ただ馬鹿にされたくないだけ
高校二年の島田由紀子は体育の時間が憂鬱だった。
「ねえ、島田さんの姿勢何かおかしくない?」
「島田さん、さっきもボール取れなかったよね。マジでどうやったらそうなるの?」
「まあまあ、運動音痴なんだから可哀想じゃん」
同じクラスのスクールカースト一軍女子達がクスクスと由紀子のことを小馬鹿にしたように笑っている。
「島田さん、ちょっと」
由紀子は体育教師に呼ばれた。
「あのね、島田さん。レシーブのフォームはこう。腰をもっと落として。ああ、落としすぎ」
由紀子は体育教師に言われた通りのフォームにしたつもりだが違うらしい。
「うわっ」
「おっと、島田さん大丈夫?」
おまけに由紀子はバランスを崩して床に尻もちをつき、体育教師に心配されてしまう。
「うわ、島田さん転んでる」
「鈍臭過ぎない? バレー部の初心者の一年ですらもっと出来るのに」
「ダサ過ぎ。だから島田さんと同じチーム嫌なんだけど」
一軍の女子達は相変わらずクスクスと小馬鹿にしたように由紀子を笑っている。
(別に私は運動が苦手なだけで何も悪いことはしてないのに)
由紀子はカースト上位女子達の反応に納得いかなかった。
「由紀子ちゃん、お疲れ様」
「詩穂ちゃん……」
体育の授業が終わり、由紀子は別の競技を選択していた同じクラスの友人、田中詩穂と合流した。
「由紀子ちゃん、何かあった?」
詩穂は心配そうに由紀子の顔を覗き込む。
「私、運動が苦手なだけで何も悪いことしてないのに……」
由紀子は詩穂の肩に顔を埋め弱々しい声を出す。
「ああ、また山下さん達に何か言われたの?」
由紀子は詩穂の肩に顔を埋めたまま頷いた。
「そっか……」
詩穂は困ったように苦笑する。
「私も詩穂ちゃんと同じバドミントンに希望出してたのに」
「バドミントン、希望者多くて由紀子ちゃんはバレーボールに回されちゃったもんね」
「もう最悪。体育なんか出たくない」
「うん。私も体育そんなに得意じゃないから分かるよ」
「でも授業出ないと留年になるし……」
由紀子はため息をついた。
由紀子と詩穂は、スクールカースト三軍に分類される地味な女子だ。
一軍でバレー部の山下達に文句を言うことは出来ない。
スクールカーストは中々厄介な不文律。一軍は好き勝手出来るのに、三軍は教室の隅の方で身を縮めるしかない。
(別に一軍になりたいわけじゃない。ただ詩穂ちゃんや他の友達と心乱されず平和に過ごしたいだけなのに)
由紀子はため息をついた。
体育の時間以外にも、由紀子は理不尽な思いをしていた。
女子トイレから出て、手を洗いたい時のこと。
手洗い場には山下達が陣取り化粧を直している。
「あの……手、洗いたいんだけど」
由紀子は控えめに言うと、山下達は不快そうな表情をする。
「は? 今ウチら使ってんじゃん。見て分からない?」
「空気読んでよ」
「ああもう、どいたよ。これで満足?」
一人は嫌そうな表情だが一応手洗い場を空けてくれはする。
「ごめんね、ありがとう」
由紀子は身を縮めながら手を洗い、素早く女子トイレを後にした。
「本当あり得ないよね、島田さん」
「体育の時もね」
由紀子をクスクスと小馬鹿にしたように笑う声が聞こえてしまう。
(……どうして私が謝らないといけないんだろう? 私、何も悪いことしてないのに)
いじめを受けているわけではない。詩穂のような友達もいる。しかし由紀子はただ毎日ひたすらちょっとした理不尽に耐えながら学校生活を送っていた。
◇◇◇◇
この日の放課後、由紀子は予備校で講義を受けてから一人で家に帰る途中だった。
「ちょっと、そこの貴女」
そんな由紀子は話しかけられた。声の方を見ると、魔女のような装いの老婆がいた。
「何ですか……?」
由紀子はやや後ずさりをしながら対応する。
(何この人。何か怪しい……)
「そう警戒しなくても」
警戒心をマックスにする由紀子に対し、老婆は面白そうに笑った。
「貴女、今人間関係か何かで悩んでるでしょう? そんな貴女にピッタリのものがあるの」
老婆は由紀子にあるものを渡す。イーブルアイと呼ばれる魔除けに似たキーホルダーだ。鞄に付けるのに丁度良い大きさである。
「これ……何ですか?」
知らない人からものを受け取ってはいけないと幼い頃に習った由紀子だが、それを思い出す前にキーホルダーを握らされていた。
「自分に向けられる他人の反応をコントロール出来る道具さ。他人の反応を自分の思い通りに変えられる」
「えっと……」
きっと揶揄われているだけだ。由紀子はそう思った。しかし、冷たくあしらうことは出来ない。
「信じてないね。まあ良いさ。ただ、この道具は他人の感情を根本的に変えられるわけじゃない。貴女に対する反応を変えることが出来るだけ。反応を変えられた人間は自分の意思とは違うことをさせられるのだから、その人にかなりストレスは溜まるね。それと、この道具は壊れることもある。特に自分に脈なしの異性に自分のことが好きだと言わせたりするならね。脈なしの相手の反応を無理矢理変えるんだから道具にも負荷がかかる。壊れたら今までの反動が一気に貴女に返って来る。例えば相手から物凄く責められたりとかね。だから使い方には注意しないといけない」
魔女はニヤリと笑う。
心底胡散臭い。そう思ったが、何となく由紀子は聞いてみる。
「例えばスクールカースト一軍の人達から運動音痴とかを馬鹿にされたりするとして、そういった反応を変える場合は壊れますか?」
「ああ、その程度なら一気に千人の反応を変えるようにしたとしても百年は壊れずに持つね」
「そうですか……」
由紀子は老婆からもらったキーホルダーをまじまじと見る。
「ま、使うか使わないかは貴女次第だよ」
老婆はそう言って由紀子の目の前から消えた。
「……何だったんだろう?」
由紀子は狐につままれたような感覚だった。
「相手の反応を変える……」
由紀子はキーホルダーを強く握る。
「もう二度と、山下さんとかスクールカースト一軍の人達やその他の人達から体育の時とか他の時間も馬鹿にされたくない。ただ詩穂ちゃん達と平和に過ごしたい」
気付けばそう口にしていた。するとキーホルダーが光ったような気がした。
「……まあ、そんなわけないよね」
日は傾き、もうすぐ夜が始まろうとしている時間だ。早く帰らないと、親が心配する。とりあえず由紀子はキーホルダーを鞄にしまい、家に帰るのであった。
◇◇◇◇
その翌日。
この日もまた体育がある。
由紀子は体操服に着替えて憂鬱な気分で体育館へ向かった。
しかし、この日の山下達の反応は昨日とは全く違った。
先程由紀子がサーブをネットに当ててしまった時のこと。
「どんまいどんまい」
「気にしないで」
「次行こ、次」
山下達は由紀子を馬鹿にして笑わず、普通に優しく声をかけてくれる。
おまけに体育教師からフォームの指導が入っても馬鹿にした反応は一切示さない。
(これ、もしかして昨日謎の魔女っぽい人からもらったキーホルダーの効果……!? まだ鞄の奥底にしまったままだけど)
もしかしたら本当に人の反応を変えられる道具なのかもしれないと思う由紀子。それと同時に、壊れたら反動で相手から責められるということも思い出した。
(別に好きな人はいないし、馬鹿にされないくらいなら百年持つんだよね……)
由紀子は体育教師からフォームをレクチャーされながらそう考えていた。
「あの、手、洗いたいんだけど」
体育が終わった後、昨日と同じように女子トイレの手洗い場を占領していた山下達に由紀子はそう言った。
「あ、ごめん」
「どうぞどうぞ」
「化粧直してるウチらが悪いもんね」
山下達は優しく由紀子に譲ってくれた。
「……ありがとう」
由紀子は気持ち良く手を洗うことが出来た。
(これで平和に過ごせる)
由紀子は晴れやかな気持ちになった。
それ以降、由紀子は詩穂達と平和な学校生活を送ることが出来た。
しかし、由紀子の知らない場所で歪みは生じる。
まず、バレーボール部の山下は、由紀子に対する反応を無理矢理変えられたことによるストレスがピークに達していた。その影響で、部活の後輩に嫌がらせをしつこく繰り返してしまう。それにより、山下は停学になった。
そして山下が停学になったことにより、攻撃する理由が出来たということで、山下とつるんで由紀子を馬鹿にしていた一軍メンバーはこぞって陰で山下を激しく攻撃する。それにより山下は不登校になってしまった。その他にも、由紀子を馬鹿に出来なくなった生徒達は歪みを抱え、由紀子とは無関係の場所で爆発してトラブルを抱えている。
しかし由紀子はそんなことを知らずに平和に過ごしていた。
「そういえば最近山下さん学校来てないね」
詩穂が空いている山下の席を見て首を傾げていた。
「体調悪いのかな?」
何も知らない由紀子も首を傾げるだけであった。
老婆はそんな由紀子の様子を観察していた。
「ありゃま。普通は恋愛とかもっと大きな欲に忠実に動いて破滅するもんなんだけどね。随分と賢い使い方をする子に出会ったものだね」
老婆は意外そうに目を丸くしている。
「ま、そんな子を観察するのも面白そうだ」
老婆はニヤリと口角を上げ、その場から姿を消すのであった。
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