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第十四話・準とネット作家

今回「小説家になろう」の作家さんをモデルにしたキャラクターが登場しますが、実際の人物とは全く関係がありませんのでご注意を!



 雨が本降りになり始めた。

 俺はゆっくりと灰色の空を見上げる。最悪だ。寄り道などせずに真っ直ぐ帰れば良かった。俺は風海堂の軒先でため息をついた。

 風海堂は、伊蒲駅近くにある画材屋だ。壁面がびっしりとツタに覆われていて、ぱっと見た感じお化け屋敷みたいに見える。なんでもここのオーナーは絵本の挿し絵なんかをしているイラストレーターで、建物の造りは彼女の敬愛する宮沢賢治の『注文の多いレストラン』をイメージして作られているらしい。イーハトーヴォというのだろうか。ここへくるとメルヘンの世界に迷い込んだような不思議な気持ちになる。

 俺がここへやって来たのはもちろん画材を買うためだった。風海堂は学割がきくので高い画材が安く手に入るのだ。

 だが……

「臨時休業って何だよ」

 扉には、急用で1週間休業するという張り紙が掲示されていた。わざわざ来たのに休みだなんて、ついていない。

 俺はもう一度空を見ると、振り返って自分の青い自転車を見た。実はついこの間自転車を盗まれて、新しいものを中古で買ったばかりだった。駅の駐輪場を借りて歩いて帰っても良いのだが、深夜警備のない駅の駐輪場に置いてまた誰かに持って行かれるのは嫌だ。

 あの占いが当たっているなどとは思いたくないが、本当に最近良くないことばかりがおこる。

(小雨になるまで雨宿りをしようか)

 いや駄目だ。俺には早く帰って確認しなければいけないことがあった。


 滝谷先生のメール……


 先日勇気を出して「書けないのでどうすればいいでしょう」と相談してみたのだ。その返事が来ているかも知れない。あの人はメールを送るとすぐに返して寄越すから、俺の情け無さに呆れても返事を送ってくれているはずだ。

(でも、一緒に書くのはやめようと言い出すかもなぁ)

 悲観的な考えが頭をよぎる。

 まだ企画までは日がある。滝谷先生の執筆速度なら、別の作品を書いても間に合うかも知れない。けれど俺と一緒にこのまま書いていたら、共倒れになる確率の方が高い。

 滝谷先生のメールが怖い。どんな返事を寄越すのか。俺がこんな状態なら、一緒に書くのをやめた方が本当はお互いのためにいいのかもしれない。

 でも……

 自分勝手だと分かってはいても、俺は滝谷先生と一緒にあの小説を書きたいと思っているのだ。他のものではなく、二人で書いた小説で企画に参加したいと思っているのだ。

(カステラ先生に応援されてしまったしなあ……)

 俺はネガティブな考えを頭から振り払うと、駅の方を眺めた。

 電車が入り、ぞろぞろと人が駅から出てくる。パッパッと灰色の景色に、たくさんの傘が色彩を添える。

 俺はぼんやりと忙しなく歩く人々を見ていた。するとその中に知っている人物の姿があった。

「河本?」

 最近よく遭遇するクラスメイトは透明のビニール傘を差し、暗い顔でふらふらと歩いていた。

 彼女のいつもと違う様子に、俺はどういうわけか胸騒ぎを感じた。何かあったのだろうか? そんなに仲が良いわけでもないのに心配になる。

 河本は俺には気付かずに、まっすぐ駅前のスーパーに入っていった。

(落ち込んでるみたいだったけど……)

 俺はなぜか河本の様子が気になって、スーパーの入り口から目を離せないでいた。自分のことで精一杯の俺が、他人のことなんか心配している場合じゃないというのに……


 ブーンブーン


 その時、ポケットの中の携帯電話が唸った。見れば一件メールが届いている。幼なじみのシバケンからだ。


『(。・ω・)ノ゛コン♪ 準く〜ん。ついに僕の新作ができたぞ〜。読んで感想聞かせておくれ♪

 そういや、女の子と一緒に小説書くってどうなった? めっちゃ裏山だぞ!(`ロ´;)

 僕も優しいお姉さんと一緒に小説書きたいなあρ(´ε`*)』

 

 シバケンは話すときは普通なのだが、メールはどうしてかいつもこんな絵文字だらけなのだ。

 俺はため息をつくと、鞄から折り畳み傘を取りだした。待っていても雨はやみそうにない。結局俺は手で自転車を引きながら、雨の中家に帰った。




 

 作者ページにログインして確認したが、滝谷先生からメールは来ていなかった。

 俺はマウスを動かすと、『感想評価』欄をチェックした。俺の書いている小説を読む人間はごく僅かなのだが、もしかしたらと思って毎日チェックしてしまうのだ。

 しかし驚いたことに、今日は一件評価が入っていた。それも、とんでもない人から。

「土左衛門先生……」

 なってまえ四天王の一人、『SFの貴公子』こと土左衛門先生から評価が入っていたのだ。俺は驚いて飛び上がりそうになった。

 実はこの間土左衛門先生の代表作を読んで感想を書いたのだ。前々から土左衛門先生の作品に興味があったし、プレゼント企画に参加するというのでこれを機会に読んでみようと思ったのだ。だがまさか、お返しに読みに来てくれるとは……案外律儀な人のようだ。

 俺はごくりと唾を飲み込むと、土左衛門先生からのコメントを読んだ。四天王から評価を貰うなんて緊張する。


“名前:土左衛門


 先日は拙作『陥没街』に感想をありがとうございます。作品、読ませていただきました。

 堅実な文章と読みやすい構成、見習いたいです。最後の落ちが弱かったような気がしましたが、そこまでの流れもみかんを使った伏線もとてもよくできていて違和感無く読むことができました。

 ただ、少しキャラが弱いですね。主人公の琢也は良いとして、ヒロインの人物像が浮かびにくいというか、魅力を出し切れていない気がします。そもそも由梨香はツンデレなんですよね? 外見描写のポニーテールは十分ツボを押さえているのですが、性格のバランス……『ツン』と『デレ』の割合がいけません。まずしゃべり口調ですが『私』ではなく『あたし』を使った方が快活なイメージが有り……(以下略)


 文章評価:★★★★☆ 作品評価: ★★☆☆☆ 出版:わからない ”


 すごいことになっていた。

 土左衛門先生が大のツンデレ好きだというのは噂に聞いていたが、ここまでとは知らなかった。なんと感想評価のコメントのうち2/3がツンデレキャラの作りこみに対するコメントになっているではないか。すごい。すごすぎる。

 土左衛門先生はもっとクールな武人みたいな人かと思っていたのだが、こんなに熱い所があるとは。

 俺はコメントに返事を書くと、大きく息を吐いた。

 

「そういや、シバケンの新作……」

 俺は慌ててブラウザのブックマークからシバケンの作者ページを選んでアクセスした。

 実はシバケンも「小説家になってまえ!」の作家なのだ。というか、そもそも俺に「小説家になってまえ!」で小説を書くことを薦めたのはシバケンなのだ。あいつは小学生の頃から童話を書いていて、何度か賞にも応募したりしていた。いつか自分の絵本を作るのが夢だとか言っていたっけ。

 新作というのはまた童話だろう。シバケンのヤツ……見た目熊みたいで女子から怖がられているくせに、可愛らしいものが好きなのだ。

「何々……『チュウ吉くんとチュウ子ちゃん』か」

 因みにシバケンのPNペンネームはポンデブーという。過疎状態の童話ジャンル作家の中では、結構有名人だ。

(そういやあいつも、又三郎さんの『プレゼント企画』に参加するって言ってたな)

 シバケンがどんな作品を書くのかは俺には分からない。

 正直なところ……長いつきあいだが、シバケンの作品はいつも「こういうものだ」と言い切ることができないのだ。

 今回の作品もやはり何とも表現するのが難しいもので、俺には野ネズミがかわいいということしか分からなかった。





 まだ、滝谷先生からメールは来ない。

 夕飯を食べ終え、時刻は8時を回っていたがメールの返事は来ていなかった。

 俺は一抹の不安を感じながら、「小説家になってまえ!」の交流サイト「アジト」にアクセスした。実は俺はこのサイトの評価依頼掲示板に『読ませて下さい』の書き込みをしていた。スランプに陥っている間、少しでも多くの作品を読んで勉強をしようと思ったのだ。

 昨日新しいスレッドを立てたのだが、依頼が3件も入っていた。


“2: 夜宵夕やよいゆう

 こんにちは。はじめまして。

 感想でも評価でもどちらでも良いのでお願いします。文字数は二千文字程度です。ではでは。m(__)m ”


“3: aipo

 李先生、こんにちわです(≧▽≦)/

 今回読んでいただきたい作品は、『月の王子さま』です。これはaipoが今年一番に力を入れている作品で、恋愛だけでなく現在の社会問題を取り入れた力作になっています。

 若い世代、特に若い女の子に読んで貰いたい作品です!! 酷評でもかまいません。ずばっと、率直な意見を聞かせて下さい(o^∇^o)ノ

 よろしくお願いしまぁす♪♪ ”


 この二人の作家の名前は、聞いたことがあった。夜宵夕先生は「短編の風雲児」と呼ばれ、あのカステラ先生のライバルとして有名だ。俺は一度この人の作品を読んでみたいと思っていたので、今回依頼を貰ったのは嬉しかった。

「aipo先生、絶対勘違いしてるな」

 俺はパソコンの前でため息をついた。

 aipo先生のコメントは俺を女性だと勘違いしているとしか思えなかった。

 若い女の子に読んで貰いたい……滝谷先生も最初俺を女だと勘違いしていたし、やはり俺の李というPNは女みたいな名前なのだろう。

(改名するべきなのか? だけどなあ、思いつかない)

 俺はとりあえず改名のことは保留にして、aipo先生の作品がどういうものなのか見てみることにした。企画に参加している間は混乱を招くから改名はするべきでない。それに李なんて、シバケンのポンデブーよりはずっとましだ。

 俺はaipo先生の小説URLをクリックした。そして、

「げ、まじかよ」

 画面を見て驚いた。なんと話数が全78部となっているのだ。

 長い。長すぎる……

 小説の長さ指定をしなかった俺が悪いのだが、まさかこんなに長い作品が来るとは思わなかった。

「さて、もう一つは……」

 俺は3件目の依頼文を読んだ。


 4:雁月がんづききなこ

 はじめまして。雁月きなこと申します。作品の評価をお願いします。

 小説のジャンルはファンタジー。文字数は五千文字程度です。

 この作品は、戦いの中で生まれた愛と葛藤をテーマにしています。私の中ではかなりの力作なのですが、読者さんがどう感じるのか知りたくて。率直な意見を、どうぞよろしくおねがい致します。


 その作者の名前は知らなかった。だが、文字数が5千文字程度というのは読みやすくて良い。俺は雁月先生の小説URLをクリックし、内容を確認した。

 画面が切り替わり、小説のトップページに赤字で表示された警告文……俺はその文字を見て凍り付いた。


 *警告*

 この小説はボーイズラブ(BL)要素を含みます。苦手な方はご注意ください。


「男がBLなんて読めるか!」

 ……この先生も俺を女だと勘違いしている。

 俺はパソコンの前で項垂れた。

 だが、こんな依頼が来たのも俺が読みたい作品について詳しく書かなかったのがいけないのだ。「小説家になってまえ!」の作家も色々。小学生からお年寄りまで、2千人以上の作家が登録しているのだから……


「……はあ」

 俺はなんとか気持ちを切り替えると、もう一度滝谷先生からメールが来ていないか確認した。

「来てないな……」

 いつもなら返事が来てもおかしくない時間だ。なのに全く反応がない。

 俺は何だか不安になった。


 ……もしかしたら滝谷先生は、おれが予想したとおり一緒に書くのをやめる気なのかもしれない。


 嫌な予感が現実になる。そう思うと暗い気持ちになった。

(なんで……滝谷先生は俺みたいなのをパートナーに選んだんだ? 最初からもっとちゃんと書けるパートナーを選んでいれば……そうだよ。こんな中途半端な状態で投げ出されるならいっそ、俺に声をかけなければ良かったんだ)

 自分がいけないのだと分かっていても、俺は滝谷先生を責めずにはいられなかった。

(又三郎さん……俺にはプレゼントはないみたいだ。俺は結局何をやっても駄目で、誰かと一緒に何かをするなんて、もっと無理だよ)

 憂鬱な気持ちで、俺はパソコンの電源を切った。


 その時の俺は、本当に自分のことしか見えてなくて……

 自分一人だけが大変だと思っていた。


 だから、その日の夜中入っていた滝谷先生からのメールを、俺は見落としてしまった。



ポンデブーのモデルは、ランデブー先生。

土左衛門のモデルは、「監獄街」の作者・俊衛門先生。

夜宵夕のモデルは、五分企画主催者・弥生祐先生。

aipoのモデルは、あいぽ先生。

雁月きなこのモデルは、神月きのこ先生です。(神月先生はBL作家ではありません!)

…あくまでもモデルですので。お許し下さいませ。感想お待ちしております。(by 北加)

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