うわさ1
くるりくるりと
まるで風のように
つれなく姿を変えて
校舎を渡り
唇と耳元をかすめて
それは
かすかな微笑を含んで
人の間を駆けめぐる
――― ウワサ。
◇及川視点
「今さ、ミョーな噂を聞いたんだが」
わざわざ俺の席までやってきて、尾崎和臣は首をかしげた。
とたんに日が翳る。
「雨続きだったんだ、貴重な日光をさえぎるな」
「ああ、悪い悪い」
窓のそばを離れて反対側にまわってはくれたが、依然としてうっとうしい存在なのは変わらない。
―――タッパのあるヤツは始末に悪いな。
隣の席の女子が外しているのを幸いに、俺はしかめ面のまま指をさして座るように勧めた。
話の内容も大体想像がついていたので、尚のこと機嫌も悪くなるってモノだろう。
「オマエらしくないミョーな噂なんで俺としては信じちゃあいないんだが。やっぱり気にはなってな。訂正するなら、早いほうがいいだろ?」
わざわざ意味深な言い方をして、それで俺の気を引いてるつもりか?
俺の出方を伺う和臣に、内心ため息を吐く。
それに、早いほうが、だと?
もうすでに1週間も立ってるというのに?
アタリのついている俺にはすでに和臣の情報は遅れている、と考えられた。
仕入先はどこなんだか。大方女子を4、5人経由してか?
俺がつい先日耳にした噂ですら、すでに湾曲されていた。
ったく。何を聞いてきたんだか。
「ちなみにどんな噂だ?」
ふとわいた興味。
「オマエが、佐野を殴ったとか」
「―――――― はァ?」
和臣の思惑通りに、俺はぽかんと大口を開けてしまったことを恥じた。
これなら、佐野を取り合って殴りあったとか言う噂のほうがまだマシじゃないか。
思わず憮然となった。
女を殴るような男だと思われるのは心外だ。
――― いや、待てよ。
そう思われて特に困るやつは、当事者であり真相を知っている。べつに不都合はないじゃないか。
「噂なんていい加減だよな」
和臣は、面白そうに笑いながら俺の顔を見ている。
「そうだな」
俺は冷静に返した。
こいつとは長い付き合いになる。
噂なんて100%信じてないくせに、その話題を俺に振って反応を見るのが楽しみでたまらなかったに違いない。
当の噂についても、その場で否定してくれているんだろう。
案の定、和臣はすぐに冷静さを取り戻した俺に大きく落胆した。つまらなくなったのか、ぽりぽりと首筋を掻く。
「でー? 実際はどうなんだよ、モトネタはあるんだろ」
伝言ゲームの、一番最初。
俺は和臣に話すべきかどうか一瞬迷ったあとに、決めた。
「さあな」
言わずにおいてやろう。
ガツン、と肩に当てられた拳に俺は笑った。
―――せいぜい蚊帳の外で地団太踏んでろよ、と。
以前、バスケ部の後輩の女子が男に殴られたのを偶然知り、俺は相手の男を殴った。
たぶんそれが一番最初のタネ。………だったはず。
数日前に俺が聞きかじった話だと、俺とその男が
「後輩 ――― 佐野真由美を奪い合ってなぐりあい、巻き込まれた末に俺が佐野の頬を張ってしまった」
――― となっていた。
それがいまや、相手の男は存在せず、俺が佐野真由美を殴ったことになっている。
どう噂すればそんなことになるんだか、知りたいね。
俺自身はどんな噂を耳にしたところで痛くもなんともなかったが、佐野はどうだろう? と興味は沸いた。
放課後にでもクラブのほうへ顔を出してみることにした。
テストも終わり、クラブ活動も今日にはほぼ再開された。
俺が在籍していたバスケ部も漏れずに練習しているだろう。
HRが終わりしばらくクラスの連中と話したあと、鞄をもって体育館のほうへと向かう。
途中、職員室に行っていた和臣と合流。
ジャージを着ているところを見ると懲りもせず飛び入り参加する気らしい。
9月末に引退した俺でさえいろいろと教師からの風当たりきつかったってのに………。
隣を歩くバスケバカに、影ながら苦笑する。
体育館へ入ると、外回りのランニングを終えた連中がちょっとした休憩をしているところだった。
男子部の連中ばかりで、女子はまだ走っている様子。
俺と和臣が入ってきたのに気付いた連中はいっせいに歓声を上げた。
「なんだよこの熱烈歓迎は」
調子のいい和臣がさっさと輪に加わったのをよそに、俺は隅のほうへ鞄を置いてからゆっくりと歩み寄った。
「噂が、進化してるぞ?」
嬉しそうに手招きしながら言う和臣。よほど俺が慌てる様を見たいのだろう。そのにやけた顔が、癇に障る。
俺は足元に転がっていたバスケットボールを手に取り、遠くにあるほうのゴールポストに向かって思いっきり投げつけた。
投げた瞬間に大体の軌道は読める。
よし。狙い通り。
「ナイスシュート」
そう言って掲げた現行部長の秋本の手を、派手に叩き返した。
「―――で、噂って?」
「………………」
途端に黙り込んだ皆の顔をゆっくりと見渡す。ちと脅しが効きすぎたかな。
「お前らが直接の噂のモトでさえなきゃ、怒ったりしないさ。―――って、オイ、お前らかよ!?」
ぐぐ、と沈黙の度合いが濃くなったのに呆れた。
同時に、俺が女を殴るなんて、そんなふうに思われてたとしたなら、一緒にバスケをしていた仲間として少なからずショックだった。
「………でも、俺見たっス。テストの日の朝、この体育館で先輩が佐野と二人でいるの」
一年が、言いづらそうに切り出した。
だからって何で殴るなんて―――。
「達彦。おまえ、佐野ちゃんと付き合ってるらしいな?」
だからそのにやけた顔は止めろよ。内心ツッコミを入れながらも思わず納得した。
………なるほど。進化してるな。
「佐野はどう言ってる?」
反対に切り替えした俺に、皆はいっせいに顔を見合わせた。
「なんつーか………。否定も肯定もしないんスよね」
まあ、妥当なところかな。
俺としては、非常にねがったりな噂なので否定するのは正直つらいところ。噂の真相を話せば皆の興味も失せて噂ぐらいすぐに廃れさすことも出来るだろうが ――― それじゃあまりにも味気ない気がした。せっかくだから、利用出来ればいいんだが。
そのためにはもう一押しだな、と思った。
「最初はイヤだって言ってたんだけどな、あきらめずに何度も誘ったんだよ。強引だったかもしれないが、結局彼女の方が折れて、ここで―――というわけ」
すべての真実ではないが、まったくの嘘というわけでもなく。
俺の発した言葉は、効果ありすぎなほど曲解されてみんなの耳に届いたらしい。
その表情を見ていると、思わず笑いそうになる。
―――――― 悪いな、佐野真由美。
あとでちゃんと責任は取るから。




