第8話 思念のうごめく場所
目の前の光景に言葉を失いかけた私は、ようやく声を絞り出す。
「その……とてもキレイな彫刻ですね……。内側は鏡になっているんですか?」
「そうなのよぉ! 一目見たらビビッと来て、衝動買いしちゃったの!」
三島さんはお気に入りの骨董品を褒められて嬉しそう。「それは霊が憑いているから危ない」なんて、場違いなこと言えない。変にオカルトな話を持ちかけて、彼女の不安を煽りたくない。
──ゾワッ……ゾワッ……。
小物入れの中の髪の毛は、生き物のように意思を持って動き始め、ウネウネと彼女の身体を徘徊している。このままでは彼女が霊に侵食されて、取り返しがつかなくなるのではないか?
スマホのカメラ越しに視える世界と、肉眼で見える世界、どちらに合わせて振舞えばいいのだろう。今までの私なら適当にごまかして、その場から逃げていた。
そんな中、私たちのやり取りを眺めていたヒロが、ためらうことなく話し始める。
「三島さん、その素敵な小物入れなんだが、悪霊の住処になってるみたいでねぇ」
「え……?!」
そんなに正直に発言して大丈夫なの? 嫌がられることが怖くないの?
……思えばヒロは、私と出会った時も同じだった。どれだけ冷たく突き放してもめげずに行動して、真実を伝えようとする。その原動力はいったいどこから湧いているの?
「……何を言っているんですか?」
「その小物入れには悪霊が取り憑いていて、三島さんの身体を蝕んでいるんです。なぁに、骨董品にはよくあることですよぉ」
先ほどまで上機嫌だった三島さんは、明らかに不快な表情を浮かべている。蛇のようにギロリと睨む目が怖い。
かつての私も、あんな様子だったのかもしれない。本心では助けてほしいのに、いざ事実を突きつけられると、ひどく拒絶反応を起こしてしまう……。あの時の矛盾を、第三者の立場で見るとようやく自覚できる。
「三島さんの大切な骨董品を、僕が清めて、本来の姿に戻します」
「本来の姿……? 何もおかしくなんてないけど??」
「僕の目には視えています。小物入れを介してあなたに絡みつく、悪霊の姿が……」
「嘘言ってるんじゃないよ!!!」
三島さんは急に金切り声を上げた。確かに彼の物言いはストレートだけど、ちょっと過剰反応じゃない……?
それに、彼女は会話の最中も小物入れの鏡を覗き続け、指で力強く髪をとかしている。ブチブチとちぎれ、髪が抜けているのにも関わらずだ。明らかに様子がおかしい。
「こんなインチキな詐欺師のところ、来るんじゃなかった!!」
三島さんは小物入れを片手に、カバンを置いたまま、事務所のドアを目指してドスドスと歩き始める。
「三島さん! 荷物が……!!」
バンッ!!!っと、思い切りドアが閉められ、三島さんは去ってしまった。事務所内には静寂が響き渡る。
「ヒロさん、どうするんですか! 三島さん帰っちゃいましたよ?!」
「大概はこういう展開になるものだよ」
「え……?」
「透さんの場合もそうだったろう?」
「あの時はその……ごめんなさい」
「君は悪くない。あれは悪霊が抵抗しているサインでねぇ、退治されないために人間を操っているんだよ」
「人間を操る……!?」
てっきり私の情緒不安定かと思っていたけど、悪霊に取り憑かれると、思考や行動まで変えられちゃうんだ。でも確かに、お守りを身に着けるようになってから、私の心は穏やかになった気がする。少しずつ自信も取り戻しつつある。
「昔の除霊やお祓いでは、暴走する人間を力づくで縛り付ける……なんてこともあったらしいけど、現代の法律は厳しいからねぇ」
「逮捕されちゃいそうです」
「でしょ? とはいえ、放置すれば命の危険を伴うかもしれない。マメに接触してチャンスをうかがうのが、僕のやり方なんだ」
「……」
私はあの時、ヒロのことを「しつこいストーカー」と思い接していた。けれど、彼の真意を全然理解できていなかった……。
ヒロはパンッ!と手を叩き、いつもの笑顔に切り替わる。
「さぁ助手君、三島さんの荷物を届けて、悪霊の謎を解こうか!」
「え? 行先は分かっているんですか?」
「ヒアリングの序盤で行動範囲は聴取したからねぇ。それに、調査に利用する旨の同意済みさ!」
「わぁ……プライバシーポリシーも守ってて、まさに現代の除霊師って感じ!」
「よっこらせぇっとぉ!!」
ヒロと私は事務所を出て、ボロボロの中古車に乗り込んだ。後部座席には色々なガラクタ……いや、道具が置かれている。民族系の魔除けなども吊るしてあって、文化をごちゃまぜにした感じが否めない。
「はは! 散らかっててすまんねぇ」
「これって除霊の何かですか?」
「そうだったり、そうじゃなかったり……。悪霊によって何が効くか分からないから、ちょっとでも効果がありそうなものは積んでるんだ」
車の発進とともに、荷物がガチャンと音を立てた。ヒロさん、ちょっと運転が雑かもしれない。
「なんだか……除霊って複雑そうですね」
「除霊をする時、まずはどんな思念が核にあるのか知ることが大事なんだよ」
「思念?」
「人が心で念じる思いのこと。人間の執着や願いが具現化して、霊が生まれるんだよ。だから、霊は何かしらの一貫性を持っている」
「……私にも?」
「君に取り憑いている霊たちにも、核となる思念があるはずだねぇ」
私はモデルという目立つ仕事をしながらも、人を避けて生きて来たつもりだ。でも裏腹に、霊の数は日に日に増えていった。思念の対象になる理由がよく分からない。
考え込んでいると、ガクンッと車が停止した。ヒロは目の前の建物を見ながら目を細める。
「三島さんの生活圏内を考えると、ここが例の骨董品店かな……」
建物の外まで商品で埋め尽くされた、個人経営と思われる小さな骨董品店があった。花瓶・ティーカップ・民族調のインテリア・置時計……どれも味があって目を引く。
「これはすごいなぁ」
「どうかしましたか?」
「まさに、あらゆる思念を圧縮したような場所だ」
「え……?」
ヒロの言葉の意味を確かめたくて、スマホを掲げてみると──そこには、ものすごい数の人影がひしめき合っていた。
「これって……どういうこと?」
私の心霊写真なんて比にならないくらい、ウジャウジャとうねり、混ざり合っている。
「確かめないと分からない。とりあえず、君には危険だから、この数珠を両手につけて」
私は黒色の数珠を受け取り左右の手首にはめた。ツヤツヤとした光沢が美しい。どんな素材でできているのだろう?
「オニキスと黒水晶の数珠だよ。最も強い邪気祓いの効果があって、バリアで守ってくれる」
「ありがとう……ございます」
ヒロは振り返り、真面目な表情でこう告げた。
「これから骨董品店に入る。外から見た感じは、温厚な霊がほとんどだと思われるけど、もし違和感を察知したらすぐに外へ逃げるんだよ?」
「は……はい……!」
私はゴクリと唾を飲み込み、ヒロの後に続いて歩き始めた。




