第一話・美幸
北加チヤさんが退会されてしまったので、こちらに移しました。TASの方は近いうちに退会せますのでご了承下さい。では、不定期更新ではありますがまたこちらで続きを書いていくのでどうぞよろしくお願いします。
「……したがって、この答えは2X二乗プラス3Xプラス1となる」
教壇の上に立っているジョン・レノンの様な丸い眼鏡をかけた数学教師、金城先生が汚くなった黒板を赤いチョークで叩いて強調している。
あたしは黒板に書かれた暗号の様な数字や文字をノートに書き留めていく。こんなのが将来に役立つのかな。とか思いながら。
チャイムが教室に響く。他の生徒が一斉に腕を伸ばしたり、あくびをしだいた。あたしも教科書とノートを閉じ、眼鏡を外す。
「起立」
その掛け声でみんなだるそうに立ち上がる。あたしも例外ではない。そして、右斜め前にいる九条君を見た。耳を隠す黒い髪に、くっきりとした二重、整った鼻、全てが完璧。あたしはそんな九条君に恋をしている。今日も格好良かったなぁ〜。
「礼」
その掛け声で軽く頭を下げ、金城先生が教室を出ていった。教室に、賑やかさが戻った。あたしは教科書とノートを鞄に詰め込み、九条君の横顔を眺めていた。九条君が真っ白な歯を見せながら笑っている。それを見るだけであたしの心は癒されていく。
「何アホづらしてるの?」
失礼な。こんな失礼な事を言うのは一人しかいない。
「アホづらなんかしてない!」
あたしは隣の席にいるのほほんとした久美に視線を移した。見ると久美は聞いていないのか大好きなイチゴ味の飴玉を口の中に放り込んでいた。あたしが馬鹿みたいじゃない。でも久美はそういう人だからな、仕方ないか。
「おぅし。帰りのホームルーム始めるぞ~」
人の良さそうな顔をし、黒と白が混じった髪をした我らが担任の田島先生がそう言いながら教室に入ってきた。
「えー、特に連絡事項はない。気をつけて帰れよ」
そう言ってすぐに先生は逃げる様に教室を出ていった。先生は極度のめんどくさがりなのだ。それなら最初っから教師にならなければ良かったのに。とか思ってたけど、今となっては気にしなくなってきた。
「美幸。帰ろー」
声の先にはえみかがドア付近で手を振っていた。えみかの黒く長い髪は艶が良く、セーラー服と良く合っている。あたしの髪なんか癖っ毛で、中途半端な茶色が混ざった黒だ。どうして神様はこんな酷い事をしたのだろう。あたしにもあんな髪が欲しかったよ。
よく見ればえみかの横には久美も飴を舐めながら立っていた。そう言えば久美の髪も良いなぁ~。真っ直ぐでさらさら。あたしは学校に来る時はいつもブローするけど、風が吹けばマジックの様に戻ってしまう。なんか悲しくなってきた。
あたしは鞄を肩に背負い、九条君に「また明日」と言う。もちろん、心の中でね。ちゃんと口で言えば良いんだけど、あたしにはそんな勇気はない。
「遅いわよ」
教室の外に出ると、えみかは腰に手を置きながらそう言った。
「ごめん。沢村君とは一緒に帰らないの?」
「たーくん、今日は用事あるんだって」
このたーくん、本名は沢村達弥君はえみかの彼氏でかなりの馬鹿らしい。らしいと言うのは隣のクラスだから。でもえみかはこう言う。「例え馬鹿でもあたしはたーくんが好き。それだけよ」と。ホントに沢村君の事が好きなんだね。
「ねぇねえ、早く帰ろうよ~」
久美が駄々をこねる子供の様にあたしとえみかの袖を引っ張る。
「はいはい。良い子だから袖を引っ張るな」
えみかが久美の頭をべしべしと叩きながらそう言った。久美は真っ白な歯を見せながら笑う。えみかが更に叩く。その内、久美が「痛い」と言い出した。まあ、あれだけ叩かれたら痛いだろうね。
「じゃ、帰ろっか」
あたしがそう言うとえみかは叩くの止め、久美はあたしの横に来た。
「痛いよー」
あたしは笑いながらも久美の頭を撫でた。
「待てー! 木下ー!」
後ろから大きな声が聞こえて振り返った。後ろから一人の男子が走ってくる。
「俺の為に宿題を教えてくれー!」
さらにその後ろからノートを持って走る男子がいた。
「今日は用事があるんだってば!」
そう言いながら、あたしの横を木下準君が一瞬の内に通り過ぎていった。そのあとを加賀博正君が追いかけていく。どちらもクラスメートで九条君の側にいる人たち。
「木下も大変だよね」
えみかがぶつりと呟いた。あたしは確かにと頷く。その会話についていけない久美は首を傾げる。それぐらい分かろうよ。
学校を出ると少し冷たいけど、涼しい風が吹いていた。
「そういえば小説どうなのよ」
「え?」
あたしは小説を書いてる。もちろん、今話題になってる携帯小説ってやつ。
「あっ、あたしあれ好きだったな~。あのお母さんの畑の……」
久美が言い終わる前にえみかが一発。
「それは美幸のじゃないでしょ。チヤって人の作品じゃん」
「じゃ~、自分が何者かわか……」
再び一発。
「痛いよー」
久美は薄らと涙を浮かべながら自分の頭を撫でていた。今更だけど、えみかはドSなのだ。しかも自覚がないから、かなりたちが悪い。なんて言ったらどうなる事やら。
「企画小説作るんでしょ? 期待してるよ」
えみかは何事もなかったかの様に笑顔でそう言った。確かにあたしは企画小説を作るけど、まだ何も決まってないんだけどね。
「そう言われるとプレッシャーだなぁ」
「痛いよー」
再び久美があたしの横に来た。
「えみかが苛めるよー」
「ごめんごめん。帰りに大好きな飴買ってあげるから」
久美は笑顔でえみかに飛びつく。
「やったー!」
久美って単純な人だなぁ~。
しばらく住宅街を談笑してると、あたしが登下校に使う大きな駅が見えてきた。
「じゃ、また明日」
「じゃぁね~」
えみかと久美が手を振る。
「また明日」
そう言ってあたしも手を振った。駅の前にある大きな通りを渡り、定期券を出して、改札口を通る。ホームには他校の制服があちらこちらに見える。程なくして、アナウンスと共に電車が速度を落としながらホームに滑り込んできた。扉が開き、中に乗り込んだ。あたしはあいてる座席に座り、動くのを待った。ホームに出発のベルが響き、扉がゆっくりと閉まる。電車がゆっくりと動き出し、次第に速度が上げていった。窓から見える住宅街が流れているかの様に見えた。
『まもなく、伊蒲。伊蒲』
アナウンスが流れ、あたしは座席を立ち、扉の横にあるポールの様な手摺りに捕まった。速度が落ち、ホームに滑り込む。扉が開いたのでホームに降りた。
定期券を持って改札口を通る。駅から静かな住宅街に出ると自然と落ち着く。やっぱりうるさい所より静かな所が良いな。
「すぐるー! こっちこっち!」
後ろを見るとあたしより背の高い、色白で右頬に小さな黒子がある美少女が立っていた。なんて綺麗な人なんだろう。思わずそう口にしそうになってしまった。
「そんなに大きな声出すなよ真紀。恥ずかしいだろ」
右方向から顔を赤くしたあたしと同じぐらいの背丈の男の子が小走りで後ろの美少女の元に向かう。あたしは居心地が悪いので足早にその場を去った。
「ふぅ~。あの人たちカップルなのかな」
そんな事を呟きながらスーパーに向かった。少し歩いているとお母さんが働いている真っ白な壁で清潔感のあるスーパーが見えてきた。あたしはスーパーに乗り込んだ。目指すはアイス売場。
冷凍食品が置かれた所に並ぶ様にアイスが置かれていた。あたしはカップ型のバニラアイスを手近にあったかごに二十個投げ込んだ。カップ型のバニラアイスはほぼ無くなった。
かごを持ってレジに向かう。レジにはあたしより背が高く、小太りのおばさんがいた。
「あら美幸ちゃん。またこんなに買ったの?」
この人はお母さんの知り合いで大橋さん。あたしはこのスーパーに毎週木曜日に開催されるアイス半額デイに大好きなバニラアイスを買いによくここに来る。そして、いつも大橋さんのレジを通る。それが自然の流れになっていた。
大橋さんはせっせと袋にバニラアイスを詰め込んでいく。あたしはお金を置き、アイスが入った袋を受け取る。大橋さんはお金をレジの中に入れ、お釣りが出てきたのを差し出す。
「気をつけて帰るんだよ」
「はい」
お釣りを受け取り、スーパーを出た。七分ぐらい歩くとあたしの家が見えてきた。そして家の前にはあたしを待っていたかの様に愛猫のポン太が寄ってくる。ポン太はあたしに一番懐いているのだ。
「よしよし。お家に入ろっか」
ポン太の頭を撫で、玄関のドアを開けた。あたしが入り、ポン太が入ったのを確認してドアを閉める。
「ただいま~」
玄関には既に見慣れた靴が隅に並べられていた。どうやら彼氏さんがいるみたいだ。
靴を脱ぎ、右にある靴入れの上にあるタオルでポン太の足に付いた汚れを落とす。タオルを元の位置に戻して、ポン太と一緒に左にあるリビングに入った。 正面にはソファーとテレビが置かれ、右にはお父さんとお母さんの寝室がある。左にはキッチンがあった。
あたしはアイスを冷蔵庫に入れようとキッチンに向かった。袋からアイスを出し、冷蔵庫に綺麗に入れる。ついでに先週買ったアイスに手を伸ばしたそこで、ある事に気づいた。
「また減ってるよ」
昨日まで十個だったアイスが五個になっていたのだ。この家であたし以外にこのアイスを食べるのは一人しかいない。
「おのれ~、睦美め~」
あたしのこの世でたった一人の妹が睦美なのだ。そして玄関で見慣れてしまった靴は何を隠そう、その妹の彼氏のである。姉を差し置いてリア充になるなんて!
やけになったあたしは、アイスを一つ出して台所にあったスプーンを掴んで一気にアイスを食べ尽くした。ゴミ箱に空になったアイスの容器を入れて、再び冷蔵庫に手を伸ばす。しかし、その手を叩いた。
「危ない危ない」
あたしはアイスを一日一個と決めていた事を思い出した。全てはダイエットの為! 我慢、我慢。
「にゃー」
足下を見るとポン太が見上げていた。なんて可愛いんだろう。
「ごめんごめん。今取ってくるね」
あたしは台所にあるキャットフードを取り出し、小皿に盛りつけた。その皿を持って二階に上がる。ポン太も階段を上がってくる。
右にある睦美の部屋を通り過ぎ、奥にあるあたしの部屋に入った。緑のカーペットに小皿を置くと、すぐにポン太が食べだした。
あたしは鞄を置き、制服を脱いだ。水色のブラジャーの上から白いTシャツを着る。下はジャージを履いた。目の前にある机に置かれたパソコンを起動させ、椅子に腰を下ろす。
ポン太を見ると、綺麗に食べてポン太専用のクッションの上で丸くなっていた。
「幸せそうだなぁ~」
そう言ってパソコンに向き直り、インターネットを開く。開いてる間に鞄から眼鏡ケースを取り出し、眼鏡をかけた。
お気に入りを開き、サイトを開いた。「小説家になってまえ!」と画面の上に大きくと映った。
この「小説家になってまえ!」というサイトを作ったのは竹さんと呼ばれる人で、たまに小説を投稿している。だけど知ってる人はほとんどいない。あたしも最初は知らなかった。
あたしもここの住人で、小説を書いてる。まずメッセージ確認と。クリックしていくと作者専用のページが出てきた。そこに新着メッセージと映っていた。そこをクリックする。
“こんにちは! 滝谷知花さん! 参加ありがとうございます。今回はどうぞ宜しくお願いします。では良い作品をお待ちしております。”
送り主はこの企画を作った又三郎さんからだった。滝谷知花というのはこのサイトの中のペンネームだ。
でも企画小説に参加したのは良いけど、肝心の話は全然思いつかないよ。
「あははは。そしたらその二人さ、同時に転けたんだよ? 信じられる?」
二人? そうだ。二人で一緒に作品を作るのはどうだろう? 今までにないよねこんなの。
あたしは早速企画に参加してる人を見てみた。だけど知らない人ばかりだった。何人かは何て読むか分からない人もいた。さらに探してみる。
「あれ? この人も参加してるんだ」
そこにはつい最近知り合った李さんの名前が載っていた。李さんは文章力があり、面白い作品ばかり書いてる。
「この人とだったら面白い作品作れそうだなぁ~。それに女の人だしね」
あたしは早速メッセージを送る事にした。だけど途中でキーボードを叩くを止めた。あたしは馬鹿だ。肝心の話を考えてなかったー!
突然うなる様な音が部屋中に響き渡った。あたしはその音にびっくりして体をびくつかさせた。その時、
「痛っ!」
右足の小指を机の角にぶつけてしまった。あたしは痛みに耐えながら制服のポケットに入れた携帯電話を取り出し、画面も見ないで、電話に出た。
「もしもし?」
『遅いよ~。もう出ないのかと思ったじゃん』
左手でぶつけた小指をさする。痛いよー。思わず久美と同じ事を言ってしまった。もちろん、心の中で。
「ごめんね」
『別にいいよ』
この電話の相手は加奈子。中学の時まで一緒だったけど、高校は別々になってしまった。その原因はあたしにあるけど。
『そういえば、美幸ってまだあの九条なんとかって人好きなの?』
「聖だよ。九条聖」
思わずムキになってしまった。
『まあ、それはいいんだけど。告白しないの? もう一年も経つんだよ?』
「こ……告白なんて……出来っこないよ」
受話口から加奈子の綺麗な笑い声が聞こえてきた。なんか馬鹿にされてる様な。
『その山を越さないと。先越されちゃうぞ』
「それも嫌だなぁ~」
そんな事を言いながらまだ若干痛む小指をさする。
「……考えてとく」
先に考える事があるが。…………これだ!
「ごめん! また後で掛け直すから!」
『え? なんて……』
そのまま切ってしまった。罪悪感が残るが、あたしは再びパソコンと向き合った。文字を打ち込む。
話は大雑把だけど、男女の成長物語なんてのはどうだろう? 笑いあり。涙あり。そして企画小説のテーマでもある、プレゼントありな作品だ。……ちょっと難しいかな。
取り合えず送信してみた。返信が今日返ってくるか分からないけど、あたしはダイエットグッズの一つで遊んでいた。青く大きな玉に仰向けになって乗り、転がったりしてみる。
「にゃー」
ポン太がドアを引っかいていた。あたしは黙ってドアを開けてやる。ポン太は瞬く間に階段を下りていた。
メッセージを確認して見る。新着メッセージ一件と映っていた。早速クリックして内容見てみる。
“滝谷知花先生、お久しぶりです。お誘い有り難う御座います。なんか面白そうですね。是非ともやらせて下さい。”
あたしはその後、大雑把な内容と二人の頭文字を取ってTASというペンネームでやろうと返信した。