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第四話・準の災日

 日曜の朝っぱらから……

 カタタタと不気味な音を立てているパソコンの前で、俺は最後のFDフロッピーディスクのバックアップが終わるのを待っていた。今時CD−Rもついていないパソコンを前に、こんな事をしているのは俺くらいだろう。どこまでできたのかを確認すると、ディスプレイには「70%完了」と表示されていた。あと少しだ。俺はふうとため息をついた。

 CD−Rドライブがあれば1分で済む作業を、俺はかれこれ20分以上もかけてやっていた。俺のパソコン……さすがにもう駄目かもしれない。最近特に調子が良くない。今日は何とかセーフモードで起動できたからいいものの、もし立ち上がらなかったらデータが全て消えてしまう所だった。折角書いた小説のデータも全て。

(よし。あと8%……7、6、5)

 そう、俺がカウントダウンを始めたときだった。

「準ー! ちょっと手伝いなー!」

 バーンと勢いよく俺の部屋の扉が開いた。

「うわっ!」

 勢いが強すぎだ。なんと開いた扉が壁に当たった反動で、本棚に置いてあった単行本がばさばさと机の上に落ちたのだ。それは丁度パソコンのキーボードの上で、あっと思ったときにはディスプレイが真っ黒になっていた。さっきまでのカタタタはジーという切ない音に変わっている。俺は泣きたくなる気持ちをなんとか抑えると、この大事件を起こした犯人を睨んだ。

「姉貴! ノックぐらいしろよ!」

 すると姉貴は悪びれた様子もなく「ゴメン」とだけ言うと、手に持った段ボール箱を床に置いた。姉貴の無神経さには呆れる。が、それは昔っからだ。そんなこといちいち怒っていたら疲れるだけだ。

「帰ってきてたんだ……それより、それ何?」

 俺が段ボール箱を指さすと、姉貴は長い髪の毛をかき上げてにんまりと笑んだ。赤い唇が半月を描く。今日の姉貴は化粧控えめだ。いつも出かける時なんかは「あんた誰だよ」って言いたくなるくらい塗ったくってるのに、今日は家に寄るだけだからと手抜きしたらしい。

「開けてみな」

 姉貴はそういうと段ボール箱を俺の方に蹴ってよこした。ミニスカートを履いてるのにそういうことするか? そういうことをするから、彼氏ができてもすぐに駄目になるんだ。

 俺は段ボール箱を椅子に座ったまま手で引き寄せると、それを開けた。何が入っているのかと期待して見れば、中にはパソコンのコード類とマウスと取り扱い説明書が入っていた。

「下で石ちゃんが待ってるから。あんた本体持ってきてよ」

「え? もしかしてパソコン……」

 聞かなくてもどういう状況なのか大体分かっているのだが、一応確かめる。すると姉貴はにたにた笑いながら、

「ノート買って貰っちゃった〜」

 と言ってVサインをした。

 やっぱりそうか。俺の予想通り、姉貴はノートパソコンを買って貰ったのだ。そして俺には姉貴が使っていたパソコンがお下がりとしてまわってくるというわけだ。

「姉貴使ってたやつって確か、CDーRW付いてたよな?」

「ついてるよ。DVDもRついてないけどあるし」

 DVD!? それって、コンボドライブか! 下まで行って重いパソコンを持ってくるのは面倒だと思っていたが、それを聞いたら急にやる気になった。

「ほら。ぼさっとしてないで、持ってきてよ!」

 姉貴にこき使われるのにも慣れている。俺は心の中で「やれやれ」と呟くと、パソコンを取りに向かった。  



 エレベーターを下りると、マンションの玄関前で石塚さんが車のトランクから荷物を出しているところだった。

 石塚さん。通称“石ちゃん”は姉貴の中学時代からの男友達で彼氏ではない。それでも石塚さんはいつも姉貴と一緒にいて、免許を取ってからはこうして雑用ばかりやらされている。それどころか石塚さんは、姉貴が男と別れればその度カラオケだ、やけ食いだと面倒なことにつきあわされたり、姉貴が面白半分にUFOを見に山へ行こうとか、河童を捕まえにどこそこの池に行こうとか、いつも子供っぽいことを言うのを本気にして一緒に遊びにいったりしている。

 ……そう、鈍い姉貴以外は皆気付いている。石塚さんはあのがさつで我がままな姉貴が好きなのだ。信じられないことに。

「石塚さん」

 俺が声をかけると、石塚さんはにっこりと微笑んだ。笑うと細い一重の目がさらに細くなる。

「準君、おはよう。ちょっとゴメン、これ出すの手伝って……」

「あ、はい!」

 俺は石塚さんのもとへ駆け寄ると、段ボール箱を掴んだ。重い。痩身の石塚さん一人では持てないくらい重い。一体何が入ってるんだ?

「こ、これ何っすか?」

「トラップエクササイズ2000」

「とらっ……?」

 俺は思いだした。『トラップエクササイズ2000』はちょっと前に、父の会社で売り出していたダイエットマシーンだ。20種類のトラップが仕掛けられており、それをクリアしながら運動することでダイエット効果があるという一風変わったダイエットグッズ。もちろんそんなもの、さっぱり売れはしなかった。在庫処分に困った父が1個を姉貴に、もう1個を母にプレゼントしていたのだが、飽きっぽい母がそれを使ったのは数えるほどだった。そして『トラップエクササイズ2000』はすぐに室内用の物干し竿と化したのだ。

「パソコン運ぶついでに、いらない物も運んでくれって言われて」

 石塚さんが苦笑する。俺はため息を付くと、山積みの段ボール箱を睨んだ。石塚さんの車はワゴンタイプの軽自動車だ。荷物がたくさん積めるのが利点だからといって、この量は……多すぎだ。

「捨てればいいのに」

「でもほら、優ちゃんて物捨てられないタイプだから」

 確かに。それでいつも姉貴は男に捨てられるのだ。

「ネットオークションにでもかければ、案外高く売れるんじゃない? 有る意味レアなものばかりだからさ」

 石塚さんのいうことは一理ある。だが『トラップエクササイズ2000』なんてレアすぎて売れないだろうと俺は思った。



 俺が荷物を全て家に運び終え自分の部屋に戻ると、姉貴がパソコンの前に座っていた。パソコンの電源が入っている。不思議なことに、あのカタタタという音が鳴っていない。画面表示もセーフモードの壁紙ではなく、見慣れた夜空の壁紙だ。

「何やってんだよ、姉貴!」

 パソコンを勝手につけるなんて、俺にプライバシーはないのか!? 俺は憤慨した。持ってきた段ボール箱を床に置くと、姉貴を怒鳴りつける。すると姉貴はきょとんとして、

「何よ。さっき切れちゃったから、ちゃんとつくか試しただけだって」

 と言った。本当だろうか? 俺が疑いの目で見ると、姉貴はなぜかにやりと意地悪そうに微笑んだ。

「な〜に〜? 見られちゃまずい物でもあんの〜?」

「え?」

 俺の頭に小説のことがよぎった。姉貴には見せたくない。友達に読まれるのだったらいいが、なぜか身内に読まれるのは恥ずかしい。すると、姉貴は俺が動揺したのを違う意味で取ったらしく、

「ま〜ね〜、あんたも年頃だし〜、そういう事に興味があるのは仕方ないけど……駄目よ。若いんだから。彼女作んなさい、彼女」

 というと俺の肩にぽんと手を置いた。この姉貴の表情かお。どうやら俺がパソコンの中に、何かいかがわしい類のデータを隠していると誤解されたようだ。

「何言ってんだよ、姉貴! 俺は別に」

 俺が焦って誤解を解こうとすると、

「いいから、いいから。おねーちゃんは優しいから、かあさんには黙っててあげるって」

 姉貴はにやにやしながら部屋を出ていった。

(っんだよ、本当に)

 俺は開けっ放しの扉を閉めると、乱暴に椅子に腰かけた。キャスター付きのデスクチェアがフローリングの床を滑る。俺はなんだか妙に疲れた気がしてふうと息を吐いた。

 本当は色々やることがあるのに全然進まない。

 俺はキーボードに手を伸ばすと、インターネットに繋いでいつものように“小説家になってまえ!”にアクセスした。作者ページにログインして、執筆中小説をチェックする。そこには滝谷先生が書いた例の小説の第二話があった。

「どうすりゃいいんだよ、続き……」

 本当のキラーパスというのはこういうものを言うのだ。俺はその小説を読んで、滝谷知花という作家を甘く見ていたことに気付かされた。

 滝谷先生の小説のできがとても良いのだ。所々誤字はあったが、短い文章の中に病気でずっと病院生活をしているヒロインの寂しさがうまく表現されていた。この作者の癖なのだろう状況描写が少々雑だが、舞台設定は十分伝わる。とても良い第二話だ。だがそのせいで、俺はケチをつけることができなくて困っていた。

「ここまで書けてるのに、一から考え直してくれとは言えないよな……」

 このヒロインの設定には大きな問題があった。病気がちでほとんど学校に来ていないヒロインと、不良で学校の授業をほとんどさぼっている男がどうやって出会うのか。二人が出会わなければ物語は進まない。俺には二人を出会わせる手段はたった一つしか思いつかなかった。

「怪我しかないよな……」

 俺の書いてる主人公を病院送りにしなければならない。ケンカで担ぎ込まれるか? それとも交通事故に遭うか? とにかく滝谷先生の書いたヒロインと出会わせるために、俺の方は無茶をしなければならない。

「確か、ラブコメって言ってたよな……」

 はじめの打ち合わせでは楽しく書けるのがいいからラブコメにしようと言っていた。なのに二人の書いた主人公達では、このまま行くと韓国ドラマか昼ドラなみのどろどろ愛憎劇になりそうだ。

 俺はその時滝谷先生は思いつきで書いているということを確信した。この人は後先考えずに走り出して、途中で道を間違えたり、転んで怪我をするようなタイプだ。

「とりあえず、パソコンセットするか」

 俺はパソコンの電源を切ると、姉貴からのお下がりのパソコンをさっき持ってきた段ボール箱から取りだした。ちゃんとプチプチで梱包してあるところを見ると、これを詰めたのは石塚さんだろう。面倒くさがりの姉貴がこんなことをするはずがない。

 俺は古いパソコンを机から下ろすと、新しいパソコンを机の上にセットした。場所ばかり取るブラウン管から薄型液晶にかわったおかげで、机の上がとても広くなった。とりあえず古いパソコンは、まだバックアップが終わってないのでそのまま床に置いておく。

「さすが省スペース」

 電源を入れる。ダダーンと効果音がなってパソコンが立ち上がる。俺はわくわくしながらスタートメニューをクリックした。すると、急にかわいらしい子犬の壁紙が真っ黒い画面に変わった。

 そして画面の中央に背筋が凍り付くような、恐ろしい言葉が表示された。

「このパソコンはハードディスクに問題があるため……?」

 

 な、何〜!!


 なんと、姉貴のパソコンはウィルスに感染していたのだ。

 俺は結局その後、3時間以上かけてそのパソコンを初期化することになった。

「なんで、俺ばっかり……」

 やっとパソコンが使える状態になると、俺は大きなため息をついた。思い返してみれば、物心ついたときから今までずっと損ばっかりしているような気がする。それもこれも全て、あの姉貴の弟に生まれてしまったことが原因だと言い切れなくもないが。

「ああ〜! いい、もう面倒くさい!」

 投げやりな気持ちで小説を書くなんてはじめてだった。だが、思いつきには思いつきで対抗するのが一番だろう。

 俺は思いきって、主人公を階段から落として複雑骨折させた。強引だろうが何だろうが、このままの調子では話が進まない。というか、俺はどろどろ愛憎劇など書く自信がない。思った以上にコメディな内容になってしまったが、書き直す気力もなくて誤字だけチェックするとそのまま送信した。

 むこうが何か言ってくるはずだから、書き直せばいい。そんな軽い気持ちだった。

 


 ……ところが。

 その第三話が、あの思いつき作家のコメディ魂に火をつけることになる。

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