第5話 混沌と覚悟
ブゥゥンッ……とブレーカーの戻る音が響き渡り、再びフロアに明かりが灯された。
「ひぃぃっ!!」
私を含め、その場にいる誰もが、目の前の惨状に唖然としている。撮影のためのライトが砕け散り、新人スタッフの顔に直撃。顔面を押さえる彼女の指からは……おびただしい量の血が滴っていた。
「すぐ救急車呼んで!! あと、応急処置もしないと!!」
カメラマンさんが怪我をした新人スタッフに駆け寄り、彼女の手をよけて顔の状態を確かめる。彼は悔しそうに顔をしかめた。
「くっ……!」
無数の鋭いガラスの破片が、びっちりと放射状に顔へ突き刺さっていた。まるで破片が意思を持って顔へ集まったかのような、悪趣味な芸術作品を見せつけられているような、不自然すぎる怪我だ。
傷が深すぎて、大事な血管に到達しているかもしれない。神経に影響を与えるかもしれない。無理矢理処置すれば、破片が奥深くに入り込むかもしれない。素人の私たちに何ができるの……?
「救急セットのガーゼ持ってきました!」
「ありがとう! 沢田さんちょっと傷口にガーゼを当てるね」
「はっ……はい……」
ガーゼにジュワッと血が滲み、あまりの出血量に、止血の役割を果たしているのか不明だ。
「私の顔、どうなっているんですか……? 真っ赤で何も見えなくて……」
怪我をした新人スタッフ──沢田さんになんと言ったらいいのか分からず、私はうろたえてしまう。カメラマンさんに視線を向け、助けを求めることしかできない。
「だ、大丈夫だ。すぐに病院に行って処置してもらおう」
「今救急車呼んだところだから、あとちょっとの辛抱よ!」
周囲のシリアスな様子を感じ取って、新人スタッフは少しずつ、冷静さを失っていく。呼吸が浅くなり、「えっ?」「なにっ?」と何度も尋ね、カメラマンの腕をギュッとつかむ。
「こわいよぉ……こわいよぉお!!」
みんなが安心させようと声をかけるほど、反比例して不安は大きくなる。
「沢田さん、どうか落ち着いて! 興奮すると傷に良くない……! 僕がいるから大丈夫だよ!」
血だらけになりながら新人スタッフを抱きしめるカメラマンさんを、私は呆然と見つめていた。まただ。私の周囲では昔から、こうした不可解な事故が多発する。
「……!!」
私はとあることを思い出し、立ち上がった。部屋の中をキョロキョロして、目的のものを見つけると、一直線で走り抜ける。
「待って透ちゃん! ガラスを踏んじゃうかもしれない!!」
カメラマンさんの言葉を気にしている余裕なんてない。私のせいだ。私のせいだ。全部私のせいだ!!
先ほど脱いだジャケットを探り、あのお守りを握りしめる。撮影に集中しすぎて、ポケットの中身なんてすっかり忘れていた。あの胡散臭い男の言うことなんて、真に受けなくていいと思っていた。オカルトなんて信じたらいけないと言い聞かせていた。
でも、彼はハッキリと伝えてくれたじゃないか。私が霊を引き寄せる体質だって。何か悪いことが起きるって。
私は大粒の涙を流しながら、血だらけの新人スタッフに歩み寄る。彼女は私のせいで傷ついた? 私がこのお守りを手放したのが間違いだった? だとしたら……。
「ごめ……な……い」
「え、透ちゃん、なんて言ってるの……??」
カメラマンさんが、緊迫した声で聴き返す。涙で視界がにじみ、相手がどんな表情をしているのか分からない。きっと奇妙な眼差しを向けているのだろう。
「私のせいで、ごめんなさい……」
「え?! どうしてそうなるの??」
「私がいると、みんな不幸になっちゃうから……」
「あぁもう! 透ちゃんも冷静になって!!」
普段温厚なカメラマンさんが、珍しく声を荒げる。やっぱり私の視えている世界を伝えようとすると、こうやって衝突が起きてしまう。でもこれ以上、誰かが巻き込まれるのだけは嫌だ。何もできないのが悔しい。
ピーポーピーポー……と、遠くから救急車の音が近づいてくる。
「今、救急と電話を繋いでいます! もうすぐそばまで来ているみたい!」
「沢田さんあとちょっとだ! もう少しの辛抱だからな!!」
少しして、救急隊員が担架を持って現れ、新人スタッフを運んで行く。その間、咲月さんが私の肩を抱き寄せ、付き添ってくれた。
私は血だらけの彼女が運ばれていく様子を、泣きじゃくりながら眺めることしかできなかった。怪我をした本人でもないのに、誰よりも情緒不安定になってしまって……をみんな内心〝めんどくさい人〟と思ったのではないか。
ごめんなさい。本当にごめんなさい……。
後日、私は自分の部屋の椅子に座り、一連の事故を振り返っていた。
撮影は日程を変えて行われ、あんなことがあった後なのに、私はいつも以上の集中力を発揮した。取り乱してしまったからこそ、仕事で返上したい。霊に振り回される自分が嫌。ネガティブな感情を解消するために、躍起になっていたのだと思う。
「私……こんな表情で映っていたのね」
お守りを身に着けて撮影した写真は、霊の姿が薄れていた。そのお陰で、私は久しぶりに自分の顔を認識できたのだ。
全く笑っていない、諦めに満ちた虚ろな眼差し……。可愛げがないな。
私はベッドの横にある家族写真と見比べる。あの頃は無邪気に笑えていた。心霊写真が写るようになるまでは。両親が事故死してしまうまでは。
でも、お守り一つでこんなに気持ちが動かされるなんて。
「逃げるだけじゃ意味がないね」
今までのように霊から目を背けるんじゃなくて、立ち向かう方法を知ろう。
これ以上、大切な人を犠牲にしないために。




