第11話 旅人、風を運ぶ
※この小説はフィクションです。
実在の薬や人物や団体などとは関係ありません。
数日後の昼下がり。
薬舎の前に、見慣れない馬車が止まった。
白い外套を纏った青年が、静かに降り立つ。
金色の髪に、澄んだ青の瞳。
まるでどこかミオと似たような、不思議な雰囲気の男だった。
「こんにちは。この薬舎の薬師様はいらっしゃいますか?」
柔らかい声が、静かな森に響いた。
ミオが玄関の戸を開けると、思わず息を呑んだ。
(……きれいな人。)
「え、えっと……先生は奥で薬を調合してます。どうぞ、お入りください。」
緊張気味に案内するミオの姿に、旅人は優しく微笑んだ。
「ありがとう。君は薬師見習いかな?」
「はい、ミオといいます。」
「ミオ。いい名前だね。僕はレオン。旅をしながら、各地の薬や香草を集めている者だ。」
和井先生が現れると、レオンは深々と頭を下げた。
「あなたの噂は街でも聞いています。天星薬舎の薬師様、和井先生。ぜひ一度お会いしたかった。」
「噂、ね。少し恥ずかしいな。」
和井先生は穏やかに笑いながらも、どこか警戒するような目をしていた。
ミオは二人のやり取りを見つめながら、胸の奥に小さなざわめきを感じた。
(先生……少し違う顔してる。)
昼下がり、3人はテーブルを囲み、レオンが持ってきた薬草の標本を広げていた。
「これは“月光草”。夜明け前にしか咲かない珍しい花なんです。」
レオンはミオの手の上にそっと花を置いた。
ふわりと甘い香りが漂う。
「触ってごらん、柔らかいだろう?」
「……はい。すごく繊細で、まるで空気みたい。」
レオンが少し笑う。
「君みたいだね。」
その瞬間、ミオの頬が熱くなる。
けれど、向かいに座る和井先生の表情がわずかに硬くなったことに気づいた。
夕方。
レオンは薬舎の一室を借りることになり、数日滞在するという。
ミオは荷物を運ぶ彼を手伝った。
夜になり、食卓で3人が食事を囲む。
レオンは旅先での出来事や珍しい植物の話を楽しそうに語り、ミオはその話に夢中で聞き入っていた。
和井先生は静かにその様子を見つめ、時々、相槌を打つだけだった。
(……先生、怒ってるのかな?)
食後、ミオが片付けをしていると、背後からレオンが声をかけた。
「ミオ。手が荒れてるね。薬草を触る仕事だから仕方ないけど……これ、僕が作った保湿薬なんだ。」
彼は小瓶を差し出した。
「ありがとう……でも、私、自分の薬があるから……」
「そう? でも、せっかくだから試してみて。君の手に合うと思うよ。」
ミオが受け取った瞬間、ふと、背後から静かな声がした。
「ミオ、その瓶はオレが預かろう。」
「せ、先生……?」
和井先生はレオンに向き直る。
「君の調合薬、成分を確認させてもらえるか? この地域では使えない素材もあるからな。」
レオンは軽く肩をすくめた。
「もちろん。先生が疑うなら、いくらでもどうぞ。」
穏やかなやり取りのはずなのに、
その場の空気はどこかぴんと張り詰めていた。
その夜。
ミオは布団に入りながら、目を閉じても眠れなかった。
(先生……いつもと違う。どうしてだろう。)
思い出すのは、昼間レオンが見せた優しい笑顔と、
それを見つめる先生の冷たい瞳。
心の中で、風が静かに渦を巻いた。
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