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戦国漫才地獄  作者: 日向 守


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ニ兵衛新宿に死す


新宿二丁目の湿気た雑居ビル。地下にある「バビロン座」の舞台裏は、安物の整髪料と焦燥感が混ざり合った、えも言われぬ臭いが立ち込めていた。


「……官兵衛、今日の客層は平均年齢二十四・五歳。女性が七割。最近の傾向から見て、シュールなボケより分かりやすいリズムネタを好む傾向にあるね」


病弱そうな色白の美青年、竹中半兵衛が、軍配……ではなく、端っこが丸まった台本を指先でなぞりながら冷静に分析する。その瞳は、稲葉山城をわずか十六人で乗っ取った時と同じ、静かな狂気を宿していた。


「……アホ言え、半兵衛。おのれは甘いんじゃ。甘すぎて茶が点てられるわ」


対する男、黒田官兵衛は、地を這うような低い声で吐き捨てた。かつて天下を揺るがした知略の化身は、今や小汚いジャージに身を包んだ、眼光の鋭すぎる不審者である。


「今の客は、ネットの情報の海でアップアップ言うとるんじゃ。そんな連中に必要なのはリズムやない。……『共感』いう名の調略や。まずは自虐で懐に入り込んで、警戒心を解いた瞬間に笑いの伏線を一気に回収する。これぞまさに、笑いの水攻め……『備中高松笑い』よ!」


官兵衛の笑い声が、狭い楽屋に不気味に響く。

この二人はいつだって真剣だった。真剣すぎて、他の若手芸人からは「あいつら、ネタ合わせが『誰を暗殺するか』の密談にしか見えん」とガチで引かれていた。


「出番です、ハンベー&カンベーさん!」


スタッフの声と共に、二人は眩いライトの中へ躍り出た。


「はいどうもー! ハンベーです! 」


「カンベーです!」


「二人合わせて、ハンベー&カンベーです! よろしゅう頼みます!」


まずは小気味よいテンポで半兵衛がボケる。


「いやー、最近ね、上司がうるさくて困ってるんですよ。すぐ『天下取らせろ』とか無茶振りしてくるし、挙句の果てに三顧の礼とか言って土足で部屋に入ってくる」


「……それ秀吉様やないか。そいつ、人の草履をケツの肉で温めるタイプやろ?」


「そうそう、たまに熱すぎて火傷するんですよ」


客席は――水を打ったような静寂。

一部の歴女が「ヒッ……」と短く息を呑んだが、令和の若者にとって、官兵衛の「ケツの肉」というワードはただのセクハラにしか聞こえなかった。


(……おかしい。計算ではここでドッと湧く筈なのに)


半兵衛の額に、かつての持病とは違う種類の、ドロリとした冷や汗が流れる。


(客の心理を読み違えたか。いや、それともこの劇場の『地の利』が最悪なのか?)


隣で官兵衛の目が、獣のようにギラリと光った。


(この静寂……まさに荒木村重や。テキは完全にこちらの術策を警戒しとる。……よっしゃ、なら奥の手や!)


「おい半兵衛! そんなことより、ワシは今の令和の連中に言いたいことがあるんや! なぜ最近の若い奴らは、ブラック企業の社長に裏切られても会社を焼かんのや!」


「過激すぎるわ! 普通に労基ろうき行け!」


「十兵衛に相談せえ! あいつ、仕事は早いけど、たまにメンタルが豆腐みたいに脆なるぞ!」


官兵衛の必死すぎる形相と、半兵衛の優雅すぎるツッコミ。そのギャップはもはや「笑い」を超え、観客に「この人達、本物の狂人なのでは?」という本能的な恐怖を植え付けていた。


結果は――大滑り。 焼け野原である。

終演後。駅前のボロい居酒屋「天下統一」で、二人は一杯の発泡酒を黙って分け合っていた。


「……負けやな、半兵衛」


「……完敗だね、官兵衛。現代人の心は、稲葉山城より固いよ」


半兵衛は力なく笑い、冷めきった枝豆を口に運んだ。


「僕たちの軍略は、少し時代を先取りしすぎたのかもしれない。……あるいは、この『漫才』という合戦場には、僕たちの知らない隠し通路があるのかな」


「……案ずるな、半兵衛。まだ策はあるで」


官兵衛が脂ぎった手で懐から取り出したのは、液晶の割れたスマホだった。


「YouTubeや。ここで『プロ軍師が教える、絶対に裏切られへん飲み会の断り方』いう動画上げるんや。これこそが、現代における『天下布武』の第一歩や。ええか半兵衛、勝負はこれからや!」


「……ふふ。官兵衛君といると、死んでる暇もないね」


売れない芸人「ハンベー&カンベー」。

彼らの伝説が、今まさに始まろうとしていた。


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