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第十五話・美幸の悩み

「じゃ〜、これから体育祭の種目決めま〜す」

 教壇で千香ちかが教室を見渡しながら言った。小顔でうなじが見えるショートヘアーがとても可愛らしく、それにあの笑顔。まるで漫画やアニメのヒロインとしか思えない。とか思いながら、あたしは白いチョークで黒板に書かれた種目をぼんやりと見ていた。

 黒板には、

 短距離走 男子、女子二名ずつ

 障害物競走 男子、女子二名ずつ

 借り物競走 男子、女子三名ずつ

 二人三脚 男子、女子三名ずつ

 リレー 男子、女子四名ずつ

 バスケ 男子五名、補欠三名

 バレー 女子六名、補欠二名

 と書かれていた。

「短距離に出る人はリレーにも出れます」

 千香がそう付け足した。あたしは黒板から窓の外に視線を移した。グラウンドでは男子がリレーの練習をしていた。バトンを持った男子、沢村君が走ってる。あ、転んだ。

「美幸。あんた何やるの?」

 あたしは声がした方に振り返った。えみかが隣の久美の席に座っていた。肝心の久美はえみかの後ろで頬を膨らませていた。久美はえみかのセーラー服を引っ張るが、えみかは完璧に無視していた。

 あたしはもう一度黒板を見た。いつの間にか残ってる種目があとが僅かだった。え〜、どうしょ〜。

「……二人三脚」

 そう言うとえみかが千香に種目を告げた。千香は頷き、隣でメモをとっている田中君に何か言っている。

「そういえばさっきから暗い顔してるけど、具合悪いの?」

 えみかが顔を覗き込んできた。

「アメいる?」

 久美が両手にアメをたんまりと乗せながら言った。あたしはそんな二人に首を振ってみせた。

「大丈夫だよ」

 全然大丈夫じゃないけど。あたしは昨日の出来事を思い出していた。七海ちゃんに後押しを貰った事。九条君と一緒の傘に入った事。九条君に優しいと言われた事。……そして、告白出来なかった事。

「ホントに大丈夫? 顔色も少し悪いわよ?」

「ホント、大丈夫だから」

 あたしがそう言うとえみかは不満そうな顔をしたけど、何も言わなかった。

「じゃ〜、これで種目決め終わり〜」

 千香がそう言うとみんな鞄を持って帰ったり、廊下で待たせていた友達に合ったりした。あたしも帰ろ。鞄に授業道具を詰め込み、持ち上げた。

「美幸。早く行こ」

 えみかが鞄を背負いながら言った。あたしは首を傾げた。いつもなら「帰ろ」と言うのに。今日は何処かに行くのかな?

「行くって何処に?」

「何言ってるのよ、美幸。一昨日おととい美味しいアイス屋行くって言ったじゃない」

 えみかが信じられないと言いたそうな顔で言った。あたしは頭をフル回転させ、一昨日の事を思い出した。思い出した。えみかがたまたま見た雑誌でアイス屋の紹介されており、そこが以外にも近場だから行こうと言っていた。

「ごめん。忘れてた」

 あたしが俯きながら言うと、えみかは微笑みながら腰に手を置いた。

「早く行こうよ」

 久美は親にわがまま言う子供の様に足をばたつかせた。

「分かったから暴れるな」

 えみかは久美を軽く叩きながら言った。あたしはそれを見て少し晴れた様な気がした。過去を悔やんでも仕方ないよね。それがあたしだし。過去には戻れない。……戻りたいけど。

「じゃ、行こっか」

 あたしは微笑みながら言った。それを見たえみかは、安心したのかほっと溜め息をついた。

「やっと笑ったね」

 久美がにっと真っ白な歯を見せながら言った。あたしたちはいつもの様な笑い話をしながら学校を出た。





 あたしは銀色のスプーンでバニラアイスをすくい、口の中に入れた。アイスが口の中で溶け出す。

「う〜ん! 美味しい〜!」

 あたしはカップに入ったバニラアイスを食べながら言った。隣に座っている久美はチョコのアイスを食べながら携帯をいじっていた。何か最近よくいじってるけど、誰かとメールしてるのかな?

「美幸がそう言うなら来て良かった」

 前に座ったえみかがそう言いながらバニラアイスをスプーンですくった。あたしは夢中でバニラアイスを食べた。

「そんなに急いで食べたらお腹痛くするよ」

 えみかが笑いながら言った。

「だってこのアイス美味しいんだもん」

「ホントに美味しいよね」

 久美が口の周りをチョコだらけにしながら言った。あたしは思わず笑ってしまった。なんか一昔前の泥棒みたいな髭になってる〜。

「ちょっ、久美。あんた口の周り拭きなよ」

 久美はえみかを無視しながら食べ続けた。口の周りは更にチョコまみれになっていく。えみかは溜め息をつきながらティッシュで、久美の口の周りを拭いた。赤ちゃんみたいだなぁ〜。

「そういえば企画小説の方は進んでる?」

 えみかが久美の口を拭きながら言った。あたしは途端に昨日のメールの事を思い出した。李さんから「書けないのでどうすればいいでしょう」というメールが届いていた事を。

 あたしは落ち込みながらもアドバイスになるか分からない事を書いた。それで、何となく昨日の出来事も書いて返信した。でもその日に返信は来なかった。夜中という事もあったけど、きっと呆れて返信も送りたくもないのかも。

「……じゅ、順調かな」

「二人で書いてるんでしょ? 頑張ってね」

 あたしは頷きながらアイスを食べた。……あの小説どうなるんだろ。締切日も迫ってきたし。やめちゃうのかな。でもあたしはあの小説を絶対完成させたい。

 白いテーブルに置かれた久美の携帯が震えた。久美はゆっくりとした動作で携帯を取り、開いた。

「さっきから誰とメールしてるのよ」

 えみかがそう聞くと久美は不気味の笑顔を見せた。すかさずえみかの一撃をくらう久美。

「言いなさいよ」

「……誰だって良いじゃん」

 久美は頭を抑えながら言った。

「……もしかして彼氏?」

 えみかがそう言うと久美は顔を真っ赤にした。あたしは驚きながらも、

「ホントに?」

 と言った。すると久美は俯きながら頷いた。途端にえみかが笑い出した。

「良かったじゃん! 告白したの? それともされたの?」

 えみかが嬉しそうに言った。

「……された」

 えみかがさらに笑った。

「も、もう良いでしょ」

 久美は一気にアイスを食べた。

 あたしは複雑な心境にいた。本当は久美を祝福するべきなんだけど、何故かあたしは嫉妬していた。あの久美に彼氏が出来て、あたしには出来ない。あたしだけが。





「じゃあね、美幸」

「うん。また明日」

 あたしはえみかと久美と別れ、駅に向かった。いつもの様に定期券で改札口を通り、他校の人とホームで電車が来るのを待つ。しばらくすると電車がゆっくりとホームに滑り込んできた。あたしは電車に乗り、伊蒲駅で降りた。

 駅を出て真っ直ぐ家に向かおうとしたが、スーパーに寄る事にした。ポン太の餌が残り少ないのを思い出した。あたしは俯きながら自動ドアに開けて、中に入った。



 ドン!


 あたしは誰かとぶつかり、危うく転ぶところだった。あたしは慌てて謝ろうとぶつかった相手を見た。

「き、木下君」

「こ、河本」

 ほとんど同じタイミングで言ってしまった。それは良いとして、何で木下君がこんな所にいるの? そう思っていると、木下君の手に持った袋が目に入った。中身は卵とパン粉が入っていた。どちらも今日のお買い得商品だ。

「ご、ごめん」

 木下君が謝ってきた。あたしも慌てて頭を下げた。

「あ、あたしこそ。ごめんなさい」

 何故かあたしは緊張していた。あたしは木下君と会う度にいつも緊張してしまう。九条君の時とは少し違う様な気がする。なんて言えばいいんだろう。『怖い』に近いものかもしれない。いやいや、木下君は『怖い』というより『不気味』だ。って何考えてんだろ。あたしはこの考えを振り払った。

「あ、じゃあね」

 あたしはそう言って、木下君の横を通り改めてスーパーに入ろうとした。

「あ、あのさ」

 木下君が何か言ってる事に気づき、振り返った。

「余計なお世話だと思うけど、……昨日何かあったの?」

「え?」

 あたしは一瞬何を言ってるのか分からなかった。でも確かに木下君はそう言った。

「あ、いや。昨日たまたま河本が駅から出る所を見て」

 木下君はそう言いながら視線を反らし、左の頬をぽりぽりと掻いた。あたしは昨日の事を思い出した。

「何か凄く落ち込んでたみたいだったからさ」

 木下君はあたしの事を心配してくれているのだろうか。でも何でだろう。あたしは別に木下君と仲良しという訳でもないし。何でだろう。胸の辺りがもやもやしてる。

「あ、うん。ちょっと……ね」

「…………」

 木下君は何も言わずただ聞いていた。途端に、何故か不安が過ぎった。もしかしたら九条君に言ったのでは。……ありえないよね。でも、もし……。

「あ、あの。……言ってないよね?」

 あたしは恐る恐る聞くと、木下君は首を傾げた。そりゃそうだよね。いきなりそんな事言っても何の事か分かる訳ないよね。

「九条君の事」

 それを聞いて木下君は首を左右に振った。

「ホントに?」

「言ってない」

 あたしはそれを聞いてほっと溜め息をついた。

「元気出せよ」

 突然木下君がそう言った。本人も恥ずかしくなったのか、慌てて停めてた自転車に乗った。

「じゃあ」

「あ、うん。……じゃあね」

 木下君は急いで自転車をこいで行ってしまった。今思ったけど、木下君に「じゃあね」って言ったの初めてだ。いつも逃げる様に別れてるもんなぁ〜。何か新鮮。そう思いながらあたしはスーパーに入った。

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