第7話 二つの視界
「ここで合ってるよね?」
心霊動画の概要欄には、ヒロの事務所の所在地が書かれていた。実際に訪れてみると、そこは看板すら出ていない雑居ビルの一室。気づかずに通り過ぎてしまうほど、街並みに溶け込んでいた。
「あの……すみませーん……」
恐る恐る重い扉を開くと……すぐにヒロの後ろ姿が目に入る。大きな背中に、後ろに束ねた髪が印象的で、いつもどおり紺色の着物を着こなしている。
彼は振り返って、驚きの表情を浮かべた。
「透さんじゃないかぁ! 来てくれたんだね!!」
犬のように無邪気な笑顔で歓迎してくれて、私の心は一気に軽くなった。
彼の向かいには、血色の悪い中年女性が立っている。しまった、接客中だったのかもしれない。
「あっ……お取込み中でしたか?」
「これから除霊をするところでねぇ」
「それは、邪魔しちゃいましたね」
ヒロは顎に手を当てて一瞬考えると、ニヤリと微笑んだ。
「いやぁ、ちょうど人材を探していたから助かるよぉ!」
「え?」
「霊視者の助手は貴重だからねぇ」
「助手……ですか……?」
彼の考えていることが分からない。私が助手……? いったい何を求められているのだろう。どう答えたら正しいのだろう。
ヒロは私に歩み寄り、2人だけに聴こえる小さな声で呟いた。
「来てくれてありがとう。除霊について知る良い機会になると思ったのだけど、どうかな? きっと言葉で伝えるよりも、見た方が早い」
急な提案に戸惑ってしまう……。けど、思い出せ。私は何のために来た? 彼にお守りのお礼を伝えるため。そして、霊に立ち向かう方法を知るため。除霊の助手をできるなんて、願ってもない機会じゃないか?
「お力になれるか分かりませんが……私でよければ……」
「そう来なくっちゃねぇ!」
ヒロが嬉しそうに私の肩を叩く。まるで同年代の友達との戯れみたいで、気恥ずかしい。
そういえば、ヒロはいくつなのだろう? 見た目は若々しいし、ノリも軽いし、でも正義感に溢れていて大人びた印象もある。
ヒロは女性客のもとへ戻り、私を紹介した。
「こちら、今回助手を務めてくださる透さんでぇす」
「は……はじめまして! 透と申しますっ!」
慌ててお辞儀をして体を起こすと、女性客と目が合い、息が詰まりそうになる。彼女が私をまじまじと見つめているのは……モデルだと知っているから? 流されて「助手」と名乗ってしまったけど、やはり無理があった?
「どこかでお会いしましたっけ?」
「え……?」
女性客に質問されたが、私は全く身に覚えがなくて困惑してしまう。この人と対面するのは初めてのはず。そうだ、きっと私の出演している広告や雑誌を見たのかもしれない。
「たぶん、初めてかと思います……!」
「あらそうだったかしら? ごめんねぇ」
「いえいえ!!」
気まずい雰囲気に耐えられずヒロに目線を向けると、彼は軽く咳払いをした。
「では助手も合流したことですし、ヒアリングの続きとしましょうかぁ!」
「ええ、よろしくお願いします」
「それでは助手君、記録のための撮影を!」
ヒロの機転の効いた言葉のおかげで、スマホを構える理由ができた。
「12月11日午後2時15分、記録開始します……!」
女性客をカメラに収めると……長い髪の毛が身体に巻き付いているではないか。しばらく櫛を通していないような、ボサボサで油や湿気の混ざった髪質。不衛生な見た目が、より髪の悪さを掻き立てている。
女性客が時折首を捻ったり肩を回したりしているのは、髪が絡みついている部分……。恐らく霊の干渉で、身体に違和感が出ているのだろう。私の目から見ても危険な状態だ。
ヒロは真面目な表情に切り替わり、顎に手を当てて質問を始める。
「三島さん、就寝中の足音が始まったのは1ヵ月前……と先ほど仰いましたね? その直前に、なにか普段と違う出来事はありませんでしたか?」
「出来事……というと?」
「どこかに出かけたり、誰かと会ったり、環境が変わったり、悪い霊と接触するタイミングがあったか知りたいんです」
「そうねぇ……」
女性客──三島さんは、カバンの中から手帳を取り出し、スケジュールを確認した。
「普段はパートと家事をしていて、息子の進路指導の面談があったかしら。あとは月一回のヨガ教室。いつもどおりって感じね」
「ふぅむ」
「あとは、祖父母が来てくれたわね。毎週子供の面倒を見てくれて助かるんですよ。その間にお買い物するのが楽しくて!」
「ほほう、どんなお買い物が好きなんですかぁ?」
三島さんはカバンの中をゴソゴソと漁り、錆だらけの小物ケースを取り出した。
「骨董品店や中古ショップを巡るのが趣味でして、こういう美しい小物に目がないんです!」
彼女の目にはこれが「美しい」と思えるの? 私には錆色の塊にしか見えない。
その小物ケースをカパッと開くと、中には溢れんばかりの髪の毛玉が詰め込まれていた。三島さんは構わずケースを覗き込み、自分の髪を整え始める。何をしているのか意味が分からない……。ただただ奇妙だ。
「助手君、君の肉眼にはどう見える?」
「あっ……」
ヒロの言葉にハッとなり、スマホのカメラ越しではなく、直接の視線を向け直す。すると、目の前には小物ケースの鏡で髪型を整える三島さんの姿があった。
彼女はただ彫刻が美しい骨董品を、大切に使っているだけだったのだ。




