第10話 恋心に振り回されて
※この小説はフィクションです。
実在の薬や人物や団体などとは関係ありません。
朝の光が差し込む薬舎。
窓の外では鳥がさえずり、薬草棚には淡い朝露の香りが漂っていた。
ミオは、いつもより少しだけ早く作業を始めていた。
棚の上で乾燥させたハーブを瓶に詰めながら、
昨夜の自分の言葉が、胸の奥で何度も響く。
「……私、先生のことが、好きなのかもしれない。」
気づいてしまった想いは、まるで瓶の蓋を閉めそこねた香草のように、
心の中に甘く、そして切なく広がっていく。
「ミオ、早いな。もう作業を始めてたのか?」
背後から穏やかな声がして、ミオは少し肩を跳ねさせた。
「おはようございます、先生。あの……ちょっと早く目が覚めてしまって。」
「そうか。じゃあオレは朝食を用意してくる。今日はパンじゃなくて、久しぶりにたまご粥にしようか。」
「はい、先生の作るたまご粥、好きです!」
そう言った瞬間、自分の言葉にハッとして頬が熱くなる。
先生はいつもの優しい笑みで頷いた。
「じゃあ、しっかり食べて今日も頑張ろうな。」
――その笑顔が、どうしてこんなにも眩しいんだろう。
朝食を終えると、2人は薬舎の裏手にある畑へ向かった。
初夏の風が心地よく吹き抜け、ハーブの葉を揺らしている。
「先生、このペパーミント、もう刈り取り時ですか?」
「そうだな。葉の色が濃くなったら、香りも強くなる。
……ミオ、昨日より手際がよくなったな。」
「えへへ、先生の教え方がいいからです。」
ミオは冗談めかして言ったが、心の中は少しだけざわついていた。
(もっと褒めてほしい、もっと見てほしい――)
それは弟子としての気持ちではなく、
ひとりの女の子としての願いに近かった。
午後、薬舎の前を通った街の子どもたちがミオに手を振った。
「ミオ姉ちゃん、また薬ちょうだいね!」
ミオが笑って手を振り返すと、和井先生は嬉しそうに言った。
「ミオはもう、すっかり街の人気者だな。最初の頃が懐かしいよ。」
「そんなことありません。まだまだ先生には敵いませんから。」
そう言いながらも、胸の奥が少し切なくなる。
(先生は、ずっと遠くにいる人みたい……)
その夜。
薬舎のランプが小さく灯り、外では虫の声が響いていた。
ミオは机に向かい、日誌をつけていた。
今日摘んだ薬草の種類、乾燥の状態、そして先生に教わった配合のメモ。
だが、ペン先はふと止まる。
「――先生に、この気持ちを伝えたらどうなるんだろう。」
ほんの一瞬、そんな考えが浮かんだ。
けれど同時に、頭を振る。
(違う。私は先生の弟子なんだ。薬師として一人前になるまでは……この気持ちは胸の中にしまっておこう。)
その時、戸をノックする音がした。
「ミオ、まだ起きてるか?」
「先生? はい、どうぞ。」
先生が入ってきて、机の上のノートを見た。
「……真面目だな。もう十分頑張ってるのに、まだ勉強してるのか。」
ミオは少し照れくさそうに笑った。
「もっと成長したいんです。先生のような薬師になりたくて。」
和井先生は少し黙ってから、柔らかく言った。
「焦らなくていい。ミオはミオのままでいいんだ。
オレは、その真っすぐなところを一番信じてる。」
その言葉が、胸の奥深くに染み込むように響いた。
涙が出そうになって、ミオは慌てて俯いた。
(先生……そんな風に言わないで。もっと好きになっちゃうから。)
「ありがとう、先生。私、頑張ります。」
その夜、ミオは日誌の最後のページに、そっと小さく書いた。
“先生の笑顔を見ていると、心が落ち着く。
でも同時に、苦しくもなる。
これが恋というものなら、私はきっと、もう引き返せない。”
そして静かにペンを置くと、窓の外の星空を見上げた。
薬舎の屋根の上を、夜風が優しく撫でていった。
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