僕と彼女1
腰まで届こうかという長い髪。芸術的なまでに整った桜色の唇。白い肌。セーラー服をきちんと着こなし、黒のハイソックスで楚々と立つ姿。
退屈だった日常が鮮やかに彩られる。
彼女を目にした瞬間、頭のてっぺんから足のつま先の先まで雷が走ったような衝撃を受ける。
ああ、こんなことって。
僕はその日、恋に落ちた。
自慢ではないが、僕は一度執着してしまうととことん執着してしまう性質である。何がきっかけとなるかわからないが、一度心の琴線に触れてしまえば手の内に大事に大事に囲ってしまう。
自覚はしている。それで何度大事なものを駄目にしたことかわからない。それだけ失敗すれば自覚もする。
彼女を見かけたのは通学途中の電車の中。遅刻ギリギリのいつもの時間ではなかったからか。周囲を見渡す余裕があって、彼女はきらきら光り輝き、周囲から浮き上がって見えたほどだった。窓から入る朝の光の中、静謐な空気をまとって立つ姿に見惚れてしまう。
そして我に返る。
いやいや、見惚れるってどういうことだい。
僕はそういうキャラじゃない。
深呼吸して気持ちを落ち着け、そして彼女を再び眺めた。なんで眺めたのかと突っ込まれると、もう反射としかいいようがない。この時点でどう言い訳しても、僕は一目ぼれをしていたと結論するしかなかった。
吸い寄せられるように彼女を眺める。
残念ながら僕の視線に彼女が気付くことはなく、次の駅で電車から降りて行った。制服と下車した駅で高校にあたりをつけた自分に気づいて、思わずため息を吐く。
いやいや、だから落ち着けって。
落ち着け、と普段と違う自分に気づくたびに自分に言い聞かせるのだが、どうにもうまくいかない。
気付けばタイムトライアルを繰り広げていた電車の時間より一本早めに乗り込むようになり、気付けば彼女が乗り降りしている車両を特定し、さりげなく彼女の定位置を把握できる位置に乗車するようになっている。
ポジションどりが終わり、彼女が眺めてから我に返る。
病気だ。病気すぎる。
しかし彼女をどうにも見つめてしまう。
ほっと安堵した。好意を一方的に抱いていることは自覚しているが、それで彼女にどうこうしようと思っていない自分に、ほっとした。朝見つけることができれば十分で、普段と変わりなく静謐な彼女がそこにいるだけで満足している自分がいたのだ。
よかった。ほっとした。
これで手に入れたいとか思っていたら完全にアウトだった。僕は執着するととことん執着する。それが勉強であれ部活であれ、庭に生えている雑草であれ、恋人であれ。
変わらない彼女を見かけてほっとするならば、きっとそれまでの気持ちだ。見守るだけで十分なのだ。
油断したのがいけなかったのか。
彼女という存在に気づいてから二週間後。
悪友が引っかかった追試を華麗に交わし、久しぶりの部活休みで下校時間が早まった。さてさて、どこか寄り道でもして帰ろうかと考えている最中に、ふと視線を向ける。
彼女がいつも降りる駅だなあ、なんて思っていたときである。
ふわりと髪からほのかに薫る花の香りに目の前がくらくらした。
彼女だ。
彼女がいる。
その次の瞬間、
「好きです」
僕は彼女に告白していた。