第13話 孤独死現場の遺品
ヒロの口調があまりにもリアルで、私は足をつかまれた感覚を思い出し、ゾッとした。あの時、佐藤さんは何かを返して欲しがっていた。その品って……。
「宝物ですか……。佐藤さんのお部屋は、質素でしたがねぇ」
「遺品整理はどのように?」
「連絡先だった、遠い親戚が引き取りましたよ。通帳や印鑑くらいじゃないかな」
「ほぉう」
「お金にならないものは廃棄したはずです。何せあの現場だったから」
当時、現場の腐敗は酷かったらしく、河崎さんの説明も頷ける。孤独死した後ってこんな感じなんだね。私の家には今も、事故死した両親の品々が、手付かずで置かれているのに……。
「ちなみに、小物入れは見ませんでした?」
「えぇっと……」
「外側に彫刻が掘られていて、内側は鏡になっています」
「ああ。佐藤さんがいつも持っていたアレかな?」
「そうそうアレです!」
ようやくヒロが確信に迫った。佐藤さんにとっての宝、それは肌身離さず持ち歩いていた小物入れ。思念が残るほど愛情を注いだ品だ。
「ちょっと待っていてくださいね。特殊清掃の業者がくれたリストがあるから」
そう言うと、河崎さんは自宅へ資料を探しに行った。私はヒロと2人きりになり、気になっていたことを質問する。
「ヒロさん。佐藤さんの悪霊がアパートで足音を響かせているのって、なぜでしょうか? 車椅子だから足が不自由なはずじゃ……?」
「ああ、君を襲った時も床を這いずっていたねぇ」
「ひえっ……」
「住人が聞いていたのは果たして、本当に佐藤さんの足音なのだろうか?」
「え?」
悪霊化した佐藤さんの足音じゃないの? 他に誰がその場にいるの? 彼の言っていることが理解できなくて、私はもう一度、除霊依頼の記録を読む。
「夜、ベッドで眠ろうとすると、部屋を歩き回る音がする。そして依頼者の三島さんは睡眠不足に……」
「うむ。悪霊の棲みついている場所は?」
「えぇっと……三島さんの耳の中……でした」
「耳の奥には何があるかな?」
「鼓膜……でしょうか?」
「その奥には?」
「三半規管……かな」
「そう、内耳ってやつだね。そのまた奥には?」
「……神経を伝って……脳みそに?」
「正解!」
耳の穴から飛び出た黒髪にばかりに注目して、本体の居場所を考えていなかった。私の想像よりもっと深くに根付いていたのだ。
脳みそに悪霊が入り込むなんて……気味が悪すぎる。絶対に嫌だ。
「脳みそに棲まれると、どうなるんですか……?」
「ズバリ、操られてしまうぞ!」
「…………!!」
まるでエイリアン物のホラー映画のような話だ。私には既にたくさんの霊が憑いているけど、一歩間違えれば寄生される可能性もあった? 感情を揺さぶられて、行動を狂わされて……挙句の果てに操り人形になるなんて。
「三島さんや河崎ハイムの住人は、誰かが歩き回っていると誤解していた。でも実際は、自ら部屋を歩いていた」
「どうして眠っている時だけ……?」
「意識がなくなった瞬間を狙って、悪霊が身体を乗っ取ったんだろうね」
無意識の間に乗っ取られる……? 恐ろしすぎて、今夜はまともに寝れる気がしない。自分から真実を知りたいと願ったけど、やっぱり聞きたくなかったかも。
「でも、どうして部屋を歩き回るだけなのかな……」
「磁場の影響だろうねぇ。磁力によって引き留められた佐藤さんの霊は、他の場所に出ることができない」
「なるほど……! ってことは、三島さんは小物入れが媒介になっているから……」
「いいところに気付いた! さすが助手君!」
ヒロが私の背中をバシッと叩く。鍛え上げられた筋肉質な腕からは、けっこうな強さの衝撃が伝わった。
「小物入れを引き離せば、三島さんは助かる?」
「ああ、恐らくねぇ」
散りばめられた情報が繋がり、何をすべきか明確になってきた。事務所で三島さんと会った時は、悪霊に抵抗されるまま逃がしてしまった。でも、次は絶対に助ける……。
「透さん、気負いすぎるなよ?」
「え……私はただ三島さんを助けるために……」
どうしてヒロは、心配そうな表情を浮かべているのだろう? これから人助けだというのに、気合いを入れない方がおかしい。私、頑張っているのに、何がいけないの……?
「ヒロさん、透さん、お待たせしました!」
「おお、悪いですねぇ!」
資料を取りに行っていた河崎さんが戻り、会話が中断されてしまう。
「小物入れ、リストにありましたよ! ご遺体のすぐ近くに転がっていたのに、偶然綺麗な状態で発見されたのだとか!」
「おっと、写真付きの資料じゃないですか!」
「丁寧に撮影してくれたんですよ。個人情報だけは見せられませんが……」
「この品があったと分かれば、十分ですとも!」
私は気になって資料をのぞき込む。写真には、三島さんが持っていたものと同じ小物入れが映っていた。そして……。
──小物入れを握りしめる、腐敗した手があった。
この手は実物じゃない。霊の身体が写り込んだ心霊写真だ。亡くなる直前、最後の最後まで握りしめていたのかな? 遺品整理で回収される時、どんな気持ちだったのだろう?
「ワタシの宝物をカエセ」という悪霊の言葉。それは、大切な品を目の前で奪われた悲しみを表していたのかもしれない。
ポンッ……っと。今度は優しく、ヒロに背中を叩かれた。
「気を取り直して……一緒に小物入れをもらいに行こうか? 佐藤さんへ返すために」




