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戦国漫才地獄  作者: 日向 守


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第五話 小栗栖ってどこですか?


宿敵の子孫・明智光男の主演ドラマの撮影現場に「エキストラ」として潜入する二兵衛。官兵衛のこだわりと、半兵衛の冷徹な観察眼が、現代のテレビ制作の常識を木っ端微塵に砕く。


「……おい半兵衛。なんやこの、発泡スチロールで作ったような安っぽい門は。これが『本能寺』やと? 織田信長を、こんな軽いもんで囲い込もうなんて、第六天魔王に失礼やろがい!」


京都の撮影所。エキストラの控え室で、官兵衛は支給された「足軽B」の衣装を窮屈そうに身に纏い、鼻を鳴らした。隣で「足軽C」に扮した半兵衛は、白湯をすすりながら、静かに台本を読み耽っている。


「官兵衛君、これは『美術』というものだよ。カメラを通せば、それらしく見えるんだ。……それより、あそこを見てごらん」


スタジオの入り口から、後光が差すようなオーラを放って現れたのは、主演の明智光男。そしてその背後には、氷のような眼差しで周囲を警戒するマネージャー、斎藤利哉が控えている。


「……おはようございます。今日もよろしくお願いします」


光男が爽やかに挨拶するたび、スタッフから歓声が上がる。彼は先祖の光秀が「謀反人」であったことなど露ほども気にしていない、現代の勝者そのものの顔をしていた。


「……ケッ。あのキラキラしたツラ。……おい、そこの! おのれ、その槍の持ち方はなんや! 脇が甘いんじゃボケッ!」


「しっ! 官兵衛君、エキストラが喋っちゃダメだよ!」


だが、撮影が始まると、官兵衛の軍師魂はついに決壊した。シーンは、光秀(光男)が本能寺に突入する直前の、緊迫した軍議。


「……敵は、本能寺にあり!!」


光男が、先祖の有名な台詞を、甘い声で叫んだその瞬間。


「待てぇぇーーーいッ!!!」


官兵衛の怒号が、スタジオの天井を突き抜けた。

監督が「カット、カット!」と叫び、スタッフ全員が呆然として目を向ける。そこには、足軽の格好をした男が、信じられないほどの迫力で光男に詰め寄っていた。


「おい、光男! おのれ、今の台詞になんの重みがあるんじゃ! 本能寺の信長を討ついうんはな、単なる引っ越し作業やないぞ! 自分の人生、一族の命、全部を賭けた『絶望の博打』なんじゃ! そんな、カラオケの締めで歌うようなノリで言うなボケッ!」


「……えっ? あ、あの、すいません……僕、何か間違ってましたか?」


光男が、純粋に困惑した目で官兵衛を見つめる。


「間違いだらけじゃ! 第一、その刀の構えは何や! 斎藤利利! おのれ、マネージャーならこいつに教えとけ! 実戦でそんな構えしてたら、一瞬で首が飛んどるわ! ワシの足が悪ぅなるほどの苦労に比べりゃ、撮影の待ち時間なんか微塵の苦労でもないやろがい!」


そこへ、斎藤利哉がスッと割って入った。その目は、先祖の明智の槍神を彷彿とさせるが、中身は極めて現代的な法的防衛に満ちていた。


「……君、エキストラだよね。業務妨害として警察を呼びますよ。……光男さん、下がってください。この男、新宿のネギ男です」


「ネギ男やと!? ワシは黒田官兵衛……」


「官兵衛君、落ち着くんだ!」


半兵衛が割って入り、笑みを浮かべた。


「……斎藤さん、そして明智さん。彼は、ただ『リアリティ』を求めているだけなんだ。……例えば、今のシーン。明智さん、あなたが叫ぶ直前、呼吸を三回止めてごらん。そして、先祖が最後に感じたであろう小栗栖の『雨の冷たさ』を想像するんだ。……そうすれば、君の声はもっと、死を覚悟した男の響きになる」


半兵衛の、静かだが抗いがたい説得力。光男は、なぜかその言葉に吸い込まれるように、コクンと頷いた。


「……分かりました。やってみます」


撮影再開。半兵衛のアドバイス通り、光男が「呼吸を止めた」後の咆哮。


「……敵は、本能寺にあり……!!」


その声には、先ほどまでの甘さは消え、どこか不気味で、切実な「血の匂い」が宿っていた。スタジオが、凍りついたように静まり返る。


「……。……。……オッケー!! 素晴らしい! 光男君、化けたね!」


監督が興奮して飛び上がる。光男は、自分の演技に驚き、呆然として二兵衛を見つめた。


「……何なんですか、あなたたち。……ただのエキストラじゃないですよね?」


「……ただの、通りすがりの敗北者だよ」


半兵衛が、優雅に一礼する。


「アホ抜かせ! ワシらはお笑い界の天下を獲る軍師、ハンベー&カンベーじゃ! 光男、おのれ、今の演技でようやく先祖に一歩近づいたな。……だがな、次からはワシのアドバイス料、一本一万のネギで払えよ!」


官兵衛はそう吐き捨てると、警備員に引きずり出される前に、堂々とスタジオを去っていった。


明智光男と斎藤利哉。

二人の現代の勝者は、去り行く「足軽姿の変な二人組」の背中に、なぜか、逃れられない歴史の重みを感じ、立ち尽くすしかなかった。


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