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君がいて幸せ

作者: 凧39
掲載日:2026/04/21

ゲーテ格言集

「——なすべきことを欲しはするが、それをなし得ない。なすべきことをなし得るが、それを欲しない。欲し且つなし得るが何をすべきかを知らない。」


「……長いな」


俺、赤池慎太郎は、本を閉じた。


「何言ってんだよ、これ」


改めて本を開き、指でその一文をなぞる。


「“やるべきことは分かってるけど出来ない”ってことか?いや…違うな」


考えたが、すぐにやめた。


「…まあいいや」


机に向かう。


「とりあえず宿題やるか」


翌日、学校。


「はい、じゃあ今日は“自分の特技や趣味”を発表してもらいます」


先生の一言で、教室がざわつく。


「俺、バスケ得意っす!」

「勉強かな。テストは毎回90点以上」

「ゲーム大会出たことある」


野澤、桐生、戸塚が順番に特技を発表する。


「すげーじゃん!」

「お前それプロいけるだろ!」


クラスメイトの楽しそうな声が飛び交う。俺は、ずっと黙っていた。


(みんな…ちゃんとあるんだな)


ふと、野澤が振り返る。


「慎太郎は?なんかあるだろ」

「え、俺?」

「いや、絶対なんかあるって」

「……」


少し考えて、


「…ないかも」

「え、マジ?」


戸塚が笑う。


「逆にレアじゃね?」


野澤がそう言った瞬間、笑いが起きる。


俺も、つられて笑った。


「まあ、そうかもな」


でも心の中では、


(……なんでだよ)


と、少しだけ思っていた。


帰宅後。


「今なら何か出来るかな?」


スマホを開く。


「中学生 趣味 おすすめ…なんかないかな」


スクロールして、止まる。


「初心者でも簡単 ゼラニウム。花か…」


少し迷って、


「…やってみるか」


ホームセンターで種と土を買い、帰って、鉢に土を入れる。


「こんなもんか?」


種を落とし、水をやる。


「……」


しばらく見つめる。


「名前、どうするかな」


少し考えて、


「お前の名前はチコリータだ」


チコリータは何も反応しない。


「よろしくな、チコリータ」


自分で言って、少し恥ずかしくなる。


「…何やってんだ俺」


でも、その日は少しだけ、気持ちが軽かった。けど、今でも思う。


(なんで俺だけ)


俺は笑っていたが、その笑いは“逃げ”だった。


翌日、学校。


「なあ、部活やめようか迷ってんだけどさ」


昼休み、野澤が言った。


「え、なんで?」


俺は野澤に問う。


「なんかさ、最近うまくいかなくて」


桐生が腕を組む。


「でも続けた方がいいんじゃない?実績あるし」

「やめたらもったいなくね?」


戸塚も言う。


「慎太郎はどう思う?」


野澤が急に振ってきた。


「え、俺?」


少し考え、


「…後悔しないなら、どっちでもいいと思う」

「は?」

「いや、やめても続けてもさ、自分で納得できるなら」

「…なんか普通だな」


野澤が笑う。


「まあでもお前、部活入ってないもんな」

「……」


軽い一言。でも、グッと何かが詰まる。


「悪い悪い、別にバカにしてないって」

「別に、いいけど」


笑ってごまかす。でも、


(なんだよ、俺のことよく知らないくせに)


受け入れるしかなかった。


帰宅後。


「チコリータ、水やるぞ」


ジョウロを傾ける。


「なあ」


ぽつりと話す。


「俺、部活入った方がいいと思う?」

「……」


当然、返事はない。


「だよな」


少し笑う。


「でもさ、なんか…このままなの嫌なんだよ」


土に水が染みていく。


「何かやらなきゃって思うけど、何やればいいか分かんねえしさ。なぁ、俺さ…」


話すのを躊躇いそうになる。


「また、失うのが怖いんだ」


チコリータから激励されたように感じた。


「これが葛藤ってやつか、懐かしいな」


己の惨めな記憶を思い出す。これは、小2の時交通事故に遭った時の記憶。


「大丈夫か?君!」

「痛い、痛い」

「とりあえず、救急車」


右足を複雑骨折した俺は病院に運ばれた。


「全治6ヶ月です」

「そんな…」

「しばらくサッカーは無理でしょう」

「嘘だ!こんなの間違えに決まってる」

「嘆いたってどうにもならないのよ。受け入れなさい。」

「やっとレギュラー取れたのに…!うぅ…何で…僕だけ」

「あなたは悪くない」

「もっと下手なやついっぱいいるじゃん…!」

「そういうこと言わないの!」


俺は果てしなき絶望感に打ちのめされていた。そこから俺は、何をするにもやる気が出なかった。あの事故のトラウマがやる気を打ち消していた。


慎太郎「忌々しい。頑張ってもさ、全部消えるかもしれないじゃん」


チコリータは静かに聴いている。


「だったら最初からやらない方が楽だろ」


それからの日々。


「お、まだ変わんねえな」


水をやる。


「今日も水な」


水をやる。


「なあ、意味あんのかなこれ」


毎日同じことの繰り返し。ふと、手が止まる。


「…やめるか?」


少し考えて


「…いや、やるか」


今日も水をやる。


「さて、勉強でもするかな」


中間テスト後。


「……え?」


小さな芽が出ていた。


「お前、出てきたのかよ」


思わず笑う。


「俺、逃げてた」


沈黙。


「でもさ」


芽を見る。


「お前は頑張ってるよ」


その時俺は新たな決意を抱いた。


「お母さん。俺剣道部に入ろうと思う」

「そう」


その日、俺は剣道部に入ることを決めた。防具とかは従兄弟から借りる。


翌日。


「え、マジで?」

「珍し」


野澤と桐生が驚いている。当然か。


「ちょっとやってみる」

「がんば」


戸塚が応援してくれた。けど、最初はうまくいかなかった。


でも。


「今の動きいいぞ!」

「お、成長してるじゃん」


少しずつ先輩方から、声をかけられるようになる。


夜。


「チコリータ、聞いてくれ今日さ、褒められたんだよ、ちょっとだけどな…なんか、嬉しかった」


葉は静かに揺れていた。


数ヶ月後。


大会。


「何やってんだよ!!」


辺りに怒声が響く。


「今のミス、致命的だぞ!」


「す、すみません…!」


顧問からの怒声で頭が真っ白になる。今までこんなことはなかった。


(やばい…やばい…)


翌日、野澤達ともぶつかった。


「昨日は飛んだ災難だったわ」


「お前さ、最近調子乗ってね?」

「は?」


その言葉に俺は怒りを覚えてしまった。


「うまくなった気でいるけどさ」

「…うるせえよ」


言い返した。


「やっぱお前には無理だったんだな」


「そうそう、無理してる感あるよな」


桐生と戸塚からもバカにされる。2人の言葉からは失望感が感じとれる。


「黙れ!お前らに何がわかる!」

「わかるかよ」


野澤の予想外の返答に戸惑う。


「俺たちはずっと努力してきたんだよ」

「イキるのも大概にしろ」


俺はさらに憎悪がこもった2人の言葉を受け取る。


「大体お前みたいな奴見ているとイライラするんだよ。今まで何もしてこなかったのに、ちょっと努力した途端、メキメキ成長するお前みたいな奴」


その言葉を聴いた瞬間俺の感情が爆発した。


「取り消せよ今の言葉。お前らなんか死んでしまえ」


言い返してしまった。野澤の一つ一つの言葉が俺の頭の中で反芻する。後悔した時にはもう遅かった。


帰宅後。


「……」


無言で水をやる。チコリータは何も言わない。


「……」


長い沈黙だけが流れる。


「仕方ない。勉強するか」


テスト後。結果は最悪だった。


「何この点数!」


母の怒声が耳の奥まで響く。


「ちゃんと勉強してたの!?」

「してたよ!」

「しててこれなの!?」

「……」


何も言い返せない。確かに勉強はしていた。それなのに点数は低かった。


自室。


「くそっ!!」


怒りで机を叩く。ゲーム機をつける。


「……」


ふと、チコリータを見る。


「……なんか言えよ」


当然、何もない。チコリータは無言で慎太郎を見つめている。その無言が、逆に刺さった。


「あぁそっか、最初から何も言ってないか」


当たり前のことに気づいた。その時何かが崩れた気がした。


「なんで俺ばっかり不幸な目に遭うんだよ」


理不尽。昔から俺は不幸だ。


「もういいだろ」


三日後。


「え…」


葉がしおれて、薄茶色くなっている。


「嘘だろ、ごめん…」


土がカラカラ。


「…俺のせいか」


急いで水をやる。


「俺と同じだ、やめたら枯れるんだな」

「おい、慎太郎降りてこい」

「何?お父さん」


珍しく父さんから俺に話しかけてきた。普段は静かな父親だ。階段を降りて父さんのところに行く。


「明日ドライブに行くぞ」

「え、やだよ」

「いいから」

「しょうがないな」


父の誘いを断りきれず、ドライブに行くことにした。まぁ、暇だしいっか。


翌日、車の中。


(久しぶりだなドライブは)


最後にドライブに行ったのは3年前。あれからめんどくさくて行かなかった。


「どうした、元気ないな」


父が優しく言う。


「…別に」

「そういう顔じゃないだろ」

少しの沈黙が流れる。


「…俺さ、何やってもダメかも」


父に対して悩みをぶつける。ハンドルを握ったまま、父が言う。


「それ、本気で言ってるか?」

「…分かんないよ、俺だって努力してきたのに」

「それはまだ努力とは言えないかもな」

「え?」


父の言葉に驚く。今までの事は努力ではない、と言いたいのか。


「努力は必ず報われる、悪い結果だけで決めつけるな」


その言葉は今の俺の心に少し響いた。


「続けたことは、ちゃんと残る」

「…でも」

「今は分からなくていい」

「本当?」


ようやく希望が見えた気がする。


「分からないままでも、やり続けたやつが一番強い」

「……そう」


少しだけ、息が楽になる。


「怖くてもやるしかない。“やらなかった後悔”の方が、ずっと残る」


そうか、俺は怖かったんだな。父の言葉に納得した。


「そういえば、ゲーテ格言集読んだだろ。あれは俺の本だ」


そうなんだ。誰が買ったかわかんなかった。でも、お父さんなら買うよなって今思った。


帰宅後。


「チコリータ」


水をやる。


「…もうちょい、やってみようと思う最後まで、今度こそ俺、逃げるのやめるわ」


翌日。


「こないだは本当にごめん」

「…ああ、いいよ」

「俺も言い過ぎた」

「俺の方こそ悪かった」


お互いに謝り合う。少しだけ、関係が戻った。


数ヶ月後。


「お前、最近いいじゃん」

「動きが安定してるな」


先輩と顧問に褒められた。久しぶりにこの人たちに認められた。



「本当ですか?」

「ああ」


帰宅後。


「最近いい感じだわ、チコリータ」


チコリータは何も反応しないが、それでも応援されたように感じた。


「さて、テスト勉強でもしようかな?」


テスト後。


「やった!」

「すごい!」


母が気分良く笑う。


「よく頑張ったね。見直したわ」


やっと母が褒めてくれて胸が熱くなる。


時は流れて、大会。


「慎太郎、任せたぞ!」

「はい!」


団体戦で勝利する。


「いい試合だった」


声が、ちゃんと届く。


帰宅後、夜。


「チコリータ、お前が応援してくれたんだな」


つぼみが膨らんでいる。


「お前も、もうすぐだな」


翌朝。


「……咲いてる」


チコリータは、静かに赤い花を開いていた。

派手じゃない。しおれた跡が少し残ってある。でも、確かにそこに“答え”みたいなものがあった。


「時間がかかってもいいんだな」


俺は、しばらく何も言わずに見ていた。手を伸ばして、少しだけ葉に触れる。


「……なあ」


声が、自然とこぼれる。


「お前さ、何回も水やったのに、全然変わんなくて、意味ねえなって思った日もあった」


少し笑う。


「でも、お前は努力していたんだな、見えないとこで」


長い沈黙。


風が、カーテンを揺らす。そのとき、ふと、あの言葉が“そのままの形”で浮かぶ。


「━━なすべきことを欲しはするが、それをなし得ない。なすべきことをなし得るが、それを欲しない。欲し且つなし得るが何をすべきかを知らない。」


「……ああ」


ゆっくりと、息を吐く。


「欲し且つなし得るが、何をすべきかを知らない…全部、俺じゃん」


笑うでもなく、泣くでもなく、ただ納得する。


「お前を育てようとする前の俺は、“何すればいいか分かんねえ”って状態だったし、やろうとしても、続かなかった」


懐かしい記憶が溢れてくる。ここまで本当に上手くいかなかったが、努力が報われたように思った。


「できることがあっても、やる気がなかったときもあった」


少しの沈黙


「でもさ」


チコリータを見る。


「お前は違った、何も言わないで、やることだけ、やってた。水もらって、根伸ばして、ちゃんと、進んでた」


葉に触れた指に、ほんの少し湿り気が残る。


「俺さ」


声が少しだけ震える。


「“できるかどうか”とか、“意味があるか”とかばっか考えてた」


チコリータは何も反応しないが、黙って慎太郎の話を聞いている。それに続き言葉を振り絞る。


「でも違う、やることをやるしかないんだな」


俺はゆっくりと頷いた。


「分かんなくても、やる。欲しくなくても、やる。できなくても、やる」


あの言葉が身に染みていた。


「そしたら…いつか」


チコリータを見る。


「こうなるんだな」


目が少しだけ熱くなる。でも、涙は落ちない。代わりに、静かな実感があった。


数年後。


俺は春から大学生。こんな俺にも明確な夢ができた。それは自然を守るという偉大な夢。結局あのあとチコリータは枯れてしまったけど、新しい花は育てない。俺もあいつと同じように成長し続ける。


実家。


「暇だなー」


本棚に近寄る。


「久しぶりに本でも読もうかな?」


目の前にあるゲーテの格言集をとる。


「——なすべきことを欲しはするが、それをなし得ない。なすべきことをなし得るが、それを欲しない。欲し且つなし得るが何をすべきかを知らない。」


俺は、その一文をゆっくりと読み上げる。


「あのときはさ」


本を閉じずに、窓の外を見る。


「全く意味が分かんなかったんだよな」


苦笑してしまう。


「難しいこと言ってんなって思ってた」


少し歩いて、窓際へ。


「でも今は」


指で一文をなぞる。


「分かるっていうか…思い出す、水やっても変わらなかった日とか、やめようと思った日とか、それでもやった日とか」


一つ一つ、言葉にする。


「全部、つながってた」


今度は少しだけ笑う。


「自分で決めたつもりだったけど、結局、“続けたこと”に決められてたのかもな」


本を閉じる。


「なすべきことなんて、最初から分かるわけない。それでも」


窓の外の光を見る。


「やってるうちに、分かるようになる」


静かに言う。


「それだけで、十分だったわ」


少しの沈黙。


「チコリータ、お前は俺に殺されかけた。でも、それでも咲き誇った。だから俺も、途中でやめない、夢を叶えるまでは」


チコリータがいたところを見つめる。


「なあ、チコリータ、君がいて幸せだった」


そう、呟いた。その瞬間風が吹く。まるで、チコリータからの返事みたいに。

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