第14話 押してダメなら押す
河崎ハイムでの調査を終え、私たちは三島さんの家へと向かっていた。
車に乗ってからずっと思考が止まらない。真相に近づくほど、悪霊という存在を知るほど、一刻も早く被害者を助けたい衝動に駆られてしまう。
三島さんの脳みそには、あの腐敗した悪霊が棲みついている……。本当は今すぐにでも引き離したいけど、それじゃ対処療法にしかならないんだ。ヒロは悪霊を除霊して、根本的に解決しようと考えている。
「今回の悪霊は凶暴じゃないから、平和的に除霊できそうだねぇ」
「え、あれで?! 私さっき引きずられましたよね……?」
「怒りを伝えたかったんだろうよ」
「それなら、私じゃなくても……」
「はははっ」
ヒロの素早い対応のおかげで、引きずられるだけで済んだ。無傷で済んだ。この人は陽気そうに見えて、最後にちゃんと私を助けてくれる。
「……もし、ヒロさんの呪符で封じられなかったら、私はどうなっていましたか?」
「悪霊の気分次第だけど、とりあえず他の被害者と同じ目に遭うかもねぇ」
「それって……?」
「耳から入ってぇ、脳みそを支配してぇ」
「やだやだやだ! 想像したくもない……!」
「ははっ! 君から聞いたのに?」
「うぅ……」
人にいじられ慣れていないから、顔が真っ赤になってしまう。ヒロは接しやすいけど思考がつかみにくい。彼はそのズレた空気感すら楽しんでいるようだ。
「よぉし、この辺で車を停めようか!」
駐車してキーを抜くと、ブォォン……とエンジン音が止まった。静寂とともに私の緊張も高まる。シートベルトを外してカバンを手に取り、「よし行くぞ」とドアに手をかけたその時……。
ヒロにクイッと袖をつかまれた。
「ちょーっと待つんだ。行く前に作戦会議しよう!」
「あっ、はい……!」
私は慌てて姿勢を正し、太ももに両手を置く。
「三島さんを見つけたら僕が交渉する。透さんは後ろで待機だ、いいね?」
「はい……」
「絶対に安全な距離まで下がること!」
「はい……」
心配してくれるのは嬉しいが、それじゃ私がついていく意味がないのでは? ただ見ているだけで、何もできないなんて。
「それと、そのぉ……」
「ヒロさん?」
珍しくヒロが言葉に詰まっている。気を使うなんてらしくない。どうしたのかな?
「透さんは、なにかの感情に駆り立てられて、霊を倒そうとしていないか?」
「え……?」
彼の質問の意図が分からない。なぜかすごくモヤモヤする。触れられたくない領域に踏み込まれたような感覚……。
「除霊は人を助けるためのもの、じゃないんですか?」
「間違ってはいないよ」
「……?」
「僕ら除霊師は、世界の崩れたバランスを元に戻しているんだ」
「バランス……?」
「現世に縛られた悪霊を、解放してあげるための除霊でもある」
「悪霊のため……ですか」
「僕はまだ透さんの全ては知らない。けど、敵意や焦りは……悪霊に悟られるよ」
悪霊への敵意? 今まで怖い目に遭ってきたから、嫌いになるのは当たり前な気がする。そもそも見た目が不気味だし、襲ってくるし。それって自然な反応だから、注意されても困るよ。
時々、ヒロの伝えたいことが分からない。それと同時に、心を見透かされている感じもする。私自身すら気づけていない、もっともっと深い何かを教えたいのかな?
「ま、ゆっくり考えればいいさ! お守りも数珠も壊れかけているから、今回は無理しなくていい。それに尽きるよ」
「確かに……」
「よし! それじゃ行こうか、三島さんのお家に!」
私たちは入り組んだ路地を何度も曲がり、とある一軒家へ辿り着く。プランターにパンジー・ウインティー・セネッティなどの花が咲き、ふんわりと優しい気持ちに包まれた。
「ここが三島さんのお宅ですね」
「よし、押すぞぉ」
ピンポーン……。インターフォンを鳴らしたが、特に反応はない。三島さんは外出中なのかもしれない。当てが外れて少しがっかりだ。
「ヒロさんどうします?」
「うむ、これは居留守だねぇ」
「え……分かるんですか?」
「ははっ! 外までプンプン匂うからなぁ!」
「うっ……その匂いって……」
「さぁ、連打しようじゃないかぁ!!」
「ヒロさんなにを!?」
ヒロは人差し指をボタンに置き、無邪気にほほ笑んだ。
ピンポーン!ピンポーン!ピンポピンポピンポーン!! わざと軽快なリズムを刻んで、相手を煽っている。先ほどまであんなに慎重な発言をしていたのに……。
こんなことしたら三島さんが怒るんじゃ……。冷や汗をかいて心配していると、案の定、モニターがオンになった。
「…………」
「三島さん、ご無事でしょうかぁ?」
「…………」
「歩き回っていませんかぁ?」
「…………」
「それ、放っておくと大変なことになりますよぉ?」
「…………」
ヒロの発言がストレートすぎて危なっかしい。そんな問いかけで、三島さんや悪霊が応じるわけ……。
「お母さんのこと、分かるんですか?」
インターフォンから聞こえたのは、震えた少年の声だった。




