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Control  作者: 恵奈
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うわさ2

◇真由美視点




 噂が流れてるなんて、ぜんぜん知らなかった。


 ――― 噂というのは奇妙なもので。

 当事者を取り囲むようにして蔓延していく。

 だから、それに気付いたときにはもうほとんど手遅れの場合が多い。

 さまざまな紆余曲折を経て。

 ――― いつのまにか、あたしは及川先輩の彼女だということになっていた。



「及川先輩と付き合ってるって?いつからよ」


 そう聞かれたとき、コケそうになった。

 なになに、なんでそんなことになってるわけ?

 聞いてみると、いろんなうわさが流れてて。それも毎日変化していったとか。

 ――― 噂なんて、いい加減。


「で、どうなのどうなの?」


 やかましいって。

 先に着替えぐらいさせてよ。


「いつのまにデキちゃったのよ、及川先輩と。信じられなーい」


 あたしも信じられません。

 一週間ぶりの部活再開に大喜びしたいところなのに、周りがそうさせてはくれなかった。


 ――― 例の噂。

 知らなかったのはあたしぐらいで、女子部はモチロン、男子部の連中も知っていて質問攻め。

 ―――――― 困る。本気で困る。

 だって肯定していいのか否定していいのか、あたしには ――― 分からないから。


「はあっ、はぁっ………」


 なによりもランニングの最中の話題としてもっともふさわしくない、と切実に感じた。

 余計に動悸が速まって、息も乱れるし。

 更衣室からいまだ引きずる噂の真相究明に、私は首を振った。


「ねえ誰がそんなことを言ってるの?」


 心底呆れる。

 人のことなんかほっとけばいいのに。

 何が発端でそこまで人のことを噂したがるわけ?

 じっと睨みつけると、あはは、と弥生は笑って誤魔化そうとした。


「いや、あれ? って思ったんだけどね? 彼氏、いたよね。森田だっけ」

「あー………」


 そっか、まだ言ってなかったっけ。


「別れたよ、森田とは」

「あ、うそ。マジ? ………じゃあ及川先輩との噂もあながち………。あっ、いやなんでもないっ…」


 ひと睨みで言いよどむぐらいなら、黙ってればいいのに。

 複雑なあたしの気持ちなんてちっとも考えてくれないんだから!

 あたしは弥生を振り切ってラストスパートをかけた。

 たぶん。

 誰かが見てたんだ。………と思う。

 先輩と一緒にいるところ。

 それしか考え付かなかった。

 でも付き合ってるわけじゃ、ない………し。


 正直なところ。ほんとーのところ。

 ――― 先輩のこと、すごく気になってる。

 森田と別れることになったときに、叩かれた頬。

 そこに先輩が触れたときから、きっと、ずっと。

 先輩が森田を殴りに行ったことや、あたしの頬にキスをした事、思わせぶりなことを言うこと。

 全部全部、めちゃくちゃ気になってる。


 だけどあたしは。

 そこで――― 宙ぶらりんなまま。




 ――― だから、今日体育館に戻ってその姿を見つけたときは、思わず回れ右をしたくなった。

 着替えなんかどうでもいいから、走って学校から帰っちゃいたいぐらい。

 だけどそうするわけにも行かなくて、ひどく落ち着けない状況でいた。

 タオルで汗を拭う間も、水分補給する間も。

 視線が気になって落ち着かない。

 耳打ちしあってる男子部の連中とか。

 及川先輩の視線も。

 一体何を話してるんだろう。

 っていうか、何であたしのほうばっかり見てるの?


 先輩のこと。

 ずるい男だと、あたしはもう知っている。

 後輩思いで、バスケが大好きで、かっこよくて。そんな先輩にちょっと憧れていたなんてのは、今じゃとても言い出せないけど。

 みんなはたぶん知らない。

 あたしの心を揺さぶるだけ揺さぶって、肝心なことをひとつも言葉にしてくれない、ずるい男なんだってこと。

 昨日までの、試験期間中。

 毎日ヒミツで朝のちょっとした時間をこの体育館で過ごしていたことは、何かのきっかけになるとものすごく期待していたのに。

 実際どうだったかというと―――。

 一人で楽しそうにバスケなんかしちゃって、しまいにはあたしまで巻き込んで、バスケしちゃって。気がつけば時間ギリギリ、なんてことの繰り返しだった。

 思わせぶりに笑うくせに、ドキドキするあたしの胸のうちなんかまるきり知らないフリをしてた。

 宙ぶらりんなままのは――― 先輩のせい。

 ずるいよ。

 あたしはまだ――― ただの後輩でしかないの。

 気持ちはもう、決まってるのに。




 意識しまくりなのを必死に隠して、汗を拭く。

 合わないようにと努めて逸らしていた視線のはじ、及川先輩が立ち上がるのが見えた。

 途端に心拍数が上がる。


「根元、ちょっといい?」


 呼ばれた弥生が、とまどって自分を指差して確認する。


「そう。いいかな」

「なんですかぁ?」


 ちらり、と私を見る弥生に反して、先輩は一瞥すらあたしに向けない。

 それって感じ悪くないですか。

 二、三言葉を交わし、やがて戻ってきた弥生は、言いにくそうに伝言を口にした。


「もう迷惑かけないから、って。しつこくして悪かったって言ってくれ、って」

「………何?」

「それだけ言えば分るだろ、って。もしかして………」


 弥生の、上目がちな視線が、胸をざわめかせる。


「大変だったんだね」


 同情的にため息をつかれて、私は言葉を失った。先輩が頼んだ伝言は、思いもよらない言葉。


「―――――― なによそれ!」


 弥生はびっくりしたようにあとずさった。




 迷惑だなんて、思ったことない。しつこいなんて、感じたこともない。

 っていうか――― なにそれ!!

 もうそれしか言えない。

 頬が熱くなっていくのが分かった。

 きっ!と先輩の後姿を睨みつける。

 突然のことでまるきり他人のように見えてしまうその後姿。

 憎たらしくって、ハラがたった。

 ひどいひどいひどいっ。なんて、ずるい男。

 あたしの気持ち、ぐちゃぐちゃにしておいて。

 なにひとつ言ってくれないまま、言わせてくれないまま、一人で勝手に終わりになんてさせないわよ!

 手にしてたボールを弥生に押し付け、私は先輩の背中に向かっていった。


「先輩!」

「何?」


 たぶん、もう冷静に考える、なんてこと出来なくなってた。

 いつもの、というか。いつもよりずっと機嫌よさそうな先輩に言葉をぶつける。


「………迷惑だなんて思ったことないっ、私!」

「―――」

「しつこくした、とかそういうデタラメ言うのも、やめてください。思わせぶりなことばっかり言って、肝心なことは一言も言ってくれてないじゃないですかっ」

「でも俺が押し切ったわけだろ? 悪かったと思って」

「悪かったって………、そんな簡単な言葉で終わらせるくらいなら………、なんでキスなんかしたんですかっ!!」


 言葉が、体育館に木霊した。


「私は先輩のこと…………」


 その先は、騒然となったみんなの声にかき消された。


「ごめんな」


 そう言って、先輩が笑う。


「なんで謝るんですか!?」


 必死だったから、周りが騒然としていることに腹が立っていた。

 イキオイだったけど告白したのに、先輩はまた謝るだけで。まだ先輩に対しての憤りは冷めずにいた。


「いや、カンチガイさせて悪かった、と思って」


 何かを企んでいたような、余裕ある謝罪の笑みを、私ばぼんやりと見つめた。


「カン………チ、ガイ………?」

「さっき根元に伝言頼んだのは、体育館の鍵の共犯にしたことさ。試験中なのに毎朝バスケにつき合わせたこと悪かったな、と思って。――― まあ根元や男子部の奴らはそれを違うように解釈したようだけど、佐野の勘違いも含めて、俺の狙い通りではあったよ。わかる?」

「え………?」


 さーっと血の気が引く音がした。

 さっき口走った言葉を、反芻する。


「………私………もしかして…」

「まあ、引っ掛けたのはこっちだから、あんまり気にしないことだな。キスしたことまで暴露するとは思わなかったけど、佐野の気持ちははっきりと聞かせてもらえたし。それに………」

「ひっかけたって………、先輩っ!!」

「嬉しかった。ありがとう。心配するなよ、俺佐野のことちゃんと好きだし」

「!!!」

「コレで晴れて公認の仲だな」


 ニヤリと笑う及川先輩に、めまいがした。


 ずるいずるいずるい。

 先輩は世界で一番ずるい男。

 こんな男の人を好きになっちゃって、あたしこの先大丈夫だろうか。

 涼しい顔してないでよ。

 この頬の熱い痛みを先輩に投げつけてやれたら、と思う。


「明日になったらさ、きっとまた噂になってるよ、きっと」


 先輩の言っていることは、たぶん本当。っていうか、すでに先行して付き合ってるとか流れてるんですけど?

 困るよ。そんな面白そうに言われても、困る。

 遠巻きにしたまま交わされる言葉は、きっと無責任で、身勝手だから。


「………私、どんな顔をして明日に来ればいいんですか」


 それよりも前に、どうやってこのあと事態を収拾をすればいいのかすら、わかんない。


「笑っとけば?」


 簡単に言ってくれるわ。


「噂は噂だよ。真由美が俺の『彼女』なのはもう事実だし」

「彼女!?」

「あれ違う?」

「………………………」



「で、やっぱり二人は付き合ってるの?」

「え、てゆーか。付き合ってないなら及川先輩、無理やりキスしたってこと?」

「なにそれー、うそ!?」

「え、なに?私は略奪したとか聞いたよモトカレから」



 外野の声が耳を掠めていく。


「このまんまだととんでもない噂になるような気がする」

「ん?」

「あたし、もっと円満な噂がいいです」


 先輩が悪く言われるのは、いやだと思った。たとえ噂でも。

 あたしがまんまとひっかかっちゃたせいで、そう言われてしまうなら。

 つん、と先輩の服の裾を引っ張った。

 たぶん、それだけで先輩はどうしたらいいのか分ってくれる。

 にっこりと笑って、先輩は私の腕を掴んだ。


「ひっぱたくなよ? にっこりとうれしそに笑えよ?」


 ――― 努力シマス。



「きゃーーーっ」


 と、女子の悲鳴。


「おおおおおっ」


 と、男子の歓声。



 頬の痛みは最高潮。

 ほんとに凶器だわ、先輩の唇。


「痴話ゲンカだよ、痴話ゲンカ」


 笑いながら先輩がそう言うから。

 ―――――― あたしもそういうことにしておこう、と決めた。





過去サイト初出2005/05/18-20


当時のアトガキ


及川先輩らしさ。…が出てたらいいな、と思います。


尾崎少年と友達ですが、たぶん中身は全然違うくて。

ずるいヤツです。

場数とか、いろいろ踏んでたりします。ふふふしゅき。

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