子も、ずるいずるいと言いながら寄ってきてしまう。
さすがにこのままではいけない。
私には彼らを預かっている責任があるのだ。
「よし、こうなったら隠れんぼで勝負しよう。先生が鬼!」
「隠れんぼ?」
「それなら体力ある子も無い子も平等でしょ?最後まで先生に見つからなかった子はごほうび!」
「ごほうび!?」
「ついでにお昼寝の時間に隣で寝てあげます。」
皆の目つきが、特に二人が変わった気がした。
「はい始め!じゅ~~~う、きゅ~~~~~~~~~う。」
目を手で覆って数を数え始めると一斉に駆け出す音が聞こえた。
うんうん良い子たちだ。
「ぜろ!」
かなり長めに数を数えて目を開けた。
さて、急いで探そうとしてみると隣に一人立っている。
忍者くんだ。
「その、僕は駄目だって思ったから。」
まぁ隠れんぼの天才だろうしね。
「ごめんね。でも遠慮しなくてもよかったんだよ?」
「…見つかるのも、怖くて。」
出会った頃から恥ずかしがりやでもあったけど、この子は自分に自信がなかった。
前世よりも忍者として活躍できなくなってしまったと思いこんでいると保護者から聞いたことがある。
たしかに現代技術はすごいし、幼くなった分動きも鈍いことだろう。
前世が忍者だった彼にとって、隠れんぼ程度で見つかってしまうことが怖くて仕方なかったらしい。
「前世が忍者だからかな?でもね、前世と今の自分を比べる必要はないんだよ。」
「え?」
「前世は前世。君は君。違う人生を歩んでいいんだから。」
「そう、なの?」
「そうだよ!っていうかまだ若いんだから、もっと挑戦してこう!ね!」
「うん!」
忍者くんは嬉しそうに抱きついてきた。
よしよしとなでてやると、後ろからも誰かに突進された。
「先生にくっつのずるいぞ!」
「離れて。」
あぁやっぱり君たちか。
「勇者くんと魔王くんみっけ!」
容赦なく言い放つと、二人はそれはもう大ショックを受けていた。
その反応があまりに面白かったので思わず少し笑ってしまった私につられて、忍者くんも笑っていた。
幼稚園は今日も平和である。