第6話 深淵を覗き返す
「そこ、女性の霊が立っています!」
「えっ!! うそぉっ!!!」
私はジムでエアロバイクを漕ぎながら、ぼんやりと心霊動画を見ていた。霊と向き合う覚悟を決めてから、今まで避けてきたオカルト情報を、片っ端から調べているのだ。
SNS上には霊媒師や霊能力者を名乗る活動者がいて、怪奇現象に関する情報発信をしている。人気のエンタメコンテンツのようだ。でも……。
「この人、全く視えてないよね?」
私は動画や写真越しに霊を視ることができる。だから、彼らがインチキをしているかどうか、簡単に見抜けてしまう。
霊がいないのに嘘をつく者。的外れの方向へお祓いをする者。霊を成仏させるどころか、取り憑かれてしまう者……。視える立場からすると、危なっかしくて仕方ない。
「はぁ……」
下手に霊へ立ち向かえば、かえって大変な目に遭いそう。思いっきり反撃されそう。霊に対する怖いイメージばかりが増長されて、ネガティブになっていく。
次の動画を探して画面をスクロールしていると、ふいに気になるキーワードが視界に入った。
「霊を引き寄せる人の特徴?」
そういえば、あの男が言っていた話──霊を引き寄せる体質について、ずっと気になっていた。なぜ私は霊に付きまとわれるのか? どうして固執されるのか? その答えを知りたくて、サムネイルをタップしてみる。
「こんな悩みがありませんか? 恐怖や不安がある、謎の体調不良、家族間の喧嘩が絶えなくて、事故やトラブルに見舞われる……。これは霊障かもしれないんです!!」
そんなの、当てはまる人は五万といそう。
「『誰にでも当てはまるでしょ』とツッコミを入れたそこのアナタ! 今日は専門家をお呼びしているので、嘘だと思って聴いてみてください!!」
頭の中を読まれたみたいで、ちょっと気味が悪い。余計に身構えてしまう。
「陰陽師として名高い安倍家の子孫、除霊師のヒロさんです!!」
「どもぉ〜! 除霊師やってるヒロでぇ〜す!」
聞き覚えのある声に、思わず足を止めてしまった。恐る恐るスマホの画面に目線を落とすと……なんと、私にお守りを渡した男が映っているではないか。
陰陽師? 除霊師? 詳しい言葉の意味は分からないけど、オカルト界隈では有名な人物のようだ。
「ズバリ、霊を引き寄せる人の特徴はありますか?!」
私はゴクリ……と唾を飲みこむ。知りたかった情報を、彼の口から聞けるかもしれない。
「代表的なのは、感受性が強い人かな! 他人の気持ちを読み取れるから、思念に当てられて憑かれちゃうんですよぉ」
〝感受性〟という曖昧な言葉は、正直なところ苦手。他人の悪意に敏感な私は、ただ性格が曲がっているだけかも……と思えて仕方ない。
「あと、悩みを抱え込みやすい・悲観的・内気な性格、とかも影響しますねぇ。負のエネルギーを持った悪霊を引き寄せるんですよぉ」
悲観的……か。動画越しにも関わらず、私の内面を見透かされたみたい。ずっとコンプレックスだった私の性格が、あの霊を引き寄せているというの?
「ヒロさんは今、重要な活動をしているのだとか?」
「そうなんです! みなさん、聞いてください!! 現在日本では大規模な霊災害が起きようとしています!!」
あの男……ヒロと会った時に、「霊災害」という言葉を聞いた気がする。胡散臭いと思って流していたけど、何を伝えたかったのだろう?
「大規模……霊災害ですか?」
「そう! 悪霊による被害が同時多発的に広がっています!」
「ほぉ……気になりますね! 具体的にはどんな被害でしょうか?」
いつもヘラヘラと笑うヒロが、珍しく真顔になる。
「人が……亡くなっています」
「えぇっ?!!」
亡くなっている……? 霊が人の命を奪うの……?
呼吸が荒くなって、視界がぐにゃりと歪む。感情を抑えられない。冷静でいられない。どうしようもない不安を、撮影事故で背負った罪悪感を、どこかへ捨て去ってしまいたい。
「原因不明の危険に晒されている人は、迷わずお近くの除霊師を頼ってみてください! きっとあなたの力になれるはずです!!」
彼の言葉を聞きながら、ネックレスにして忍ばせたお守りを握りしめる。
私一人では到底太刀打ちできなさそう。でも、他人を──ヒロを信じて傷つくことが怖い。また大切な人に拒絶されたら、馬鹿にされたら……。
悲観しているうちに、私はある大切なことを思い出す。
「そういえば、お守りのお礼をまだ伝えてなかった……」
自分のことで頭がいっぱいになって、すっかりおざなりになっていた。ヒロは私に優しさを施してくれたじゃないか。
──今度は私から、ヒロのもとへ行ってみよう。まずは「ありがとう」を伝えるために。
「本日はどんなお悩みで?」
「その……妙なことが続いているんです」
「ほぉ。いったいどんな?」
事務所へ除霊に訪れた中年の女性は、頬に手を当てて、目線を上に向ける。顔にはくっきりとクマが浮かんでいて、疲労がうかがえる。寝不足なのだろうか?
「眠ろうとすると、足音が聞こえるんです。明け方までずっと、ペタペタ部屋を歩き回っているみたいで……」
「それは心配ですねぇ」
「怖くて怖くて、もう1ヶ月近く眠れません。私の部屋に何か棲みついているのでしょうか??」
じっくりと彼女の顔を観察し、俺は首を横に振った。
「部屋というよりも……」
「????」
「あなたの耳に、棲みついていますねぇ」
「はい……??」
女性の耳の穴から、悪霊の髪の毛がダラリと垂れていた。人間の体内に隠れているつもりなのだろう。さて、どう除霊しようか……。
思考を巡らせていると、事務所の入り口がギィィっと開き、若い女性の声が聞こえた。
「あのぉ……すみませーん……」
振り返った先には、思いがけない訪問者が立っていた。




