魔王を嗤う女
「はーい、どうもー! 『不破ちゃんの今日イチ推し! 売れてないけどヤバい芸人図鑑』のお時間でーす!」
小柄な体躯からは想像もつかない、けたたましい声が響き渡る。
ピンク色の派手な衣装を纏った女性芸人、不破ちゃん。彼女は今や売れっ子として、ネット番組のMCを務めていた。企画は「売れない芸人のシュールネタをディスる」という、いかにも現代的な毒のあるものだった。
「今日のターゲットは、ハンベー&カンベー! 再生数はそこそこ上がってるけど、コメント欄が『この人たち、ガチの狂人?』とか『秀吉って誰?』とかでカオスなのよ! そんなワケ分からん芸、私不破ちゃんが斬っちゃいまーす!」
彼女の言葉は、まるで鋭いカミソリのようだった。
半兵衛と官兵衛は、スタジオの片隅で、その言葉を黙って聞いていた。不破ちゃんの背後には、彼らのYouTube動画が流れている。官兵衛が必死に熱弁する「飲み会での上司撃退術」の場面に、不破ちゃんは顔をしかめた。
「ちょっとちょっと! 軍師とか知らんし! 何、その古臭い鎧の合成写真! てか、現代で主君とか言う相手、パワハラ上司くらいじゃん! マジで時代錯誤! 笑えなーい!」
不破ちゃんのマシンガントークは止まらない。
「しかも、ボケとツッコミの連携が遅い! 間が悪い! 秀吉の草履ネタ? 分かりにくーい! これじゃあ、織田信長も呆れて本能寺の変起こすわ!」
信長の名前が出た瞬間、官兵衛の顔がピクリと動いた。
(信長……あの第六天魔王を、この小娘が軽々と嗤うか。しかも間違っとるし)
官兵衛は怒りに震えたが、半兵衛は冷静に不破ちゃんを見つめていた。その目は、敵将の心理を分析する時のように、一点の曇りもなかった。
「……なるほど。これが現代における『情報戦の最前線』か」
半兵衛が小さく呟く。
「彼女は、我々の『深み』を理解できない層の、まさしく『総大将』だ。彼女を笑わせることができれば、全大衆を掌握できる。だが、どうやって?」
不破ちゃんは、半兵衛の呟きを聞き逃さなかった。
「あ、何かブツブツ言ってるー! 辛気くさーい! ほら、何か一発ギャグとかやってみたら? そんな小難しい理論ばっかだから売れないのよ!」
半兵衛は、ゆっくりと立ち上がった。
「ギャグ、ですか」
彼の脳裏に、かつて敵を包囲殲滅する際に用いた、無数の策が駆け巡る。地形、兵数、敵の心理、味方の士気……それらの要素が、脳内で高速で計算されていく。
(『分かりやすいリズムネタ』『シュールすぎない』『時代錯誤でない』……)
半兵衛は、これまでの敗因を分析した。
彼の戦国時代の軍略は、あまりにも「複雑」で「深い」。現代人にはその「伏線」が理解できない。ならば、その複雑さを、究極にシンプルに圧縮した「一点」に集約させるしかない。
半兵衛は、両手を広げた。
そして、ゆっくりと、その指先を一本ずつ折りたたんでいく。
「……ここを、敵の大将とする。そして、この五本の指が、我が軍の五つの隊。それぞれが、敵の側面、背後、退路を断つ」
スタジオの空気が、一瞬にして凍り付いた。
不破ちゃんも、カメラマンも、スタッフも、皆がポカンと半兵衛を見つめている。
半兵衛は、折りたたんだ指が、まるで地面に埋まったかのように見せながら、低い声で言った。
「五つの隊が、静かに、しかし確実に敵を包囲する……誰も気づかぬうちに、ジワジワと、追い詰める」
そして、彼は突如、目を見開いて叫んだ。
「……そして、十面!」
半兵衛は、再び両手を広げ、手のひらを客席に向けた。その手のひらには、まるで無数の兵士が隠れているかのように見えた。
「――埋伏ッ!!」
半兵衛が、勢いよく両手を合わせた。
その瞬間、彼の背後から、エコーがかかったようなSEが流れた。
「ズガガガガーン!!」
その音は、まるで無数の伏兵が一斉に飛び出し、敵を襲うかのような轟音だった。
スタジオは、完全な沈黙に包まれた。
不破ちゃんは、目を丸くして立ち尽くしている。口を半開きにし、まるで何かの幻を見たかのような表情だった。
スタジオのスタッフは、コントのSEが本当に効果音として鳴ったことに驚き、互いに顔を見合わせていた。
そして、次の瞬間。
「……何、今の!? ギャグの後に急にSE鳴った!? タイミング悪ぅっ! いや、そこが面白い!? シュール過ぎて分かんないけど、何これ、めっちゃ笑えるー!!」
不破ちゃんが、腹を抱えて爆笑し始めた。
彼女は涙を流しながら、スタジオの床を叩いた。
「なっに、これぇ! 十面埋伏!? 伏せてないし! 出てきてるし! でも、その分からん感じが逆に新しいー! ハンベー! めっちゃ面白いじゃん!」
不破ちゃんの評価は、手のひらを返したかのような大絶賛だった。
半兵衛は、静かに笑みを浮かべた。
(……フフ。やはり、現代人もまた、その本質は変わらない。奇策は、常に敵の意表を突くことで、最大の効果を発揮する)
横で官兵衛が、半兵衛を誇らしげに見つめていた。
「……半兵衛。おのれ、ホンマもんの天才やな」
そう言って、官兵衛もまた、ニヤリと笑った。
この日、ハンベー&カンベーは、売れっ子芸人「不破ちゃん」を爆笑の渦に巻き込み、彼らの必殺ギャグ「十面埋伏」が誕生したのだった。




