第9話 手招きするのは誰?
思念がうごめく骨董品店へと、一歩また一歩と近づく。私たちの姿を捉えた彼らは、いっそう騒がしく動き回り、何か叫んでいるようだ。「あの中に入るのか」と思うと身の毛がよだつ。腕がブルブルと震えてしまう。カメラが手振れを起こし、より一層恐怖を自覚させる。
ヒロの背中を追いながら、ふと彼の立場から見た世界が気になった。私はこのスマホ越しにしか霊を認識できない……。けれど、ヒロは常に霊が視えているようだ。もしかすると、叫び声も聴こえているのだろうか……? どうしてそこまで平然としていられるの?
「わっ……その……!」
急にヒロが振り返り、目が合ってしまう。そして、彼のゴツゴツした手がスマホのカメラを遮った。
「もうスマホはしまっておいた方がいい。無理に直視する必要はないから」
霊と向き合う覚悟を決めてからというもの、「目を逸らしてはいけない」という固定観念にとらわれていた。ここで初めて、「あえて見ない」という選択に気づかされる……。ヒロだって骨董品店に入るには勇気が要るはずなのに、また気を使わせてしまった。
「わ、わかりました……」
「なぁ~に、僕がいるから大丈夫っすよぉ!」
「はい……!」
人に裏切られて傷つくのが怖い。でも、今回に限っては失敗してもいいから、彼に委ねてみようと思えてくる。根拠はないけれど、等身大のヒロを見るうちに、不思議と直感のまま行動したくなった。
ギィィィッ………カランコロンッ……。
骨董品店の古びた扉を開くと、ぶら下げてあった“骨の飾り”が揺れ、乾いた音を立てた。スマホ越しに見た禍々しさとはうって変わり、店内は選りすぐりの美品が並べられ、隅々まで清掃が行き届いている。ホコリ一つないのは、きっと骨董品を大切に扱っている証なのだろう。
「すごいぞぉ……本当に素晴らしい……! 一つとして普通の品がない! 全てに持ち主の記憶が刻まれている……!」
「それを聞くとちょっと怖くなります……」
「あぁっ! すまんすまん!」
ヒロは笑いながら頭をボサボサと触った。確かに年期の入った物ばかりだけど、ちゃんと手入れや修復が施されている。この骨董品店に渡るまでに、誰かのもとで愛されてきたのだと伝わる。
──その中でも、ひときわ存在感を放つ陶器の花瓶があった。
「わぁ……美しい一輪挿しの花瓶。これにお花を飾ったら、どんなに素晴らしいんだろう……」
昔から花が好きだった。柔らかく繊細ながらも、完璧な美貌で魅了する存在。私の目指すモデル像と一致している気がして、部屋に飾る習慣があった。だけど、両親を失ってからはすっかり忘れてしまっていた。なぜかこの花瓶を置けば、全ての歯車が噛み合うような感覚がする。
「おいおい、触っちゃダメだよ」
え、どういう状況……? ふと正気を取り戻すと、伸ばしかけた手をヒロに握られていた。私はこの花瓶を買うために骨董品店に来たのに、なぜ止められなきゃいけないの? 信頼しかけていたのに、やっぱり私を否定するの……?
「どうしてそんな意地悪をするんですか?」
「はは、こりゃやられてるねぇ」
「そんな言い方ないじゃ……わっ?!」
ペチンッ!!
ヒロは私のおでこを優しくデコピンした。頭の中を白い閃光が走り、ここに至るまでの記憶を、事務所での一件を思い出す……。
「あれ……? 私、三島さんを助けに来たはずなのに?!」
ヒロは挙動不審な私を見て、なぜかご機嫌そうだ。ニヤけてないで何か言ってほしい。
「おかえり透さん、君はやっぱり“美しいもの”に目がないみたいだね。さすが一流モデルらしいよ」
「え、美しいもの……?」
「君は今、この骨董品店のお客になりかけていたんだよ」
「私が客に……?」
「そうでしょ、店主さん?」
ヒロの呼びかけた先を見ると、長い白髭を生やした老人が立っていた。いつからそこに居たのだろう。気配が無さすぎて全く気付かなかった。
「ふぉふぉっ……。ただ骨董品が客を選んだのだよ」
「そうとも言えるねぇ。思念が取り憑く相手を招き寄せたのだから」
「ほう……若造、おぬしには分かるのか?」
「代々伝わる除霊師の家系でしてねぇ」
「それはそれは。本物の除霊師にお目にかかれるなんて、光栄だこと……」
老人はヒロと会話しながらも、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。先ほどの花瓶の件があり、私は身構えてしまう。老人はそれすら見透かしているようで、なんだか気味が悪い。
「で? 若き除霊師がべっぴんさんを連れて、私の店になんの用だい? デートかい?」
「この子は新しい助手でねぇ。骨董品店のお客さんが悪霊の被害に遭っていて、依頼を受けたんだ」
「なんと……! 美人の助手とは羨ましいねぇ。はて、この店の品に悪霊は取り憑いていないはずだが?」
「羨ましいでしょう? 仰るとおり、見た限り安全な思念しかいないですねぇ。購入後に悪霊化するきっかけがあったのかもしれません……」
「末永く大切にするのじゃぞ。 ちなみにどんな品だったかね?」
「もちろんですとも! 内側が鏡になった彫刻の美しい小物入れ……長い髪の毛の悪霊が棲みついています」
「ほう……」
二人の息の合った掛け合いが続いた後、老人は真面目そうに考え込む。
「覚えているぞ……あれは確か、孤独死した女性の遺品だったのぉ。長い黒髪が魅力の女性だった。肌身離さず小物入れを持ち運び、その鏡で髪をとかしていたそうな。愛情のつまった品だったはずじゃが……」
ヒロはいつものように顎に手を置き、少しの間視線を上に向けた。彼は行動を起こす前、いつもこうやって思考を整理する気がする。
「その方の亡くなった場所、教えていただけませんか?」




