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サグラダ・ファミリア建設RTA、オリチャー発動から90年が経ちました

作者: まくらない
掲載日:2026/06/10

## 一


申し上げます。申し上げます。視聴者のみなさま。わたくし、サグラダ・ファミリア建設RTAの計時係を相つとめております者でございます。家業でございまして、わたくしで五代目。本日、二〇二六年六月十日をもちまして、計測五万二千六百七十八日に相成ります。


計測の開始は一八八二年三月十九日、聖ヨセフの祝日でございました。礎石が置かれ、司教さまが祈られ、わたくしどもの初代が、懐中時計の竜頭を押しました。以来、百四十四年。時計は一度も止まっておりません。


教会を建てるのにリアルタイムアタックも何もあるものか、と、お笑いになりますか。ごもっともでございます。わたくしも入りたての時分、同じことを父に申しました。すると父は、こう申しました。寄進で建ち、祈りで建ち、いつ終わるとも知れぬものを、それでも測りつづける、測ることだけが人間の側の仕事だ、と。よく分かりません。分からぬまま、三十年、測っております。


レギュレーションをご説明いたします。第一条、計測を止めてはならない。止めた時点で、記録は無効でございます。第二条、リセットは存在しない。石を積み違えました場合は、リセットではなく、積み直しでございます。積み直しも走りのうちでございます。第三条、本競技は寄付走でございます。観客のみなさまの喜捨のみによって走路が延びる建て付けでございまして、これは贖罪聖堂という発足当初からの規定でございますから、しょうがないのでございます。


並走者は、おりません。先行記録といたしましてはケルン大聖堂の六百三十二年という走りがございますが、あちらは途中、三百年ちかく計測が止まっておりますので、第一条により、参考記録の扱いでございます。よってわたくしどもは現在、世界記録保持者でございます。同時に、世界最下位でございます。走者が一組しかございませんと、そういうことに相成るのでございます。


## 二


歴代の走者は、九人でございます。


初代ビリャール氏は、一年で降りられました。柱の石を無垢にするか否かで顧問と揉めて降りられた、と記録にございます。二代目が、ガウディでございました。交代時、三十一歳。引き継ぎの時点で、走路図——わたくしどもはチャートと呼んでおりますが——を、ほとんど全部、引き直してしまわれました。新人が、でございます。委員会は黙認いたしました。黙認するほかない引き直しであったと、伝わっております。


二代目の走りを語り継ぐのも計時係の務めでございますので、語らせていただきます。あのお方は、まず、ほかのカテゴリをお捨てになりました。グエル公園を終え、カサ・ミラを終え、新しい依頼を断り、断り、晩年の十二年はこの一本でございます。工房に寝起きなさいました。身なりに構わなくなりました。食事をお忘れになりました。それから、チャートの引き方が、尋常ではございませんでした。天井から紐を吊るし、紐の先に小さな砂袋を提げ、鎖の垂れるかたち——懸垂線と申します——をこしらえて、それを逆さまに写真へ撮る。垂れた鎖をひっくり返せば、そのまま、最も無理なく立つアーチの形になっておりますので。つまり二代目は、チャートを、ご自分ではお引きにならなかった。重力に、引かせたのでございます。


四十三年、走られました。五百十六の月でございます。およそ一万五千七百の朝でございます。完成はいつかと記者に問われ、二代目はお答えになりました。わたしの依頼主は、お急ぎではない。


一九二六年六月七日、グラン・ビアで路面電車にはねられました。身なりがあまりに粗末で、世界一の走者であると、しばらく誰にも分かりませんでした。六月十日、ご逝去。走者交代の手続きが取られました。ご遺体は当聖堂の地下に葬られております。すなわち二代目は、ただいまもコースの中においでになるのでございます。走路の中に走者が眠っております競技は、世界広しといえども、当競技のみでございます。


## 三


一九三六年七月のことを、申し上げねばなりません。これは、わたくしの家の話でございます。


内戦が始まりまして、武装した人々が聖堂に入りました。地下が荒らされ、工房に火が放たれました。工房には、二代目が四十三年かけてお作りになった石膏の模型と、図面の束と——つまりチャートの原本一式がございました。それから、計時機がございました。当夜の当番は、わたくしの曾祖父でございます。


曾祖父は、火の中で、計時機を抱えました。


模型ではなく、でございます。図面ではなく、でございます。規定第一条計測を止めてはならない止めれば五十四年の記録が無効になりケルンと同じ参考記録に落ちるそれだけを考えたのであろうと申す者もございますが本当のところは分かりません、なにしろ曾祖父は煙の中を計時機ひとつ抱えて転がり出て、それきり生涯、あの晩のことを語りませんでしたので。理由は、誰も聞いておりません。


模型は砕け、図面は灰になりました。チャートは、この世から消えました。


計測は、止まりませんでした。


以後の走りは、すべて、オリチャーでございます。オリジナル・チャート。本来の走路図を失ったまま、走者がおのれの判断で線を引き足してゆく走法を、業界ではこう呼びならわしております。よその競技では、嘲りの言葉でございます。当競技では、九十年続いております。三代目からの走者たちは、砕けた石膏の破片を拾い、貼り合わせ、古い写真と突き合わせ、二代目ならばここをどう走られたかを逆算し、線を引いては、その線の上を走り、走りながら、また次の線を引いてまいりました。受難の側の彫刻は角張りすぎている、二代目ならこうは走らない、というお便りも、長年たくさん頂戴いたしました。彫る方は彫る方で、ご自分の線をお引きになったまででございます。オリチャーとは、そういうものでございます。


近年は、航空機を設計いたします計算機のソフトで石の曲面を割り出し、切削は機械がいたします。それはもうTASではないか、道具に走らせているのではないか、というお便りも頂戴いたします。委員会の見解は一貫しております。石を据える手が人間である限り、本競技はRTAである。以上でございます。


チャートを焼きましたのは、戦火でございます。けれども、チャートより時計を選びましたのは、わたくしの家でございます。オリチャーの九十年の、半分は、わたくしの家の引き起こしたことでございます。それを一度申し上げたくて、本日、マイクの前に座っております。


## 四


本日の朝の業務を申し上げます。五時、起床。六時、広場のモニター設置に立ち会い。七時、清掃。八時、椅子並べ。九時より、寄付の読み上げでございます。ご寄付、ありがとうございます。ご寄付、ありがとうございます。みなさまがお求めになりました入場券は、一枚残らず、寄付として走りに計上される規定でございます。年におよそ四百五十万のみなさまが、すでにスポンサー欄にお名前を連ねておいでです。ご寄付、ありがとうございます。


午前のうちに、教皇さまがお見えになります。レオ十四世であらせられます。ミサを挙げてくださいますが、念のため申し添えますと、教皇さまがタイマーをお止めになるわけではございません。本日は主塔の祝別でございます。完走では、ございません。


見上げますと、塔でございます。イエスの塔、百七十二メートル半。ウルム大聖堂の百六十一・五三メートルを抜きまして、教会としては世界でいちばん高うございます。毎朝見上げて、毎朝、首が痛うございます。なぜ百七十二メートル半で止めたか。市の南にモンジュイックの丘がございまして、およそ百七十三メートル。人の作るものが神のお作りになった丘を超えてはならぬ、というのが二代目のお考えであったと伝わっております。つまり上限のレギュレーションだけは、最初から、依頼主の側でお決めになっていたわけでございます。下限は、ございません。


頂上の十字架は、高さ十七メートル、幅十三メートル半。去年の十月二十七日に最初の部材が載り、今年の二月二十日に最後の部材が載りました。中に螺旋階段が通っておりまして、十字架の中を人が昇る設計でございます。よくよく考えますと、おかしい。おかしいのでございますが、走路図にそうございますので、しょうがないのでございます。


六年前、疫病で走者の足が止まりました折も、計測は止まっておりません。走者が止まることと、時間が止まることとは、別でございますから。


さて、視聴者のみなさまからいちばん多く頂戴いたしますご質問にお答えして、お開きといたします。いつ、ゴールなのか。二〇一〇年の奉献——ともかくも教会として用をなした時点でございます——をもってクリアとする派がございます。本日の主塔完成をもってクリアとする派がございます。栄光のファサードと大階段の済みます二〇三四年ごろの全体完成のみを完走と認める派がございます。委員会は、沈黙しております。と申しますのも、ここだけの話でございますが、タイマーの止め方の規定が、まだ、書かれていないのでございます。百四十四年、誰も書いておりません。誰が書くのかも、決まっておりません。


依頼主は、お急ぎではないのだそうでございます。それで近ごろ、ふと思うのでございます。ケルンの六百三十二年に比べれば、わたくしどもの百四十四年は、駆け足でございました。駆け足が、すぎたのではないか。


本日より、十字架に灯が入るのだと伺っております。昼も夜も、消えない設計だそうでございます。


消し方は、伺っておりません。

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